カテゴリーアーカイブ:著作と講演

連載「公共を創る」第233回

2025年9月4日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第233回「政府の役割の再定義ー首相を支える事務秘書官の仕事」が、発行されました。政治家と官僚との関係に関して、前回から、首相秘書官の役割と育成について説明しています。

私は、麻生太郎内閣(2008年9月~09年9月)で約1年間、事務秘書官を務めました。総務省出身者が就くことは異例でした。そして、私は首相や政務秘書官と相談の上、政策統括担当と位置付けてもらいました。
その目的の一つは、事務秘書官間の縦割りの解決です。各省案件は事務秘書官が分担するのですが、バラバラに処理案を首相に上げるようでは困ります。いま一つは、首相の政治判断について、お手伝いをすることです。首相肝煎りの政策を進めるにも、首相の下での政策を統一するためにも、統括役が必要だと考えました。その成果の一つが、「麻生内閣の主な政策体系」です。

私は首相秘書官に就任する4年前に、麻生総務大臣に官房総務課長として仕え、その後も政策の勉強に呼ばれていました。そこで麻生氏の政治姿勢を理解し、首相秘書官に就任すると直ちに簡単な打ち合わせだけで、所信表明を含めて首相発言の原稿を書くことができました。それに首相が手を入れます。しかし、このような経験を有して、任命直後から対応できる秘書官候補は多くはいません。
各省でも、総理秘書官候補の人材を準備しているはずですが、明確に総理秘書官を育てる職や業務などの「経路」があるわけではありません。また、どなたが首相になるか予想も容易ではなく、また予想ができたとしても、候補者がその方と「密な」準備をしておくことも難しいでしょう。
首相、閣僚、与党、各省の結節点である首相秘書官候補者をどのように育成するかは、政治主導に対応するための行政側の課題の一つです。

次に、内閣官房で働く職員について考えますが、その前に、内閣官房について解説します。内閣官房がどのような組織か、多くの人は知らないでしょう。

連載「公共を創る」第232回

2025年8月28日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第232回「政府の役割の再定義ー「やりがい」低下の原因」が、発行されました。
国会や政治家との関係において、官僚の労働条件が劣悪なままであることを指摘しています。前回は、低い給与の他に、遅過ぎる質問通告、多過ぎる質問主意書を取り上げました。

働き方改革に真っ向から反することが、国権の最高機関を巡って行われていて、国民に働き方改革を唱えている政府が、自らの使用人である官僚に、とんでもない労働を強いているのです。過去の官僚は「高い評価」と「やりがい」で自らを納得させて、耐えてきたました。しかし、今の官僚に「耐えろ」とは言えません。志望者は減り、中途退職者が増えています。
しかも、政治主導への転換が目指されたのに、この悪条件は改善される兆しもありません。政治家が指導者あるいは管理者として、官僚を「働かせる」「能力を発揮させる」意識が低いのです。

官僚にやりがいを持たせる、それには新しい社会の課題に取り組めるような、十分な条件を与えなければなりません。
それは一つには、時間的余裕です。現在は、日常業務に追われていて、ゆっくりと考える時間が持てていないようです。それは、仕事が増えたのに職員数が増えていないことによります。国会対応も、その原因の一つです。
もう一つは、予算の余裕です。長年にわたり厳しい予算要求基準が設けられ、新しい政策に取り組むだけの予算がありません。もう少し、官僚たちから上がってくるアイデアを実現できるようなゆとりが欲しいのです。

「収入」「労働条件や職場環境」「やりがいと将来性」の三つについて、学生や若手公務員に納得のいく改善をしない限り、若者は公務員を選ばないでしょう。それを考えるのは、内閣人事局と各省人事課の役割です。彼らに期待します。

高岡法科大学で講演

2025年8月26日   岡本全勝

昨日8月25日は、高岡法科大学で講演するために、高岡市に行ってきました。
富山県寄附講義「現代社会と法  自然災害と法 -対応 復旧 復興-」の一つで、私の役割は連続講義の冒頭に、東日本大震災の経験を話すことです。学生と市民、約50人が熱心に聞いてくださいました。
昨年1月に能登半島地震があり、富山県でも氷見市などで被害が出ました。聴衆には、被害を受けた人もおられました。
東日本大震災への対応を話すとともに、能登半島地震との違い、「経験したことのない災害」が起きることを説明しました。

その後、県庁勤務時代(30年も前のことです)の音楽仲間写真)と、意見交換会をしてきました。

連載「公共を創る」第231回

2025年8月21日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第231回「政府の役割の再定義ー遅過ぎる質問通告、多過ぎる質問主意書」が、発行されました。
首相や大臣が官僚をうまく使うために、官僚にやりがいを持たせる重要性を指摘しています。人事院の年次報告書や私の経験から、職場に関する官僚の不満とその対策について説明しています。

収入については、公務員は民間準拠ですから、企業の給与の平均です。しかし、官僚の多くは世間でいわれる難関校を卒業していて、同級生たちは日本を代表するような大企業などに就職しています。彼らは、企業の平均ではなく、もっと高い給与をもらっています。それと比較すれば、官僚の給与ははるかに低いのです。人事院も比較対象の企業を変更するようですが、まだまだでしょう。

そして、国会業務に起因する長時間労働は、改善されていません。通告の遅い国会質問については、誰がなぜ遅くなったのかを明らかにして欲しいです。
しかも、その国会答弁案と質問主意書作成の内容を見ると、そのような形を取る必要があるのか(通常の問い合わせで答えられるのではないか)、それが政策立案に役立っているのか(答弁が政策立案につながっているのか)、疑問になるものも多いのです。
このままでは、優秀な若者は官僚という職業を選ばないでしょう。

コメントライナー寄稿第24回

2025年8月19日   岡本全勝

時事通信社「コメントライナー」への寄稿、第24回「英語が国語になる日」が8月18日に配信されました。

解説には「日本語には、ひらがなとカタカナと漢字3種類の文字があります」と書かれていますが、アルファベットも使っていますよね。
外国語を翻訳せずカタカナ語で取り入れることも多いですが、最近では日本語にある単語も、カタカナ語に置き換えることが進んでいます。「行事」をイベント、「手助け」をサポートなどです。ところがさらに進んで、アルファベットのまま入れるようになっています。例えばSNS、LEDとか。

1500年ほど前に漢字と音読みを取り入れ、その後の日本語ができあがりました。それを考えると、現在は英語を取り入れているということです。いずれ、イベント、サポートは、event、supportと書かれるようになるのでしょう。そして、英語が国語となり、現在話している日本語は古語になるのではないでしょうか。
理由の1つ目は、英語が必須になりつつあることです。タクシー運転手や和風旅館の従業員も、英語を話しています。
2つ目は、言葉が変わる体験です。40年前に私が鹿児島で勤務したときは、言葉が通じなくて苦労しました。ところが最近は、沖縄の人も鹿児島の人も、ほとんど東京共通語を話しています。急速に変わったのです。
これを考えれば、3世代もあれば、日本語は英語に取って代わられるのではないでしょうか。文法や発音が異なりますが、英語教育と生活での必要性は、それを乗り越えるでしょう。

言葉だけでなく、広く考えると、文明の乗り換えと見ることができます。
1500年前の漢字の導入は、言葉だけでなく、中国思想の輸入でした。古事記の世界から、論語や仏典や史記の思想に乗り換えたのです。そして、江戸末期の開国以来、今度は西欧思想を輸入することに転換しました。法学、科学、医学などなど。この150年あまりを文明の乗り換えとみれば、翻訳とカタカナ語は転換期の手法だったのです。その完成が、日本語から英語への切り替えでしょう。

文明の乗り換えは、明治以来150年をかけてやってきましたから、多くの日本人にとって違和感ないでしょう。憲法をはじめとするこの国のかたちを、西洋風に変えたのですから。しかし、国語の転換は、私にとって悲しいことです。紫式部や夏目漱石はこの事態を見たら、何と言うでしょうか。国語学者に、意見を聞いてみたいです。