カテゴリーアーカイブ:連載「公共を創る」

時代は進む

2026年8月18日   岡本全勝

連載「公共を創る」は、本文はひとまず書き終え、まとめに入るために、これまでの議論の振り返りに入っています。そこで、これまでの執筆を再度眺めて、考えています。すると、時代は進み、社会は変わってきたと実感します。
連載「公共を創る」は2019年から書き始めましたが、その出発点となる文章は富山県総務部長時代(1994~1998年)に始まっています。小冊子「地方自治50年 私たちの得たもの忘れてきたもの」(1997年、富山県職員研修所)に、当時の考えをまとめたのです。

交付税課長補佐時代に『地方交付税・仕組みと機能-地域格差の是正と個性差の支援』を書いて交付税の機能と成果を考え、戦後日本社会の発展と地域の発展を評価しました。ちょうど戦後50年でした。富山県に赴任し、地域の実情も確認できたので、それをも含めて考えを整理しました。「公共を創る」第41回の図表2「富山県の変化」はその時、県職員の協力を得て作ったものです。豊かな社会、全国で一律の行政サービスを達成し、次は何をするべきかを考えていたのです。

経済成長外国比較」の図も、その時から使っています。元は経済企画庁の資料です。まさに鯉の滝登りのように、右肩上がりで成長し、アメリカに追いつき追い抜きました。1991年にバブル経済が崩壊したのですが、この図では1995年まで成長しています。円ドル相場の影響もあります。当時は、「経済成長を遂げた日本」という誇りと「この経済成長が続くとして、次に何をするのか」かが、私の問題意識でした。

その後、長期停滞に入り、「経済成長外国比較」の図では1995年から横ばいになります。「経済成長の軌跡2024」も、作りました。戦後の経済成長を「高度経済成長期」「安定成長期」の2期に分けて説明し、第3期はいずれまた復活するのだろうと思っていました。ところが「失われた10年」は「失われた20年」になりました。
第1期、第2期とも偶然18年間だったので、第3期も18年の2009年が区切りがよいと思ったのですが、そうはなりませんでした。それどころか2008年はリーマンショックが起きて、さらに悪くなりました。「経済成長の軌跡2024」では、経済専門家の意見を聞いて、2012年を仮の区切りとしています。

さて、最初の議論に戻ると、「戦後日本社会の発展と地域の発展」は、最初は「素晴らしい成功を収めた日本」として書き始めたのですが、現在となっては「その後は長期停滞し、国際的にも中位の国になった」と書かざるを得ません。成長した第1期と第2期を会わせて36年です。その後の長期停滞は2026年で35年になり、ほぼ同じ期間なのです。いつの間にか、経済成長は遠い昔になりました。35年前は、若い人にとって大昔でしょう。「経済成長の軌跡2024」では4期に分けていますが、今作るなら、1991年を境に前期と後期の2つに分ける方がわかりやすいでしょう。
「公共を創る」も、書き続けているうちに、内容や主張に変化を加えなければならなくなりました。今、これまでの議論を振り返り要約しているのですが、構成なども変える必要があるなあと考えています。あらためて「時代は進む」と思います。
この項続く

連載「公共を創る」第266回

2026年8月6日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第266回「これまでの議論ー近年におけるリスクの変化」が発行されました。前回から、政府が取り組むべき社会の課題が変わったことを説明しています。その第一は、リスクの変化と新しい社会の不安です。

不安やリスクがどのように変化しているかを見るために、社会のリスクをその原因や被害の種類によって9の分野に分類し、さらにそれらを被害の形態によって三つに大括りしました。
一つ目は「身体や財産への被害」です。 武力・テロ、自然災害、事故、犯罪などは、国民の身体、生命、財産に対し直接に物理的、経済的な被害を与えます。病気と環境問題は、直接・間接に健康に被害を与えます。
二つ目は「経済社会活動全体への被害」です。経済社会システムの混乱は、経済社会活動を根底からひっくり返す危険を含んでいます。個別の財産への危険もシステムへの不信を呼び起こしますが、それよりも、不特定多数が参加している経済社会活動全体への被害をもたらします。
三つ目は、「人間らしい生き方への被害」です。格差と社会生活問題は、もちろん身体や財産に被害を与えますが、それよりも尊厳ある生き方をできなくさせてしまいます。各人にとっての危険であるのは当然ですが、「人間らしい生き方」を支えているはずの社会の側に問題が起こっているということでもあるでしょう。

ここには、技術と経済の発展が生む新しいリスクとともに、従来あったリスクが再認識されたものもあります。また、社会生活問題などのリスクは、豊かな社会になって顕在化しました。パワハラ、セクハラ、幼児虐待、高齢者虐待、ヤングケアラーなどは、これまで耳にしなかった言葉です。事実は昔もあったのですが、社会問題と認識され、対応が必要な課題として新しい言葉が定義され、意識を深めることになってきたのです。児童虐待や自殺は昔もあった事件です。ただし、それらは個人の責任であって、本人や家族が、場合によっては親類や近所の人たちが解決すべき問題と考えられてきました。しかし、児童虐待も自殺も、今や社会の問題と認識されるようになりました。

古典的なリスクは、担当する役所や学問が確立されているのですが、「人間らしい生き方への被害」には、まだそれが確立されていません。

連載「公共を創る」第265回

2026年7月16日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第265回「これまでの議論ー成熟社会での不安」が発行されました。
前回から、現在の社会の不安と課題を説明しています。日本は豊かで便利な、そして自由で平等な社会を実現したのですが、それで幸せな社会が実現したのではありませんでした。
自由は責任も連れてきました。幾つもの選択肢の中から選ぶことができるということは、何を選ぶかを自分で決めなければならないということです。「親が決めたから」という言い訳はできません。そして、競争に参加する必要があります。そこでは努力をしなければなりません。競争での敗北は自己責任です。人生の選択と言った大きなものだけでなく、今日何を着ていくかというような、日々の暮らしにもそれはあります。

自由は孤独も連れてきました。近代の目標の一つは、身分、家、ムラ、宗教などの伝統的束縛から人を解放することでした。ところが、それらの拘束から解放されると、人はバラバラな個人となります。帰属する集団、頼るべきところがなくなり、孤立することになったのです。
平成時代に一人暮らしが増え、「おひとりさま」という言葉が生まれました。それは、煩わしさが減る反面、助けてくれる人が少なくなるということでもあります。

豊かさを達成した日本は、新しい不安に覆われているように見えるだけでなく、そもそも元気がないという問題を抱えています。それは、平成以降の長期停滞の原因であり、結果であるのかも知れません。 昭和後期には、憧れを求めて、国民は努力しました。その意識と努力が、昭和の発展を支えました。成長を達成すると、憧れがなくなり、それに代わる憧れが見つかりません。憧れていたものを手に入れたこと、さらには手に入れたものがこんなものだったかと気付いたことで、達成の喜びも次の目標に向かう活力も低下してしまったのでしょう。

近代社会を発展させた三つの仕組み(科学技術、市場経済、民主主義)と、進歩という思想が輝きを失い、批判の対象になりました。

連載「公共を創る」第264回

2026年7月9日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第264回「これまでの議論ー成熟社会での行政の難しさ」が発行されました。

ここまで、昭和の変化に続いて、平成の変化を経済、行政、地域、暮らしの四つの場面で振り返ってきました。昭和の変化が、物が増え便利になるという「豊かになる革命」だったとすると、平成の変化は、長期停滞とともに、「社会の不安の顕在化」と「生き方の革命」「改革の時代」でした。
社会の不安とは、一人暮らしが増え、自殺者、不登校、引きこもり、心の不調、家庭内暴力、孤独死などが顕在化したことです。生き方の革命は、男女平等の実質化と働き方改革です。改革の時代とは、省庁改革や地方分権改革、規制改革などに取り組んだことです。

人類は誕生以来、三つの大きな「敵」と闘ってきました。飢餓と貧困、病と死、戦争と暴力です。我が国は、これらの敵に勝ちました。そのような生存に関わる「敵」のほかに、人類には、社会における理不尽な制約がありました。支配者への隷属、身分や経済の不平等などです。これらについても、歴史上初めて隷属や束縛から解放され、自由と平等を実現したと言えるでしょう。社会保障制度や、各種の行政サービスも充実しました。そして治安もよく、街も清潔です。人類が始まって以来、どの時代のどの地域でも手に入らなかったような幸せな暮らしを、世界に先駆けて日本は手に入れたと言えます。

ところがその後、社会の不安が広がっています。その原因は景気変動といったものではなく、日本社会が大きな転換期にあるからだというのが私の主張です。行政の前提となっている社会の実態が大きく変化しているのに、国民の意識や社会の仕組みが、さらに行政側の対応が十分に追い付いていないのです。
貧しい時代では新しい物を手に入れることが喜びでした。ところが、欲しい物を手に入れると、物を手に入れることの喜びは漸減していきます。豊かさを達成すると、それ以上物が増えても、満足できなくなるのです。
国民の満足も単純ではありません。国民は物の豊かさより、精神的豊かさや生活の質を重視するようになります。労働時間や家事の時間が減り、自由に使える時間が増えました。その時間を使って、何をするのか。それを本人が考え、選ばなければなりません。それらの喜びは、選ぶだけでは達成されません。選んだものについて、各人が努力しなければ喜びをもたらさないのです。

連載「公共を創る」第263回

2026年7月2日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第263回「これまでの議論ー平成の「小さな政府」志向」が発行されました。
平成時代の地域の変化のうち、市町村について述べています。国だけでなく、地方自治体でも、この間「小さな政府」を目指した行政改革で、予算と人員の削減を続けました。それは主に、事務の外部委託と非常勤職員への置き換えで行われました。企業では、不採算部門を廃止したり縮小したりできるのですが、自治体では法律に基づく事務など廃止できないものも多いのです。会計年度任用職員のうち常勤的な勤務の職員は70万人近くいます。その他の市区町村では、職員のうち実に3人に1人が非常勤です。これで、仕事がうまく回るのでしょうか。

自治体では早くから、庁舎警備、学校給食、ゴミ処理などの業務が民間に委託されていましたが、新自由主義的改革の思想の下、「民間活力の活用」という掛け声でさらに民間委託が進みました。現業業務でなく、企画を調査会社に委託することや、施設の工事も施工だけでなく設計段階から企業に委託することが広がりました。見方によっては「丸投げ」です。ところが、職員が考える機会が減り、成果物(企画書や設計図、完成したもの)を評価する能力も低下していると聞きます。発注内容そのものを企業につくってもらう例もあるようです。
民間業者に委託すると、組織内にその仕事についての経験と知見が蓄積しないのです。住民が利用する施設の管理等を任せることにより、住民との接触が減って、地域の問題を拾い上げる機会が減ったと指摘する自治体幹部もいます。行政改革の旗を振った一人として、反省します。

平成の初期(1990年代)は、改革の時代でもありました。選挙制度改革、省庁改革、分権改革、規制改革などです。戦後型の行政が行き詰まっている、その仕組みを変えなければならないという意識からです。
この間の、私の体験も書いておきました。男女共同参画と働き方改革は、「昭和の官僚」にとっては、コペルニクス的転回でした。また、改革のいくつかに参画しました。

なお、会計年度任用職員の数については、総務省のホームページに載っています。「令和7年度 会計年度任用職員制度の施行状況等に関する調査結果 (任用件数等)