カテゴリーアーカイブ:社会の見方

ガラパゴス化する日本

2010年2月28日   岡本全勝
吉川尚宏著「ガラパゴス化する日本」(2010年、講談社現代新書)を読みました。
吉川さんも、日本の失われた20年の原因はガラパゴス化にあると、述べておられます。そして、日本製品のガラパゴス化、日本という国のガラパゴス化、日本人のガラパゴス化の3つを、分析しておられます。
ガラパゴス化という言葉は、携帯電話から始まりました。それは、工業製品にとどまらず、医療、大学といったサービスもガラパゴス化しています。
本では、脱ガラパゴス化した例を、いくつか紹介しておられます。ヤクルトレディや公文式(算数塾)といったサービス業が、国外で大きく成功していることは、初めて知りました。
なぜ、日本でガラパゴス化が起こったか。私は、次のように考えています。モノが国際化しているだけでは、ガラパゴス化は起こりませんでした。昔から日本は、石油を輸入し、製品を輸出していたのです。先進国に追いつこうとしていた時代は、欧米の製品を目標に、欧米で売れる製品を作りました。
ところが、日本が世界に追いつき追い抜いた時、世界最先端の技術と、1億人のマーケットという条件が、国内での満足を生み、皮肉なことに日本をガラパゴス化させました。
しかし、それだけでは、日本は取り残されません。1990年代以降、アジアや東欧の国々が国際経済に参入して、日本のもの作りの優位性は失われました。合わせて、モノの国際化にとどまらず、サービス、カネ、ヒト、規準などの国際化が進みました。
日本の特殊に優れたモノとサービスは、置いてきぼりを食らいます。新しく広がる新興国のマーケットに、食い込めません。一方で、日本の市場は飽和し、人口は減少しつつあるのです。
世界で競争せず、国内で満足する。これが、日本のガラパゴス化が生む、経済社会の停滞です。

経済活動の基盤づくり・税制

2010年2月20日   岡本全勝

19日の日経新聞が、「海外の稼ぎ、国内へ。企業の配当、非課税化で22%増、09年4~12月」を伝えていました。
これまでは、日本企業が海外で稼いだお金を配当として日本に戻すと、最高40%の税金がかかりました。それを避けるために、企業は現地法人に内部留保を貯めます。その額は2007年に、20兆円にもなっていました。
2009年度の税制改正で、4月から、海外からの配当をほぼ非課税にしました。すると、この記事の見出しにあるように、4~12月に海外子会社や現地法人から国内に戻ってきた配当は、約2兆円と前年同期に比べ2割増えたのです。
当時、「そんなことをしたら、税収が減る」という意見も聞きました。でも、日本に返ってこない限り、課税はできません。日本に返ってきたら、そのお金は消費に回るか、投資に回ります。それが、日本経済を活性化します。そして、その時点で課税されるのですから、税収の面から見ても、問題ありません。
このように、税制というのは、経済発展のための重要なインフラです。

日本の法令の英語訳

2010年2月18日   岡本全勝
法務省は、主要法令の英訳を載せた「法令外国語訳データベースシステム」をつくり、昨年4月から公開しています。現在、約200本の翻訳法令が、載っています。
日本が国際化するためには、必要なことですよね。今までなかったことが、不思議なくらいです。残念なのは、まだ200本にとどまっていることです。今後、増えていくことを期待しましょう。また、非英語圏の人のために、特にアジア各国の言葉が、必要になるでしょう。

日本からの発信・国際放送

2010年2月17日   岡本全勝
17日の読売新聞夕刊が、NHK国際放送を取り上げていました。
かつて、このHPで、日本発の国際放送の意義を取り上げたことがあります。2006年7月、イギリスBBCを訪問した際の記事「06欧州随行記3」です。
それまでは、NHKの国際放送は、海外在留邦人向けの日本語放送だったのですが、約1年前から英語放送も開始しました。現在、受信可能世帯は、120か国、1億2千万人になっています。
チャンネルの認知度も上がっていますが、月に最低1回視る人は、ワシントンで5%、香港で18%です。イギリスのBBCワールドニュースは、ワシントンで29%、香港では31%です。

日本はどこへ行くのか・その3

2010年2月16日   岡本全勝
さて、これからの日本を規定する、要因の2つめは、「国民」です。「国際環境」を最初に説明しましたが、より重要なのは国民です。これからの日本をつくるのは、国民ですから。
詳しく言うと「日本国民が、どのような日本をつくりたいと考えるか」です。それを考える際に、これからの日本社会を担う「階層」と「その意識」に、注目したいのです。「時代精神」と「その担い手」といったらよいでしょう。
戦後半世紀の成長を支えたもの。それは、自らを中流と思い、中流になろうとした多くの国民です。サラリーマン、事業家と従業員、そしてその家族です。彼らが、努力すれば豊かになると考え、努力して豊かになろうとしたのです。これが、書かれていない「日本国憲法第1条」でした。そしてそれが実際に実現することで、この憲法第1条はさらに強化され、再生産されました。
たとえば、19世紀の西欧の発展を支えた企業家と市民、20世紀のアメリカの躍進を支えた企業家と庶民、明治の日本の発展を支えた企業家たち。発展する時代には、それを動かす中心になる「階層」がいます。
そのような視点からは、これからの日本の時代精神はどのようなものになり、どのような階層がそれを体現するのか。それが鍵になります。
企業、自営業者、労働者、行政が一丸となって、「憲法第1条」を信じ、実行しました。もちろん、それに属さない大金持ちや、衰退した産業もありましたが。「一億総中流」という言葉が、「憲法第1条」が主流であったことを示しています。国民がそれぞれ違う「憲法」を信じ、別々の道を進んだならば、このような成功はなかったでしょう。
「時代精神」とそれを担う「階層」といったときに難しいのは、それが一人の人や統制のとれた集団ではないことです(全体主義国家なら、単一の意思が実現するでしょうが)。
「世相」は、個別の人格とそれぞれの考え方を持った国民の集合です。あいまいなものです。それがある方向にまとまったときに、強い力を出します。しかし、それは事前には予想できず、結果として見えてくるものなのでしょう。
そして、社会が発展する、活気に満ちるためには、「挑戦」と「競争」が必要です。国民の多くが現状に満足し安住したところで、発展は止まります。江戸時代は、それなりに満足した、安定社会でした。しかし、欧米の競争から取り残されました。
内向きになって、満足することも可能です。挑戦と競争には失敗と敗者が生まれるので、現状に満足することも、心地よいことなのです。しかし、それでは発展はありません。そして、国際化の進んだ現在に、日本だけが現状で満足することは不可能です。他国が発展する中で、じっとしていることは、どんどん貧しくなることを意味します。
これから、日本のどのような階層が、挑戦と競争に取り組むのか。それは、見えていません。
また、ここで「階層」や「時代精神」を強調するのは、政治家や学者がどれだけ高尚な目標を説いても、国民がついてこないと実現しないからです。とはいえ、国民に進むべき道を示すのは、リーダーの役割です。そこで、3番目にリーダーが要因になります。(この項続く)