カテゴリーアーカイブ:社会の見方

歴史の解釈、政治からの自由と政治からの押しつけ

2015年4月27日   岡本全勝

読売新聞1面コラム「地球を読む」4月26日は、山内昌之明治大学教授の「戦後70年、和解阻む歴史の政治利用」でした。
・・・世界のどの国にも自由に歴史を解釈する権利がある。しかし、自由に歴史を研究する権利を認めない政治体制は、公式のイデオロギーや公権力の統制によって国民の歴史認識を上から支配する。他方、事実でなく、強烈な思いこみや誇張を含めた物語として歴史を作る国も存在する。
中国共産党の激しい権力闘争や、韓国社会の時に非理性的な世論の下では、国内や国際舞台での争いを有利に進めるため、日本の過去を批判し続ける形で外交に歴史が持ち込まれる。自国については善行や美事だけを力説し、日本の過誤や悪事をことさらに強調する姿勢を見ると、唐代の史書「史通」を思い出す・・・
・・・中国と韓国では、歴史の解釈を古典的な「名教」(人の道を明らかにする教え)と考えがちなのだろう。いわゆる従軍慰安婦問題や南京事件についても、旧日本軍の関与の有無や死者の実数ではなく、自分たちの求める「事件」を想像させる現象があれば、それによって歴史を作れると信じているのだ。史実の学問的究明よりも、外交や宣伝戦でいかに効果的に歴史を利用するかという政治手法を優先させるからでもある・・・
・・・日本が戦後歩んできた平和国家としての実績を反省や謝罪の表れと認めない一方、大躍進や文化大革命、天安門事件で傷ついた同胞の悲運や死者数の実数を公表できないような歴史認識は不幸である・・・
歴史は、誰が解釈するのか。政府・政治は、それとどのような関係に立つのか。事実の探求だけでなく、事実の記述でもない場合があることがわかります。歴史とは何か。これは、E・H・カーの名著の表題ですが、自由な歴史解釈と政治によるあるいは政治の色がついた解釈との違いがわかります。その意味で、「歴史とは何か」についての、わかりやすい解説です。詳しくは、原文をお読みください。

中国の難しさ、司馬遼太郎さん

2015年4月23日   岡本全勝

昨日の続きです。司馬遼太郎著『明治国家のこと』、「『坂の上の雲』秘話」p148~。
・・・そして、その学者は、逆に質問したのです。
「ヨーロッパは方言によって国ができています。どうして中国も方言ごとに、広東国とか四川国とかできなかったんでしょう。それなら隣国にとって大きな圧迫にならないのに」
そう言うと、シラクさんは練達の政治家ですね、こう言われた。
「ドクター、恐ろしいことをおっしゃいます。日本がいくつできると思いますか」
つまり国家には、適正サイズがあるということでしょうね。フランスもイギリスも大きな国ではありません。日本も適正サイズでした。中国は大きすぎる。そのことをわかってやらなくてはならない・・・

韓国の難しさ、司馬遼太郎さん

2015年4月22日   岡本全勝

今日は趣向を変えて、久しぶりに読んだ本から。1か月以上前に読んだのですが・・。パソコンの前には、そんな本がいくつも積み上がっています(反省)。司馬遼太郎著『明治国家のこと』(2015年、ちくま文庫)、「『坂の上の雲』秘話」(1994年、海上自衛隊幹部学校での講演)からp147~。
・・・シラクさんというフランスの政治家がいますね。私の友達で姜在彦(カン ジェオン)博士(花園大学教授)という人がいます。その友人のある学者が、シラクさんに会ったことがあります。シラクさんが言いました。
「どの民族にも、その地理的環境によって永遠の問題、苦しみがありますが、韓国にとっては何ですか」
「中国です」
韓国人の学者は答え、続けました。
「頭の上にあんなに大きな国が、古代からのしかかっている。中国の文化を取り入れなければ、中国から襲われそうです。中国に甘い顔をしていれば、植民地にされるかもしれない。近代に入って中国の文化が停滞すれば、韓国も自然と世界からは遅れる。韓国は中国に対してずっと、アンビバレント(二律背反)な心を持ってきました」・・・この項続く

医学が発達したときに直面する「人間とは何か」

2015年4月19日   岡本全勝

4月19日の読売新聞1面コラム「地球を読む」、山崎正和さんの「科学技術万能論」から。
・・・だが一方、現代の言論界には、正反対の未来論も台頭していて、こちらも無視できない影響力を見せているようである。名づければ「科学技術万能論」、科学の急速な進歩が人類の無限に近い繁栄を保障するという主張だが、現に相当の雄弁さでマスコミをも巻き込んでいる・・・
・・・新理論の中心人物にレイ・カールワイルという著者がいて、その代表作が『ポスト・ヒューマン誕生』という題で邦訳され、すでにかなりの増刷を重ねている・・20世紀後半以来、遺伝学、ナノ技術、ロボット工学が爆発的な発展を遂げ、進歩の速度から見て2040年ごろには文明に革命をもたらし、人間そのものを改造するだろうというのである・・
・・自信満々の著者だが、興味深いことに最後にきて、自分の立場について一抹の不安を漏らすのである。巻末に近い注のような一節で、彼は「なぜ自分が特定の人間かわからない」と告白する・・
人間を「操作する対象」「管理する対象」とすると、操作の主体であるべき自己が、居場所を失います。誰が主体で、誰が客体なのか。詳しくは原文をお読みください。

近過去を学ぶ

2015年4月11日   岡本全勝

読売新聞の土曜日連載「昭和時代」は、1980年代に入っています。4月11日は、土光臨調でした。学校での歴史では、古代から近代までは詳しく学びますが、近過去のことは、案外詳しく学びません。まだ歴史になっていないという理由もあります、そして定番の本ができていないという理由もあります。古代や明治から始めた授業が、現在までたどり着かないという場合もあるでしょう(私もそうでした。苦笑)。このような私の年代にとっては「つい昨日のこと」(オンリー・イエスタデイ。もっともこの本が対象とした1920年代は、今では歴史になっています)も、若い人には「体験していないこと」であり「学校でも習っていないこと」です。
学者の解説書が出るには、時間がかかるでしょう。また、幅広い対象を取り上げるのは、無理があります。その点、新聞社は資料といい記者といい、資源がそろっています。この企画は良い企画だと思います。若い人にぜひ読んで欲しいです。インターネットでは読めないようですが。連載後、本になっています。