カテゴリーアーカイブ:社会の見方

金融機関へのサイバー攻撃

2016年5月26日   岡本全勝

日経新聞5月22日、ジリアン・テット氏の「国際金融揺さぶる盲点」(5月20日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)から。
・・・昔、銀行強盗といえば目出し帽をかぶり、トンネルを掘ったが、もはやそうではない。3カ月前、世界は史上最大の銀行強盗を経験した。窃盗団がバングラデシュの中央銀行から1億100万ドル(約110億円)を盗んだのだ。
21世紀の詐欺師は銃を使わなかった。その代わり、国際銀行間通信協会(スイフト)が運営する銀行間の決済情報をやりとりする国際的なシステムへのアクセスコードを入手し、これらのコードを使って米国の連邦準備銀行を信じ込ませ、自分たちの口座へ資金を送金させた。その後、関係銀行のソフトウエアを書き換え、自分たちがサイバー空間に残した痕跡を消した・・・
・・・ある大手銀行の最高経営責任者によると、大手金融機関は毎分「数万件」の攻撃に見舞われている・・・
・・・スイフトは1973年に非営利の協同組合として設立され、1万強の銀行が加盟している。最近までその送金システムは地味な存在で、めったに関心を集めなかった。従業員数もわずか2400人(売上高は6億5000万ユーロ)。だが地政学的観点では、組織の規模を大きく上回る影響力を持つ。スイフトのシステムは、国境を越えた高額な支払いのほぼ半分を送金するために使われているからだ・・・
すごいサイバー攻撃が行われているのですね。また、このような国際的民間組織が、世界の金融を支えています。それを、どのように守るか・・・。

コインロッカー

2016年5月24日   岡本全勝

若い人は経験が少ないでしょうが、昭和30年(1955年)生まれの私には、育つ過程で、新しい便利なものがどんどんと身の回りに増えました。家電製品などは、高度成長期の象徴として良く取り上げられます。洗濯機、冷蔵庫、テレビ、カラーテレビ、エアコン・・・と。
5月18日の朝日新聞夕刊に「セルフ式コインロッカー」が取り上げられていました。これを初めて使ったときは、すごい発明だと思いました。観光や仕事で旅行した際に、鞄や最近だとキャリーバッグを預けて、身軽になれるのはありがたいです。伊勢志摩サミット警備のために、主な駅での使用が中止され、不便さがニュースで伝えられています。
この記事では、もう一つ、コインロッカーベビーという、社会問題も取り上げられています。ある目的のために作られたものや仕組みが、別の用途に使われるのです。

演歌から見た日本社会論

2016年5月23日   岡本全勝

5月21日の朝日新聞オピニオン欄「演歌は日本の心、か」は勉強になりました。
スージー鈴木さん(音楽評論家)
・・・演歌が日本の大衆音楽における伝統だと言えば言えないこともないでしょう。ただし明治以降の「伝統」です。
明治維新後の日本に西洋音楽が入ってきました。長調ならドレミファソラシの7音音階、半音も入れて12音音階。この音階は、当時の日本人には複雑でした。
そこで第4音のファ、7音のシ(短調ならレとソ)を使わない5音音階、いわゆる「47(ヨナ)抜き」がつくられます。これは西洋音楽の日本的解釈、いわば土着化で、西洋の音階に慣れない日本人にとって実に歌いやすい。ある研究によると、1928年から45年までの流行歌は約75%が47抜き音階だそうです・・・
・・・60年代、ビートルズが登場、日本の大衆音楽に絶大な影響を与えます。ビートルズの落とし子とも言えるグループサウンズ(GS)が、7音音階をフルに使う、あか抜けた曲で、若い人たちの間で大人気となります。でも5音音階に慣れ親しんだ人たちはついて行けない。「洋風」のGSに対抗するための論理が、復古派による「演歌は日本人の心」という説です。ぴんからトリオや殿さまキングスの「ド演歌」が復古派の需要をすくい取り、成功しました。
しかし70年代後半、明治以来100年以上、続いた5音音階の時代は終わりに近づきます。松任谷由実や桑田佳祐が7音、12音を巧みに使い、洋楽並みの複雑な音階で大衆を支配したのです。一種の「革命」でした・・
大澤聡さん(批評家)
・・・「演歌の伝統」と言う場合の伝統とは何でしょう。伝統はつくられるものです。さかのぼれば、たいてい歴史が浅かったり作為だったりという事実が判明します。では、なぜ伝統の創造が可能なのか。いつ必要とされるのか。むしろ見るべきはこの2点です。
1点目ですが、これは私たちが忘れっぽいという点に尽きます。私は日本の言論の歴史を研究していますが、「言論の影響力が衰退している」といったタイプの言説はどの時代にも見られます。
戦後、丸山真男や清水幾太郎らの思想家が活躍した時代があった。今では、言論の黄金時代と考えられています。けれど、当時の新聞や雑誌をひっくり返すと、実は大知識人の不在が嘆かれている。セットで昭和戦前期が称揚されています。
そこでその時期を調べてみると、今度は大正期の文明批評家の総合性が理想視され、同時代の知識人の専門化が批判されている。夏の道路の逃げ水のように、「良い時代」はどんどん前の時代に逃げていってしまうわけですね。
「昔は良かった」式の昔は実態を伴いません。伝統はこれに近い。現在や近過去は記憶も鮮明なのでアラが目につきます。でも、2世代前となるともう思い出せない。そもそも知らない。だから、良い記憶や情報だけを合成して理想像をつくりあげやすい。ノスタルジーの基本構造ですね。「演歌は伝統」も同様の論理で理解できるでしょう・・・
すばらしい日本社会論、日本文化論になっています。ごく一部を紹介しました。原文をお読みください。
大学の研究者や評論家がヨーロッパの思想や音楽論を輸入して、議論することを否定しませんが、カラオケに興じている多くの「大衆」とは別の世界です。大衆文化を抜きに、社会や思想を論じるのは、日本社会論や文化論ではないですよね。多くの「日本の思想」と銘打って行われている議論は大衆を忘れていると、私は考えています。

経済学批判、数学だけでなく倫理的視点を

2016年5月22日   岡本全勝

朝日新聞5月19日オピニオン欄、チェコの経済学者、トーマス・セドラチェクさんの「しじみ汁の経済学」から。
・・・経済学は社会科学の中で浮いています。文献を調べていて驚いたことがあります。数字が入っている論文の引用度は、そうではない論文の10倍くらいになる。経済学者の中には数字が出てくると満足する人が多くなっている・・・
・・・数学は私の趣味のひとつですが、何でも数字で表せると考えるのは宗教的だしナイーブです。
経済学は数字で表せないものにも数字を与えたがる。でも本当にすべてに値札がついた人生でいいのか。友情や恋愛なんて数字にならない。ある人の笑顔がほしいからといって、それが2700円なんていうのはどうでしょうか・・・
ごく一部を紹介しました。全文をお読みください。

NPO法人の第三者評価

2016年5月15日   岡本全勝

非営利組織評価センターという組織があります。公益法人の制度改革が行われ、またNPO法人制度が普及したことで、NPO法人や一般財団法人、一般社団法人の設立が簡単になりました。かつては、役所の許可が必要だったのです。ところが、誰でも簡単に設立できるようになると、玉石混淆になります。しっかりした法人なのか、そうでないのか。外部の人にはわからないのです。それでは信用も築かれず、法人にとっても困ったことになります。株式会社なら、株が市場で評価されます。そこで、NPO法人を評価する仕組みが作られました。「非営利組織評価センター」です。笹川陽平・日本財団会長のブログをお読みください。
国による許可制が自由化されると、このように第三者評価が必要になります。