カテゴリーアーカイブ:社会の見方

所得格差は拡大、再分配所得格差は横ばい

2026年3月21日   岡本全勝

3月2日の日経新聞オピニオン欄に、西條都夫・上級論説委員の「日本が向き合うべき問題は格差ではなく貧困だ 再分配の効率化進めよ」が載っていました。

・・・日本経済をめぐって、過去四半世紀にわたり格差拡大のナラティブ(物語)が繰り返されてきた。非正規労働の拡大や行き過ぎた新自由主義のせいで貧富の差が広がり、昭和時代の総中流社会は過去のものになった、という言説である。
先の総選挙でも、左派系のある政党は「税金は大金持ちから取れ」というスローガンをかかげ、それが格差を縮小する道だと主張した。
だが、本当に格差は広がっているのだろうか。2025年12月に厚生労働省が公表した「所得再分配調査」から浮かび上がるのは、通念とは少し異なる日本経済の姿だ。

それによると、23年の世帯別所得分布の均等度を示すジニ係数(0〜1の値をとり、格差は0に近いほど小さく、1に近いほど大きい)は当初所得では前回調査より上昇したが、再分配所得で見るとほぼ横ばいで、格差は広がりも縮みもしなかった。
世代別にみると、シニア層ほど所得や資産のバラツキが大きいのは周知の事実だ。高齢者の経済環境は長年の仕事の遍歴や人的なつながり、運不運といった個人的な要素を強く反映するので、若い世代に比べ、世代内の格差がどうしても大きくなる(大竹文雄著「日本の不平等」)。
したがって高齢化の進む日本である程度の格差が生じるのは自然な流れで、これが当初所得のジニ係数を押し上げた要因とみられる。

むしろ注目に値するのは、当初所得から税金や社会保険料を差し引き、社会保障給付(公的年金や医療などの現物給付を含む)を加えた再分配所得のジニ係数が横ばいだったことだ。
この傾向は実は今回に限らず、1999年の調査以降、一貫して続いているトレンドで、再分配ジニ係数は0.37〜0.39のボックス内を微妙に上下しているだけだ。
ちなみに人々の意識も驚くほど変化に乏しい。内閣府が24年夏に実施した「国民生活に関する世論調査」では、中流を自認する国民が89%に達し、1.7%の上流や8.7%の下流を圧倒した。
高齢化が世界トップ級の日本で、格差拡大に歯止めがかかっている現状をどう評価すべきか。欠点は多々あっても、税や社会保険などの再分配システムが今のところ何とか機能している証しだろう。
龍谷大学の竹中正治名誉教授は「過去10年以上にわたって人手不足が続き、その間、失業率の低下や最低賃金の上昇、そして非正規から正規雇用への登用が進んだ。これも格差を抑止する効果があった」と分析する・・・

・・・ただ、格差の不拡大を喜んでばかりもいられない。一橋大の小塩隆士特任教授は「所得格差・貧困の近年の動向」という最近の論考で、今の日本経済は「みんな仲良く貧乏に」状態だと指摘した。
米国のように人工知能(AI)長者などのスーパーリッチが大量に誕生するわけでもなく、上流とそれ以外の差はさほど開かない。それはいいとしても、長期に及ぶ低成長の結果、所得分布の重心が低い方向にシフトした。さらに足元では円安による輸入物価、とりわけ食品価格の上昇が家計に重くのしかかる。

今の日本が早急に向き合うべき社会経済のテーマは、おそらく貧困リスクである。
それを浮き彫りにしたのが、総務省が2月に公表した25年のエンゲル係数だ。消費支出に占める食費の割合を示すエンゲル係数は貧しい世帯や国ほど高く、裕福になると低下することで知られる。
その値が2人以上世帯のケースで25年は28.6%に上昇し、44年前の1981年の水準に近づいた。05年ごろからじわじわ上がってきたが、近年は上げ幅が急だ。円安や天候不順による不作で、生きていくために必須の食品の値段が上がり、生活を圧迫される人が少なくない・・・

二つの脳、直感と熟慮

2026年3月20日   岡本全勝

ダニエル・カーネマン著『ファスト&スロー―あなたの意思はどのように決まるか?』(上下)(原著2011年。2012年早川書房、204年ハヤカワ文庫に再録)を読みました。あるところで紹介されていたので。今ごろ読んだのは、「ファスト&スロー」という表題に、関心を持てなかったからです。私がつけるとしたら、「直感と熟慮ー意思決定の2つの型」でしょうか。

文庫本で上下巻あわせて、800ページを超える大著です。著者の主張は、人間の判断は必ずしも合理的ではないということです。それを、いくつもの実験で証明します。その功績で、ノーベル経済学賞を受賞しました。近代経済学は、人間は合理的に判断するものとして組み立てられています。その根底を覆すのですから、経済学会からは冷たい扱いを受けたようです。著者は経済学者ではなく、心理学者であり、行動経済学をつくった一人です。
本書を読むと、納得することばかりです。近代経済学の限界がよくわかります。経済学もこのような「実際の人間」を扱ってほしいです。そして、抽象的な数式を深めるのではなく、現実社会の問題に取り組んでほしいです。参照「スティグリッツ著『資本主義と自由』」

著者の結論は、次のようなものです。
人が判断する際には2つの型(システム)があります。システム1は早い思考をする直感的なもので、システム2は遅い思考をする熟慮型です。そして、システム2は時にはシステム1の監視をして、間違った判断を修正します。
直感は深く考えることなく、ものを見ると直ちに判断します。それはどうやら、人類が長年の進化の過程で身につけたようです。そして、個人も成長の過程で、身につけるようです。相手の顔、表情を見て、相手が何を考えているかを推測するとかです。あまり深く考えることなく判断するので、脳に負担をかけない、経済的効率的な判断です。しかし、しばしば間違います。本書にはその例がたくさん載っています。
それに対し熟慮は、二桁のかけ算のように「頭を使う」判断です。直感では答えが出ない場合に、仕方なく熟慮が働きます。

また、利得が得られる場合と損失を被る場合では、リスクの評価が異なること。痛みの記憶は、実際の体験とは異なって思い出されることなど、人間の判断と記憶がええ加減なことが、次々と示されます。

なるほどという事例が、いくつも出てくるのですが、次の例は興味深いです。将来予測はできないという話です。
ある証券会社の個人客1万人について、7年間の取引記録16万件を調べたところ、売買実績より、そのまま持っていた方が実績が良かったのです。これは平均ですから、うまくやった投資家もいたでしょうが、もっとまずいことになった投資家もいたでしょう(上巻374ページ)。著者やこの話を投資アドバイザー向けの講演でしたそうですが、無視されたそうです。
また、大企業の最高財務責任者に、翌年の株価指数連動型投信のリターンを予想してもらう調査でも、まったく外れでした。しかも、彼らは自分たちの予測能力のなさをまったく自覚していません(下巻62ページ)。

飛び地の中の飛び地、アラブ首長国連盟

2026年3月20日   岡本全勝

時々紹介している、川北英隆先生のブログ。3月17日は「UAEフジャイラへの期待」でした。話題になっている、ホルムズ海峡付近の地理です。そこに、次のような文章があります。

・・・よく見ると領有権が入り乱れている。海峡の北側がイランであるのは確かだが、アラビア半島からの角の突端はオマーン(正確にはオマーンの飛び地)であり、角の下はUAEである。UAEを少し詳細に見ると、その西(ペルシャ湾内)にUAEの最大の都市、ドバイが、東(ペルシャ湾の外)にフジャイラがある。
と、単純に思ってはいけない。フジャイラの少し北側、内陸部にオマーンのもう1つの飛び地があり、しかもその飛び地の中にUAEの飛び地がある。つまり入れ子状態になっていて、UAEの中にオマーン領が、されにその中にUAE領がある。
少し調べると、UAE側の飛び地はシャールジャ首長国のものであり、この部族はかつてイランの海岸部に居住してたのだか、イランに追われ、アラビア半島側に移ったとか。複雑な民族興亡の歴史がありそうだ・・・

西牛東豚

2026年3月19日   岡本全勝

3月1日の朝日新聞に「節約志向、食卓から遠のく牛肉」が載っていました。
・・・家庭での肉の消費が落ち込んでいます。コメ価格が高騰し、物価高が続いていて、節約志向が強まりました。同じ肉のなかでも、高値の牛肉から、値ごろ感のある豚肉や鶏肉へ需要が移っています。
総務省「家計調査」によると、2人以上世帯の生鮮肉の支出は、2025年に年8・3万円と前年から3%増えた。これは金額ベースのみかけ(名目)の値で、物価上昇の影響を取り除いた実質でみると、前年比2%減で5年連続のマイナスになる・・・
・・・一方で、肉は種類によって差が大きい。25年の年間購入量をコロナ禍前の19年と比べると、牛肉は6・5キロから5・4キロへ減った。この間に、豚肉は21キロから22キロへ、鶏肉は17キロから19キロへそれぞれ増えている・・・

紹介したいのは、「西牛東豚」です。
・・・肉の消費は景気の影響を受けるだけでなく、地域差も大きい。
家計調査(23~25年の3年間の平均値)でみると、全国平均の年間支出額は牛肉2・1万円(5・6キロ)、豚肉3・4万円(22キロ)。47都道府県庁の都市別でみると、牛肉は京都が最多で3・6万円、新潟が最少で1・0万円と3・6倍も差がある。豚肉は新潟が最多で3・8万円、福井が最少で2・8万円と1・4倍の差だ。
牛肉は和歌山・奈良・神戸など西日本の都市の支出額が平均より多く、盛岡・前橋・福島・札幌など東日本は少ない。牛肉と豚肉の額を合わせてみると、北海道・東北・甲信越の都市は牛肉より豚肉を好む傾向が、近畿・四国・九州は豚肉より牛肉を好む傾向がうかがえる。鹿児島・福岡・熊本・大分など九州の都市は鶏肉の支出額も上位を占める。

「西牛東豚」ともいえる東日本と西日本の違い。なぜこうした地域差が生じるのかについて、農畜産業振興機構が過去の文献をもとに調べてまとめている。
かつて農耕用として関東以北では主に馬が、近畿では牛が飼われていたが、明治時代の肉食解禁で外国人居留地などで牛肉需要が起こり、農耕牛が食用にも使われるようになった。一方で、関東では旧内藤新宿試験場(今の新宿御苑)で西欧式の養豚が始まり、えさの食品残さが多かった都市部の環境が養豚に適していたため、盛んになったようだという。

全国のセブン―イレブンで売られている肉じゃがは、東日本では豚肉を、西日本では牛肉を使い、それぞれ商品名やパッケージも違う=図下。「地域による食の好みの違いを反映し、販売エリアを分けている」と広報担当者。
牛肉文化のはずの関西では、なぜ豚まんが名物になったのか。
設立から80年余り、「551の豚まん」で知られる蓬莱(ほうらい)(大阪市)。同社は「関西では一般に肉=牛肉を表し、豚肉の入った肉まんを豚まんと呼ぶようになった」と経緯をホームページで振り返る。関東では「肉まん」の呼び方が一般的だ・・・

人口減少は脅威か

2026年3月18日   岡本全勝

2月25日の日経新聞、マーティン・ウルフさんの「人口減少は本当に脅威か 現役世代の負担増、吸収可能」から。
・・・米生物学者のポール・エーリック氏と妻アン氏は、1968年に著書「人口爆弾」を出版し、大規模な飢饉が迫っているという悪名高い予言をした。彼らは飢饉の脅威は、人口の爆発的な増加によって生じると主張した。
だが今日、出生率は人口の維持に必要な水準(人口置換水準)を下回るようになり、バンス米副大統領などが人口減少への懸念を表明している。飢饉に直面しているというエーリック夫妻の見立ては誤っていたのだ。
では、その正反対の警告も間違っている可能性はあるのだろうか。答えは「イエス」だ。

英オックスフォード大の研究者などでつくる「アワー・ワールド・イン・データ」の推計によると、1万2000年前の世界人口はわずか500万人だった。西暦0年時点では2億3000万人、1800年には10億人、1960年には30億人、現在は80億人だ。将来については、国連が2100年の世界人口を102億人と予想している。
地球から人類が消滅しそうにはない。問題なのは、多くの国で出生率が人口置換水準に満たなくなっていることだ。特に中国などでこの傾向が著しい。世界の主要地域における例外は南アジアとアフリカだけだ・・・

・・・では、多くの地域で人口が縮小し、人類が絶滅に至る可能性を憂慮すべきなのだろうか。英国の経済学者アデア・ターナー氏は「ノー」と答える。
出生率の低下が惨事を招くと議論されやすいのは、現役世代が高齢者と年少者をどれだけ支えているかを示す「従属人口指数」が急上昇するという考え方にある。15歳未満の年少者と65歳以上の高齢者を足した人口を、生産年齢人口で割った値という一般的な定義においては、確かにその通りだ。
ところが、この計算方法では若者の多くが20代まで親に扶養されている点は見過ごされている。出生率が極端に低い場合を除き、従属人口指数の上昇はそこまで大きくならないだろう。また一般的な定義では、高齢者が働き続ける可能性も無視している。フランスでは2024年、65歳以上で働く人の割合がわずか4%にとどまった一方、韓国では38%に上った。
ターナー氏によると、人工知能(AI)によって加速すると期待される生産性の向上も解決策の一つだ。2世紀前に比べて労働時間がはるかに短くなったのは、1800年ごろに比べて生産性が飛躍的に高まったからだ。その結果、高所得国では15歳以上が労働に費やす時間の割合が、少なくとも60%減少したと指摘する。
一方、1人あたりの生産量は15倍に拡大したという。こうした傾向は今後も続く公算が大きく、従属人口指数が若干上昇しても十分に対処可能だろう・・・

・・・つまり、人口の減少を恐れるべきだという決定的な理由は存在しない。出生率が1を割り込めばさすがに問題だが、1.5以上であれば少しばかりの先見の明で万全に対応できるのだ・・・