カテゴリーアーカイブ:社会の見方

町の本屋さん、インターネットで検索

2018年11月21日   岡本全勝

11月20日の朝日新聞声の欄に、全国書店案内が紹介されていました。
全国の本屋で、探している本の在庫を調べることができるウエッブサイトです。全国約1万2千店が、地図で検索できます。そのうち1割の店で、本の在庫がわかります。
こんな優れものがあったのですね。お試しください。

デザインと設計

2018年11月18日   岡本全勝

11月13日の日経新聞「やさしい経済教室」、鷲田祐一・一橋大学教授の「経営とデザイン」第2回

・・・英語の「design」は直訳すると「設計」になります。しかし近代以降の日本では、主に機械工業や建築業の分野で図面を描いたり機構を考案したりする行為を「設計」と呼び、「design」に含まれるそれ以外の要素は「図案」「意匠」あるいは「デザイン」と呼ぶようになりました・・・

納得しました。私は、新しい仕事を計画する際に、「設計」という言葉を使っています。その前段として、「構想」とも(夢と構想)。
ところが、この文脈で、「デザイン」というカタカナ英語は、使いにくいのです。英語にすれば、designだと思うのですが。日本語でデザインというと、服装や宝飾品の図案であり、言葉での説明でなく、スケッチを想像するのです。

鷲田先生の説明で、腑に落ちました。designを翻訳する際に、設計とデザインと、2つに翻訳したのですね。
Strikeを、ストライク(野球)とストライキ(労働争議)に分けた例もあります。

連帯責任の負の効果

2018年11月13日   岡本全勝

10月31日の朝日新聞オピニオン欄「連帯責任を考える」から。

為末大さん(元陸上選手)
・・・個人の時間に個人が起こした問題も集団の問題だというなら、個人の時間にも組織が介入してくる構造になります。「チームや組織が大きくなれば、いろんなひとがいて問題も起きるよね」と一歩引いて考えてみるべきではないでしょうか。
実際、スポーツ界もそういう方向に変わりつつあるとは感じています。変化の理由のひとつは、選手がスポーツの外の世界に触れ、海外スポーツの状況を知ったこと。ソーシャルメディアの存在も大きい。当たり前だと思っていたことが、そうではないと気づいたのです。
ひとつの組織に帰属していた時代に連帯責任は機能しました。しかし、これから肩書が複数になったり、利益相反の関係が複雑になったり、組織の連帯も弱くなっていく時代です。そういう意味では今後、連帯責任を問うことは難しくなっていくと思います・・・

菊澤研宗さん(慶応義塾大学教授)
・・・企業経営の現場、働く現場も連帯責任と無縁ではありません。それがどんな効果を生むのか。制度論的に考えると問題が起こる前と後とで、がらりと様相が変わる点が特徴的です。
うまくいっている時は、各自が他人に迷惑をかけないように努力します。相互に点検し、協力し合って失敗を減らすので、効率はよくなる。そうした点は、この制度のプラス面と言えるでしょう。
でも、もしだれかがミスをすれば、全員が罰を受ける。失敗していない仲間にも被害が及び、組織は危機に陥ります。それを回避するため、組織的な隠蔽が発生します。そうなると、連帯責任はあしき制度になりさがる。
なぜそうなるのか。メンバーが機械のように損得を計算するからです。ミスを公表して全員が罰せられるよりも、隠蔽した方が計算上は得だからです。自分を取り巻く外部の状況を考慮し、損得に基づく行動は自分以外に原因があるので他律的と呼ばれます。こんな集団に、みなで責任を負う仕組みを持ち込むと、危険だということです・・・

・・・連帯責任は日本的な仕組みかもしれないですね。個人主義的な欧米から見れば、異質に映るでしょう。政治学的視点に立てば、連帯責任は個人を否定し、全体主義的なので「悪」に見えるかもしれません。でも悪い面ばかりではないからこそ淘汰されずに残っているのだと思います・・・

社会史と政治史、喜安朗・川北稔著『大都会の誕生 ロンドンとパリの社会史』

2018年11月12日   岡本全勝

喜安朗・川北稔著『大都会の誕生 ロンドンとパリの社会史』(2018年、ちくま学芸文庫)を面白く読みました。
川北稔先生が18、19世紀のロンドンのにぎわいを、喜安朗先生が19世紀のパリの民衆運動を書かれたものです。原本は1986年に出版されています。

産業革命後、国内各地から、若者がロンドンを目指して上京してきます。働き口があるだろうと考え、そして都市の魅力を求めてです。
実際には、低賃金で雇われ、スラム街が成立します。しかし、食べていけますし、働くこととチャンスをつかむことで上昇することも可能です。ただし、続く新来者で、スラムは持続します。そこでの働き場は、産業革命で想像するような工業ではありません。縫製など身の回りのものの製造や作業です。
ロンドンは工業都市ではなく、消費都市です。金融機能は世界一になりますが。

つくづく、経済活動では、中心と周辺が常に成り立つのだと、思いました(世界システム論、ウォーラステイン)。
国際的にも国内でも、貧しい地域が努力すれば、いずれは先進地域に近づくと、かつては考えられました。そして世界では、日本を筆頭にいくつかの国は成功しました。しかし、国内でも世界でも、いくつかの成功事例を除いて、貧しい地域は成長はしますが、豊かな地域には追いつくことはできません。格差は続くのです。
そして、イギリスとロンドンの事例は、工業化がすべての理由ではないことを示します。工場の立地した地域より、その富を使う消費都市の方が、豊かで魅力ある都市になるのです。

読みやすい文庫本ですが、多くのことを考えさせる本です。パリについては、次回書きます

個人商店の消滅、コンビニの氾濫

2018年11月10日   岡本全勝

津波被災地では、まちの復興が進んでいます。視察をして、気になることがあります。
町中の商店が、コンビニばかり目立つのです。八百屋や肉屋、荒物屋といった個人商店や専門店は、見当たりません。
関係者に聞くと、コンビニだと、店主は品揃えや仕入れに悩まなくてもすむのです。何万種類にも上る商品が、バーコードを使ってコンピュータで管理され、品薄になると配送センターから補充されます。次々と新商品が棚に並べられ、売れない商品は撤去されます。

極論すると、店主はその仕組みの管理人であり、アルバイト店員の管理人です。もちろん、いろんなノウハウや悩みはあるのでしょうが。
個人営業の店だと、どのような品物をどれだけ仕入れるかを、悩まなければならないのに比べ、その違いは大きいです。個人商店が、コンビニのように新鮮なおにぎりやサンドイッチを、欠品なく並べることは難しいでしょう。また、その背景には、問屋さんの機能の縮小もあるのでしょう。
消費者にとっては、品揃えの多いコンビニやスーパーマーケットが便利です。

個人商店が減り、コンビニやスーパーマーケットに代わられる。この傾向は、被災地だけでなく、日本全国で進んでいるのでしょうね。
私は道路を走っている車の窓から見ているので、道路脇に立っている目立つ3種類(セブンイレブン、ローソン、ファミリーマート)の看板を見ているから、なおさらそう思うのかも知れません。

なお、10月31日の朝日新聞夕刊「あのときそれから」は、1974年の「大店法施行」でした。中心市街地の商店街衰退を解説しています。当初は大型店対中小小売業だったのですが、その後は郊外の大型店と中心市街地の構図になりました。
そして、町の中心が空洞化し、車を持っていない人には買い物が不便な町になりました。さらに、困るのは飲食店です。飲んだら運転してはいけないのですから。
この点では、日本の多くの都市は、街づくりに失敗しました。