カテゴリーアーカイブ:社会の見方

「国民の皆さん・・・」

2020年6月5日   岡本全勝

「国民の皆さん・・」という呼びかけがあります。
例えば、総理が記者会見で使われます。5月25日「全ての国民の皆様の御協力、ここまで根気よく辛抱してくださった皆様に、心より感謝申し上げます。」
また、NHKの人気番組「チコちゃんに叱られる」で、森田美由紀アナウンサーが、「今こそすべての日本国民に問います・・・」という決めぜりふを使います。

ある人が、「在日外国人は、対象ではないのか」と、疑問を呈していました。
う~ん、難しい問題ですね。
森田アナウンサーのセリフは、お笑いでしょう。ところが、コロナ対策は、日本にいるすべての人が対象になります。逆に、海外にいる日本人は対象外でしょう。そんなに目くじらを立てる話ではないのでしょうが。

これまで意識せずに、「日本にいる人=日本人」と使っています。これだけ外国人(定住者、旅行者)が増えると、どのような表現を使うとよいのでしょうか。「みなさん」では、対象が確定できませんが、それを使うのですかね。あるいは「日本の皆さん」とか。

日本よりはるかに(その国にとっての)外国人が多い諸外国の指導者は、どのように呼びかけているのでしょうか。
アメリカでは、政治指導者が国民に呼びかける際に、次のような言葉を使っているようです。
「米国の皆様」Americans、American people 、American public
「米国の納税者」American taxpayers
「米国市民」citizens

「大衆の反逆」新訳

2020年6月3日   岡本全勝

6月3日の朝日新聞夕刊に、浜田陽太郎・編集委員の「「大衆の反逆」新訳、死後に書籍化 南相馬在住の思想家」が載っていました。

・・・20世紀の大衆社会を鋭く洞察した、スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットの名著『大衆の反逆』(1930年)の新訳が4月、岩波文庫から刊行された。すでに3刷が決まり、1万部を超えた。「古典的な文庫としては異例の売れ行き」という。
訳したのは、東京電力福島第一原発事故の被災地で暮らしていたスペイン思想研究家の佐々木孝さん。十数年かけて、2018年末に急逝する直前に完成した。「大衆を批判するエリート」という従来のイメージとは違ったオルテガ像の提示を目指していた。

佐々木さんは上智大でスペイン語と哲学を学び、オルテガやウナムーノの研究をしながら、清泉女子大教授などとして30年余り教壇に立った。その後、故郷の福島県南相馬市に戻った・・・

へえ、そうだったんですね。私は、「今、なぜ岩波で新訳が出るのだろう」とくらいに思っていました。浜田さんの人脈、取材力に驚きます。
これは、新訳を読まなければなりません。

「マックス・ウェーバー」

2020年6月2日   岡本全勝

野口雅弘著『マックス・ウェーバー』(2020年、中公新書)を読みました。新書版という大きさに、ウェーバーの人生と学問が、切れ味良く整理されています。専門家はもっと分厚い本を読むのでしょうが、一般人には新書版はありがたいですね。内容は、本を読んでいただくとして。

私の学生時代は、マルクス経済学が下火になり、ウェーバーが一つのはやりでした。『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は必読書でした(実は、当時読んでもよくわからなかったのです。後に飛ばし読みしたら、わかるようになりました)。『職業としての政治』も。
理念型(イデアルティプス)。近代の合理性、官僚制。信条倫理と責任倫理。正統的支配の「合法的支配」「伝統的支配」「カリスマ的支配」の3つの類型。価値自由(これは「没価値」と訳されていて、私は長らく誤解していました)。

ところで著者の野口先生は、訳語に注意を払っておられます。『職業としての政治』を『仕事としての政治』と訳しておられます。この本でも、「没価値」を「価値自由」と、「心情倫理」を「信条倫理」と、「脱魔術化」を「魔法が解ける」と訳した方がよいと書いておられます。なるほどと思いました。

ムダを測る基準、目的と期間

2020年6月1日   岡本全勝

5月29日の朝日新聞オピニオン欄「それって無駄? 新型コロナ」、西成活裕・東大教授の発言から。

・・・「この世に無駄なものなど何もない」という人がいれば、「この世は無駄だらけだ」という人もいる。2人の何が違うのか。そんな「無駄の謎」を研究してきました。
「これは無駄なのか」の定義は、実はとても難しい。
判断するためには、「目的」と「期間」という二つの項目を明確にする必要があります。目的を定めなければ効果を評価できないし、期間を決めなければ「どんなことも、いつかは役に立つ」ということで、すべてのことが無駄ではなくなってしまいます・・・

・・・企業の場合は、社長が「いつまでに何を達成する」と決めて、社員はその目標に向けて動く。比較的、無駄をなくしやすい構造ですが、一般社会では簡単ではありません。社会全体が同じ目的に向かうよう統制はできませんし、長期的な視点の人もいれば、今が大事な人もいます。だから国家の政策から家庭レベルまで、無駄をめぐってさまざまな争いが起きているのです。

今回、特に難しさを痛感するのが、予測不可能な事態に対する備えです。医療物資や人員、病床数などさまざまな不足が発生していますが、企業が存続をかけて、いつ起こるかも分からない危機に備えて余剰在庫を抱えることは、「目的」と「期間」に照らしあわせても不可能でしょう。だから、医療態勢や災害対応など生命に関わることは、公的機関がセーフティーネットになる必要があります。
公的機関に、そんな余裕はない? いいえ、もし新型コロナが「100年に1度の危機」なら、「期間」を100年に設定してビジョンを描けば、平時は過剰と思える備えも、簡単には無駄という結論にならないはずです。結果的に捨てることになるものがあったとしても、「国民の生命を守る」ということが、国家の最優先の使命、つまり「目的」。それが、社会で共有される必要があります・・・

1960年代との意識比較

2020年5月31日   岡本全勝

5月29日の読売新聞が、「変わる仕事・人生観 高齢化 家族に影響…本社世論調査 1960年代と意識比較」を載せていました。前回東京五輪直後の1964年12月調査、1968年調査と、現在との比較です。ちなみに勤労世帯収入は1964年の月収6万円から59万円になり、月の労働時間は196時間から145時間に減っています。平均年齢は29歳から46歳に上がり、高齢者の割合は6%から28%に増えました。

・・・読売新聞社が実施した社会意識に関する全国世論調査(郵送方式)では、前回東京五輪が行われた1960年代と比べ、人生観や親子関係などに大きな変化が表れた。生活水準については、「中流」とした人の割合にほとんど変化がなかった。今日まで半世紀余りの間、経済的繁栄や高齢化の進行など、社会や家族のありようが大きく変容した中で、国民意識が変わった点、変わらなかった点を分析した・・・

連載「公共を創る」で、日本人の意識の変化を議論しています。私が主に使っているのは、内閣府の調査とNHKの調査です。この記事も、参考になります。もっとも、ほぼ常識になっていることが多く、びっくりすることはないようです。詳しくは原文を読んでいただくとして、特徴的なことをいくつか。

自分の生活水準を9段階で回答してもらうと、「中の中」が29%、「中の下」24%、「中の上」19%で、中は合計72%。1964年では「中の中」42%、「中の上」と「中の下」が各16%で、合計74%でした。
多くの人が中と回答していることに変化はありません。中の中が、42%から29%に減り、中の下や下に移っています。まだ貧しかった昭和39年に、多くの人が中と答え、しかも中の中と答えています。

人生観は、「コツコツやる」が53%から29%に減り、「好きなことをやってみる」が4%から16%へ、「迷惑をかけないようつつましく」が14%から26%に増えています。
「老後の親の世話は誰が行うべきか」について、1968年では「長子が行う」が37%、「きょうだい全員が行う」が30%でした。現在では「長子が行う」は4%に減り、「きょうだい全員が行う」が50%になりました。ここには、家族の形・同居や相続の変化が背景にあるのでしょう。
隣近所との付き合いは、1968年に比べ「会えば挨拶を交わす程度」が36%から70%に増え、「困ったときはお互いに手伝う」が31%から6%に、「家を行き来する程度」が19%から6%に減りました。
東京五輪の際に外国人に見てもらいたいものでは、1964年調査で見られて恥ずかしいとなっていた「清潔度やマナー」が、現在では見て欲しい方に上がっています。