カテゴリーアーカイブ:社会の見方

世界人口の予測

2020年11月23日   岡本全勝

11月15日の読売新聞に「世界人口減 遠くない未来」が載っていました。

・・・20世紀に入ってから急増した世界の人口はいま78億人。一体どこまで増えていくのだろうか。
国連が昨年公表した予測によると、人口は当面伸び続けるが、2100年に109億人でピークに達する可能性がある。今世紀中に増加が止まる、あるいは減少に転じる確率も27%あるという。しかし、各国の研究者からは、人口減はずっと早く始まるのではないか、という予測が相次いで出されている。
例えば、米ワシントン大のチームは今年7月、グラフで示したように、人口のピークは2064年の97億人で、今世紀末には88億人まで減るとする試算を発表した。ピークはもっと早くて、2050年頃とみる専門家もいる。
人口の増加に急ブレーキがかかりそうなのはなぜか。最大の理由は、先進国だけでなく、多くの途上国、特にアフリカで女性が産む子供の数が予想以上の速さで減っていることだ。背景には、女子の教育や避妊の知識の普及がある・・・

記事には、各国の人口の予測だけでなく、「若さ」年齢中央値、「構成」人種なども載っています。日本の位置も。原文と図表をご覧ください。

位置づける

2020年11月23日   岡本全勝

ある思想家とその時代、以前、以後」の続きです。かつて、「内包と外延、ものの分析」「内包と外延、ものの分析、2」を書いたことがあります。

・・・あるものごとを解説したり分析する際に、そのものごとの内部を深く分析します。これを内包的分析と呼びましょう。もう一つは、そのものごとが社会でどのような位置を占め、どのような影響を与えたかを分析します。これを外延的分析と呼びましょう・・・

周囲(社会)の評価。歴史上の意義。ヨーロッパにおけるキリスト教の意義を理解するのに、聖書と教会を研究しただけではわかりません。どのように社会に受け入れられたか、どのように社会に影響を与えたかの研究が必要です。
日本の官僚が、この30年間で地位を落としたことを理解するには、官僚と行政の中を研究してもわかりません。社会における役割や評価が変わったことを研究する必要があります。
内に向かって深く掘り下げてもその意味はわからず、広く外の世界の中に位置づけてこそ、その意義がわかるのです。

ある思想家とその時代、以前、以後

2020年11月22日   岡本全勝

権左武志著『ヘーゲルとその時代』(2013年、岩波新書)の冒頭に、おおよそ次のような記述があります。

思想や哲学を理解するには、思想家が生きた時代に着目し、歴史的文脈から思想のなり立ちを理解すべきである。思想は、生々しい生活体験から産み出されるものだ。思想家がどんな時代に生き、どんな時代の課題取り組んだのかを理解する必要がある。
そして、その思考の創造過程は、無からの創造を意味するわけではない。むしろ、過去の思想を新たな視点から読み替えていく再創造の形を取るのが通例である。
さらに高度な思想は、後の時代に継承されて、特定の時代や国を超えた普遍的影響を及ぼすことができる。

そして、「ヘーゲル哲学を理解するためには、その時代だけでなく、過去の何を変えたか、次代にどのような影響を与えたかを見るべきだ」と主張します。
納得です。哲学や政治学、社会学の名著といわれるものを読んでも、ここで主張されているように、過去の何を変えたか、何と戦ったか、後世に何を伝えたかがわからないと、意味と意義が理解できません。いままで、何度も名著といわれるものの時代背景や前後を理解せずに読んで、苦労したことがあります。

その書を深く掘り下げても、その書や人の意義はわかりません。その書や人が世界にそして後世にどのような影響を与えたかによって、意義がわかります。この項続く。

同一労働同一賃金、司法より当事者間の交渉で

2020年11月19日   岡本全勝

11月12日の日経新聞経済教室、大内伸哉・神戸大学教授の「同一労働同一賃金 司法より当事者間の交渉で」から。
・・・10月13日と15日に最高裁で、労働契約法20条を巡る5つの判決が出された。同条は、同一の使用者に雇用される非正社員(有期労働者)と正社員(無期労働者)の間での労働条件の不合理な格差を禁止する規定だ。2018年の働き方改革関連法を機に、パート・有期雇用労働法8条に吸収された・・・
その判決については、マスコミが伝えているとおりです。ここで紹介したいのは、大内教授の次のような主張です。

・・・だが最高裁が既存の格差を是認したとみるのは適切でない。均衡待遇の実現は司法でなく、当事者が交渉で決めていくべきだというのが最高裁のメッセージであり、これは筆者の上記の見解に近い。
そもそも労働契約法20条やパート・有期雇用労働法8条は、格差が不合理とされても、非正社員に正社員と同一の労働条件を保障するものではなく、格差により生じた過去の損害の賠償請求が認められるにすぎない。将来に向けて待遇を改善するには、当事者間の交渉によるしかないのだ。

法は企業に、不合理な格差を設けることを禁じているが、具体的にどうすれば法を守ったことになるかを明確に示していない。上述のように、裁判では不合理性は個別事案の判断しかなされず、どんなに判例が蓄積されても、その判断基準の明確化には限界がある。
こうした状況下では不合理性を軸としている限り、スムーズな労使間交渉は期待できない。この問題の解決に必要なのは、企業が非正社員に対し納得できるような労働条件を提示したうえで、非正社員の同意を得ている場合には、その結果を尊重する(不合理とは評価しない)という解釈を確立することだ。
これは、法が企業に待遇の格差について説明義務を課したこととも整合する。これにより企業には、非正社員に労働条件の内容を丁寧に説明するインセンティブを与えるし、非正社員が納得した労働条件で就労できれば労働意欲は高まり、生産性向上にもつながる・・・

百貨店の未来は

2020年11月19日   岡本全勝

11月14日の朝日新聞オピニオン欄「百貨店の未来は」から。
奥田務さん(Jフロントリテイリング特別顧問)の発言
・・・誤解を恐れずに言えば、百貨店は日本でも欧米でも、1980年代にはもう「終わっていた」。私は、そう思っています。
かつての百貨店では、自ら目利きした品を売り、多くの消費者が「間違いのない品」だと信頼して買っていた。まさに日本の小売業の長でした。
しかし時代の変化は速かった。総合スーパーが登場し、ITの普及で消費者の情報量が増えるとニーズも多様化。ネット販売も広がった。百貨店は「何でもあるけど欲しいものは何もない」と言われるようになってしまいました・・・

・・・大丸の社長に就任した私が手がけたのは、ビジネスモデルを「小売業」から「テナント業」へ転換させることでした。百貨店の財産は、「お客様の信頼」と「一等地」という立地です。百貨店が生き残る術を突き詰めると、新しい業態の開発が不可欠だったのです。
「テナント業」という意味ではショッピングセンター(SC)と同じでも、「百貨店」として商品・テナント・情報・サービスの新しい組み合わせや、テナント間をまたぐ販売対応、外商、配送などの質の高いサービスを徹底していけば、百貨店の財産である「信頼感」は守れる。私はそう考えます。同時に高級SCと割り切った「GINZA SIX(ギンザシックス)」のような業態も進めていく必要があります・・・

谷口功一さん(法哲学者)の発言
・・・ 百貨店は、近代的都市に必須の構成要素でした。都会的なにぎわいを演出する、豪華で優雅な「舞台」に、客は普段よりいい服を着て出かけ、「演者」として振る舞う。客側に「気構え」や「背伸び」を要求する空間でした。
大分県出身の私にとって、県都の中心部にあるトキハ百貨店はパルコと並び、いわば文明の最前線にある「前哨点」でした。インターネットもなかった当時、すさまじい文化的飢餓感の中で、「そこに行けば、いま流行しているものが分かる場所」でした。
百貨店が果たしてきた役割の一つが、こうした文化や消費の「共通体験」です。
ちょっと背伸びをして百貨店に出かけて高級品を買う、という光景は、一昔前にはよくあったでしょう。館内には自分には手が届かない高価な品々も並んでいて、それらを買う人の姿や装いも自然に目に入ってきたものです。

買い物は人々の「選好」が最もよく表れる部分です。ですが、ネット通販の普及で、他人の購買行動は格段に見えづらくなりました。どんな人がどんな商品を好み、選ぶのか。何が流行しているのか。百貨店のような場所で得られた、こうした共通体験を得る場所は、今はありません。
共通体験を得る場所が失われた結果、自分や自分と似た境遇の人たちの行動しか見えない、壮大な「たこつぼ」世界に陥っています。社会の分断化が進み、お互いが見えないなかでの階層化も進んでいくだろうと思います・・・