カテゴリーアーカイブ:社会

日本人がつくった社会通念・時間厳守2

2026年2月7日   岡本全勝

日本人がつくった社会通念・時間厳守」の続きです。織田一朗著「日本人はいつからせっかちになったか」 (1997年、PHP新書)の151ページ以下に、次のような話が載っています。

明治になって時計が普及し、鉄道や学校で時間厳守を教えられたことで、日本人が時間に厳密になりました。
ところが、かつての腕時計は、1日に15~20秒の誤差が出ました。1週間で2分の誤差です。会社員は毎週月曜朝に、テレビやラジオを使って、腕時計の時刻を合わせていました。
値段の高い時計は狂いの程度は少ないのですが、一般には狂いの生じることはやむを得ないと考えられていました。そこで、当時の社会は、だいたい5分程度の誤差を見込んで行動していました。催し物の開始時刻は5ないし10分程度遅らせ、人と会う時間も互いに余裕を見て待ち合わせをしていたのです。

これを変えたのが、1969年(昭和44年)に発売されたクォーツ時計です。それまでの腕時計の30~100倍の精度を実現し、1か月で誤差3秒以内になりました。これで、社会の時間精度が大幅に向上するだけでなく、人の認識や行動が変わりましたあ。
それまでは、バスの停留所で待っているときに「正しいのはバスで、自分の時計でない」と思っていたのが、「正しいのは自分の時計で、正しくないのがバスの運行」となりました。人との待ち合わせも、5分前に行く必要がなくなりました。
鉄道も、秒単位で運行を管理できるようになりました。

日本人がつくった社会通念・時間厳守

2026年2月6日   岡本全勝

「日本人がつくった社会通念・ゴミを捨てない」の続きです。

日本社会は時間に正確です。鉄道は数分遅れただけでお詫びの放送を繰り返し、学校や会社では少しでも遅れると叱られます。これも明治以降のことのようです。
幕末に、長崎海軍伝習所教官として海軍教育を行ったオランダ人のウィレム・カッテンディーケ(後に海軍大臣)は、著書「長崎海軍伝習所の日々」(原著1860年。1964年、平凡社東洋文庫)で、「日本人の性癖」について具体事例を挙げて「日本人の悠長さといったら呆れるくらいだ」と嘆いています。

江戸時代はお寺の鐘が時刻を伝えていて、それも日の出から日の入りまでを6等分する不定時法ですから、分単位どころか一時間の観念はなかったのでしょう。街や家には、時計はなかったのです。明治時代になって、鉄道が定時運行することに始まり、学校や会社での時刻厳守に従っているうちに、時間に正確な国民性ができあがりました。

日本人の時間意識の変化については、橋本毅彦・栗山茂久編著「遅刻の誕生:近代日本における時間意識の形成」(2001年、三元社)、織田一朗著「日本人はいつからせっかちになったか」 (1997年、PHP新書)があります。「かつて日本人は時間にルーズだった」も。

成沢光著「現代日本の社会秩序: 歴史的起源を求めて」(1997年、岩波書店)は、時間観念のほか、集団行動(整列、行列、号令)、空間(整理・整頓、清潔)、身体(健康、清潔、姿勢、動作)、人間関係(上下関係)などの日本的と言われる社会秩序が、明治維新後の近代化・西欧化の過程で、わずか30年ほどで形成されたと指摘しています。
西欧起源とともに、武家社会から引き継いだもの、禅宗寺院から引き継いだものもあると考察しています。

 

日本人がつくった社会通念・ゴミを捨てない

2026年2月4日   岡本全勝

夏目漱石の有名な小説「三四郎」は、三四郎が京都から名古屋に列車で向かう場面から始まります。周りの乗客を観察しながら、駅で買った弁当を食べます。そして次の文章に続きます。
「この時三四郎はからになった弁当の折を力いっぱいに窓からほうり出した。」
この小説が新聞に連載されたのは1909年(明治42年)、まだ100年少し前の話です。

私が子どもの頃は、食べ終わった駅弁の空箱は、列車の座席の下に捨てました。車内清掃が効率的にできるように、そのように指導したとの説もあります。

2025年5月2日の朝日新聞「写真館 since1904」「あふれるごみ ポイ捨て、今は昔」に次のように書かれています。
・・・日本はかつて「ごみの国」だった。
そう書きたくなるような写真の数々だ。海水浴場や動物園、観光地に向かう列車内はごみであふれ、東京の川はごみ捨て場と化した。今ではポイ捨てを禁止する条例が各地にでき、道端のごみにも目を光らせる。時代は変わり、清潔が正義になった。5月3日は「ごみの日」・・・
そして、1969年の神奈川県鎌倉市の材木座海岸、1952年文化の日の東京・上野動物園、1968年の国鉄房総東線急行列車車内、1950年の東京・銀座などの風景写真が載っています。いずれも、びっくりするくらいのゴミであふれています。

日本人が公共の場でゴミを捨てなくなったのは、まだ最近のことなのです。

低い幸福度の理由

2026年1月26日   岡本全勝

2025年12月13日の日経新聞「くらしの数字考」は「幸福度 日本の順位なぜ低い」でした。

・・・日本は今なお世界4位の経済大国で、長寿も世界トップレベル。だが、国や地域別に「幸福度」をはかる国際調査では、順位の低迷が続いている。なぜなのだろうか。

英オックスフォード大などがまとめる「世界幸福度報告書」2025年版で、日本は147カ国・地域のうち55位と、前年の51位から順位を下げた。同調査は各国・地域の約1000人に対し、生活満足度を0から10の範囲で自己評価してもらい、直近3年間の結果を平均して幸福度を測定する。
国・地域間の違いを理解するための項目別データをみると、日本は「健康寿命」は世界2位、「1人あたりの国内総生産(GDP)」は世界28位と高水準。一方で「人生の自由度」(79位)や「寛容さ」(130位)などの順位が低い。
他の調査でも日本の幸福度は低迷している。米ハーバード大学などの研究チームが4月に公表した調査結果では、調査対象の22カ国・地域中で最下位。国際調査会社の仏イプソスが25年に実施した幸福度ランキングでも日本は30カ国中27位だった。

どうして日本の順位は低くなりがちなのか。幸福度の分析をする青山学院大学教授の亀坂安紀子さんは「当然の結果」と言い切る。
賃金の伸びが物価上昇に追いつかず、男性の稼ぎだけで家計を支える生活モデルが厳しくなった。仕事をする女性は増えたが、家事負担は減っておらず、時間に余裕がない人が増えており「時間貧困で、生活満足度が低い」(亀坂さん)。幸福度を上げるには、睡眠時間を長くし趣味や娯楽を楽しむ時間を確保することが有効だとみる。

一方で「日本人は世界一幸福だが、その幸せに気付けていない」ことが低迷の原因と分析するのは、幸福やストレスについて詳しい精神科医の樺沢紫苑(しおん)さん。感謝の気持ちを持つとセロトニンという脳内物質が出て幸福感を感じられるが、日々の生活に不自由しないことが当たり前になり、感謝の気持ちを持ちづらくなっているとみる。
調査方法が一因との見方もある。幸福度の調査に詳しい武蔵野大学教授の前野隆司さんは、幸福度を聞く調査だと「謙虚」に回答しがちな日本人は順位が低くなりがちだと指摘する。
「個人主義的な国は(自分の幸福度を)高めに答えて(アジアなど)集団主義的な国の人は低めに答える傾向がある。その点は差し引いて考えた方がよい」(前野さん)

一方で前野さんは、日本人が孤独を深めていることが幸福度を下げている側面もあるとみている。「もともと日本人は誰かと一緒に過ごすと幸福を感じやすい傾向にあるが、欧米的な個人主義の広がりと共に幸せを感じにくくなっているのではないか」
世界幸福度報告書は「若年成人の孤独感は日本が突出している」と指摘する。報告書中の調査では、日本の若年成人の30%以上が、家族や友人など親しいと感じられる人が「いない」と回答した。
高齢化や晩婚化により、一人暮らしをする単独世帯も増えている。日本は誰かと一緒に食事をする頻度のランキングで、142カ国・地域のうち133位だった。
誰かと一緒に食事をする割合が高い国の人は、社会的に強く支えられていると感じ、孤独感が弱い傾向にあるという。日本では主体的に「おひとりさま」を選び単身生活を楽しんでいる人もいるが、社会的に孤立し困りごとを一人で抱える人も少なくない・・・

退職後、組織外に居場所の準備を

2026年1月19日   岡本全勝

2025年11月18日の朝日新聞オピニオン欄「それぞれの卒業」から。

「組織外に居場所の準備を」 太田肇さん(同志社大学名誉教授)
・・・会社などを定年退職することを「卒業」と言うことがあります。学校の場合、卒業要件を満たして出ていくといった意味だと思いますが、職場についても、その組織から与えられた役目を終えて、送り出してもらうといったイメージが重なるのかもしれません。
職場は、一種の共同体のようなものです。組織にどっぷりつかり、会社と一体化しているような人は、共同体の外部と接する機会が少なくなりがちです。すると、地域コミュニティーとの接点も少なくなり、卒業後に居場所がなくなってしまいがちです。

組織の中にいれば、仕事や役割は基本的に与えられるし、地位の高い人ほど周りがコミュニケーションの「場」を作ってくれます。ですが、一歩外に出たら、その肩書や地位は通用しなくなります。卒業後は、受け身の姿勢では何も始まりません。家庭や地域コミュニティーで「私は部長だった」などと言っても、嫌がられてしまうでしょう。
ソフトランディングが必要です。定年は来るものだし、それが何年後かも、だいたい分かっています。卒業後を見据え、在職中から職場以外の居場所を作っておくことが大事です・・・

・・・組織に属していると、「会社に迷惑をかけられない」と考えるなど、色々と制約が多いのも事実です。卒業後は、そこから解き放たれ、自分の意思や能力で自由に何でもしやすくなる面もあります。私自身も今年春に大学教授を卒業しましたが、考えたり書いたりするためのまとまった時間が取りやすくなり、よりスケールの大きい、大胆なことも言いやすくなったような気がします。
組織を卒業した後は、それまでの経験を生かし、自分個人の力を存分に発揮できる「第二の人生」が待っている。そして、その準備は卒業前からできる。そう考えてみてはいかがでしょうか・・・