カテゴリーアーカイブ:歴史

日本の地政学的グランドデザイン

2020年2月10日   岡本全勝

2月4日の朝日新聞オピニオン欄、出口治明・立命館アジア太平洋大学学長のインタビュー「日米安保改定はや60年」が、簡潔でわかりやすいです。
・・・日米安全保障条約が改定され60年、人間でいえば還暦を迎えた。最初の30年が冷戦下。次の30年は旧ソ連という対抗軸がなくなった一方、経済力軍事力を強化した中国が台頭してきた。さて、これからの30年の見取り図はどうなるか。60年の評価と、押さえておくべき論点は何か・・・

出口さんは、次のように整理します。
1 黒船来航と明治国家
老中阿部正弘が、アヘン戦争などを研究し、彼我の軍事力や経済力の違いを認識していました。そして、開国して、国民国家を作り、富国強兵を断行するというグランドデザインを描きます。維新の後は、大久保利通が、阿部のグランドデザインである開国・富国・強兵を採用して、日本の近代化を進めます。

2 敗戦後
吉田茂が、もう一度、開国・富国・強兵を並べて、考えます。そして、強兵を安保条約でアメリカに代替させて、開国・富国で日本の再建を目指します。

3 これから
安全保障を考える際、自分で防衛力を強化するか、どこかと軍事同盟を結ぶか、基本はこの二つしかありません。同盟相手は、日本より経済力が大きい国でないと無理。すると、アメリカ、中国、ヨーロッパ連合EUしかない。EUは遠すぎる。中国を選ぶという選択肢もありますが、これまでの経緯を考えて、疑問符がつきます。消去法で、日米同盟を大事にしていくしかない。

途中に、戦後の日本とアメリカとの関係を、次のように書いておられます。
・・・戦後の日本は、米国というお父さんのスネをかじり尽くした息子で、鉄鋼、自動車、半導体と米国の主要産業を全部潰して成長してきたようなものです。普通の国だったらボコボコにされるところが、ボコぐらいで米国は済ませてくれました・・・
ご指摘の通りですが、鉄鋼の前に、テレビなど電機製品もあります。その前には、繊維もありました。

聖徳太子の絵姿

2020年1月23日   岡本全勝

日経新聞朝刊文化欄の「美の十選」、ある主題で専門家が選んだ古今東西の美術品を10点見せてくれます。「へえ、こんな視点があるのだ」と、楽しみにしています。
今回は、八條忠基・綺陽装束研究所主宰の「装いがまとう意」です。

1月22日は「聖徳太子及び二王子像(唐本御影)」でした。皆さんご存じの、聖徳太子の絵です。読んでもらうとわかりますが、聖徳太子の姿とは、全く違うようです。
太子が被っている冠が黒い「漆紗冠」になったのは、682年。手に持つ笏は719年からです。聖徳太子が亡くなったのは622年です!
また、平安時代後期に、「唐の人が描いた」といわれていたとのこと。
ええ加減なものですね。まあ、そもそも太子は、生前には「聖徳太子」とは呼ばれていなかったようですし。

聖徳太子が生まれたとされる橘寺は、わが家の近くでした。飛鳥川をはさんだ隣の集落です。お寺の庭で、遊びました。

イギリスが偉大だったのは例外の時代

2020年1月22日   岡本全勝

1月18日の朝日新聞オピニオン欄。ケンブリッジ大学名誉教授、デイビッド・レイノルズさんのインタビュー「英国、解体の足音」から

・・・英国の歴史を500年単位で見ると、偉大な大国だった18、19世紀は例外です。小さな島国で、資源も限られ、衰退しているのがむしろ定番でした。海洋が重視される時代になり、海軍と商業船団の発達のおかげで世界中の資源にアクセスし、奴隷の力も借り、英国は大英帝国に成長したのです。蓄えた富で産業革命を起こし、19世紀半ばに産業経済大国となりました。「英国は偉大だ」という意識は、こうした経緯と結びついています。

ただ、この国のサイズでその力をずっと維持できるわけではありません。その後の英国の展開は、没落というより、定位置に戻っただけ。にもかかわらず、「世界での地位を失った」かのような感情が残りました。それを利用して「英国を再び偉大な国に」との選挙スローガンを打ち出したのがサッチャー首相です。彼女が率いる保守党にとって、偉大さの喪失は見過ごせなかったのです・・・

倉本一宏著『公家源氏』

2019年12月27日   岡本全勝

倉本一宏著『公家源氏』(2019年、中公新書)が、勉強になりました。
平家と争い、鎌倉幕府を開いた源氏については、皆さんご存じですよね。源氏と言えば、この義家、頼朝の家系で武家の印象が強いですが、この本が取り上げているのは、宮中で活躍した源氏です。

天皇の子供や孫が、源という姓をもらって、皇族から離れます。他の姓をもらった皇族もいます。在原とか。平安時代の天皇が、それぞれたくさんの子供を、このようにして処遇します。他の方法は、出家して寺院に入ることです。
どの天皇から別れたかによって、嵯峨源氏、清和源氏、村上源氏など、たくさんの家が興ります。よって、源氏と言っても、一つの家ではありません。

公家となった源氏は、天皇に近く、殿上人として王権を支えます。血筋、育ち、教育において、優れているのです。
しかし、子孫の代になると、天皇とは遠くなり、地位を低下させます。もっとも、その頃には、別の天皇から出た源氏が活躍します。
たくさんの有名な源氏の公家が、載っています。もちろん、全員が出世したわけではありません。
公家と言えば、藤原氏を思い浮かべますが、一時は、源氏の方が多いときもあります。もっとも、力を持っているのは藤原氏で、源氏とはお互いに共存を図ります。婚姻を通じてです。そこに、天皇家、藤原氏、源氏の3家による、共同体が生まれます。

宮中で活躍するためには、血筋と教養と後ろ盾とが必要です。もう一つは、財産です。藤原氏は代々、荘園を引き継ぎ、また拡大します。
各源氏は、どのようにして、財産を確保したのでしょうか。その点は、この本には詳しくは書かれていないようです。

1900年、産業のロンドンではなく自由なパリに人が来る

2019年12月26日   岡本全勝

12月22日の読売新聞、フランスのアニメ映画監督、ミッシェル・オスロ氏のインタビュー「アニメという仕事。人間の悪と戦う 機知と寛容」から。

・・・無論、それだけでは作品は成り立ちません。万博が開かれた1900年のパリを舞台に選びました。
フランスは1789年の革命以来、幾度か戦争を行い、輝いた瞬間もあったが、自滅に向かいます。決定的だったのは1871年の普仏戦争の大敗です。
ところが再興を果たす。世界の才能が大英帝国のロンドンではなく、パリに集う。なぜでしょう。精神の自由が求心力になったのではないかと私は推察します。報道の自由も重要でした。

パリは女性が社会の幾重もの束縛を解き、活躍した都でもあった。国際女優サラ・ベルナール、ノーベル物理学賞と化学賞を受けるポーランド出身の科学者マリー・キュリー、革命家ルイーズ・ミシェル――・・・