カテゴリー別アーカイブ: 歴史

トニー・ジャット著『記憶の山荘』

トニー・ジャット著『記憶の山荘 私の戦後史』(2011年、みすず書房)を読みました。著者は、『ヨーロッパ戦後史』で有名です。読みたいと思いつつ、大部な本なので先送りしています。どのような人が書いたのか、気がかりだったので、『記憶の山荘』を見つけて、読みました。

この本は回想録ですが、体験、それもいくつかの物から記憶が広がります。プルーストの『失われた時を求めて』のマドレーヌのようにです。
1948年、ロンドンのユダヤ人家庭に生まれます。物資の乏しかったイギリスの戦後生活から、話が始まります。奨学金を得てケンブリッジ大学へ。ケンブリッジ大学とオックスフォード大学で教鞭を執った後、ニューヨーク大学に移り、アメリカで暮らします。
ヨーロッパ戦後史を書くには、西側だけでなく東側の知識も必要です。その背景が、この本を読むとわかります。

晩年、筋萎縮性側索硬化症にかかり、『記憶の山荘』は、人工呼吸器をつけ、口述筆記されたとのことです。
碩学の回想録、エッセイを、寝る前の布団で読むのは、至福の時です。先達の経験、苦労、考えたことを、(すみません)寝転びながら読めるのです。もちろん、翻訳の場合は、訳文がこなれている必要はあります。

変わる古代史

佐藤信編『古代史講義 邪馬台国から平安時代まで』(2018年、ちくま新書)が、勉強になりました。
古代史も、新しい発掘とともに、視野が広がる(国際的観点、地方史、社会史など)ことによって、かつてとはかなり変わってきています。この本は、最新の研究成果と研究動向を、一般向けに解説したものです。この期間の、15のテーマを取り上げています。
例えば、「飛鳥・藤原の時代と東アジア」「平城京の実像」「奈良時代の争乱」「受領と地方社会」など。
「へえ、そうなんだ」と驚くことが、たくさんあります。

たんぱく質考古学

「たんぱく質考古学」って知っていましたか。1月7日の朝日新聞が大きく解説していました。詳しくは、記事を読んでもらうとして。中に、次のような記述があります。
・・・奈良県明日香村にある7世紀の牽牛子塚(けんごしづか)古墳から出土した豪華な棺を分析すると、中国原産のカイコに由来する絹が使われていた。
一方、3世紀ごろの奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡から出た巾着型の布製品は、やはり絹だが日本在来のヤママユガだった・・・
へえ、そんなことまで分かるのですね。科学の進歩は、すばらしいです。

牽牛子塚古墳は、子どもの頃、自転車に乗ってしばしば見に行きました。近鉄飛鳥駅の近くの小山の中にあり、石室を覗くことができました。きれいに加工された石で、部屋が二つ並んでいました。不思議な形でした。近年、発掘されて、大きな話題になりました。
近くに、真弓鑵子塚古墳(まゆみかんすづか)があります。こちらは、大きな石室に入ることができました。自然石が積み上げられて、大きなドーム型の空間になっていました。最大幅4.4m、高さ約4.7m。使われた石は約700個だそうです。一人で入ると、積み石が落ちてこないかと、怖かったです。今は、立ち入り禁止です。

兼好法師

小川剛生著『兼好法師』(2017年、中公新書)が面白いです。徒然草で有名な吉田兼好ですが、私たちが知っている経歴は間違いなのです。この本は、兼好の実体に迫ります。推理小説みたいです。
吉田という姓も嘘だそうです。後世、吉田家が「箔を付ける」ために、ねつ造したとのこと。なんと。

どのようにして、700年前の人物の実像を明らかにするか。お寺に残っていた古文書(仏教の経典)の裏に、兼好が書いたと思われる手紙が残っていたのです。紙が貴重な時代、裏を再利用して教典を書き写したのです。
この本は、徒然草の解説書ではありません。兼好法師とは誰かの、推理です。
面白いですよ。

近過去を知る「平成の100人」

月刊誌『中央公論』2018年1月号の「平成の100人」が勉強になります。政治、経済、社会・事件、文化、科学、スポーツの6分野で、それぞれ2人ずつの有識者が、平成を人物で表現するのです。科学では、鎌田浩毅・京大教授もでておられます。最後に、猪木武徳先生と北岡伸一先生による、総括的な対談が載っています。
「他にも、こんな事件もあった。このような見方もできる」という思いもありますが、短い紙面では、ないものねだりですね。

平成とは何だったかを問う、あるいはこの30年は何だったかを問う、良い試みです。
元号で時代が変わるわけではありません。昭和という時代が、戦前と戦後で全く違うものでした。平成も、バブル、その余韻、バブル崩壊と金融危機、そこからの脱出の試みと、いろんな経過をたどりました。しかし、平成という時代は、バブル崩壊とそこからの立ち直りの試みという時代に重なります。
その際に、特に、日本の政治と経済は何を目指したのか、そしてどれだけ成功したのか。その視点が重要でしょう。
近過去を知ることは難しいです。毎日のニュースはすぐに忘れます。つい最近のことは、本や教科書では整理されていません。このような雑誌記事や新聞の特集が役に立ちます。

ところで、56ページに、次のような、斎藤環・筑波大教授の発言があります。
・・・震災は様々な迷走を生むばかりでしたね。私が驚いたのは、国の原子力保安検査官が全員、現場から逃げ出したこと。しかも誰も処分されていない。信賞必罰が成立していない日本型組織の典型です。こういう組織に原発は任せられないことが露わになったと思うのです・・・