カテゴリーアーカイブ:生き様

「絵画で読む『失われた時を求めて』 」

2022年12月14日   岡本全勝

吉川一義著「絵画で読む『失われた時を求めて』」(2022年、中公新書)を読みました。
以前、吉川一義著「『失われた時を求めて』への招待」を読みました。もっとも、『失われた時を求めて』は、まだ最初の部分しか読んでいないのですが。
「絵画で読む」を読んで、プルーストを読むには、これだけの背景を知らないといけないのかと、あらためてその難しさを感じました。19世紀末から20世紀初めのフランス上流階級では、このような西洋絵画の知識は当然だったのでしょうね。

掲載されている絵画を見て、「これやこのような絵は、展覧会で見たよな」と思い出しました。それらがやってくる展覧会も多く、日本にいながらで、西洋絵画が古典から最近のものまで見ることができます。ありがたいことです。

12月のアサガオ

2022年12月4日   岡本全勝

もう12月です。寒くなって、コートも必要になりました。
ところが、我が家のプランターのアサガオは、まだ3センチくらいの小さな花を一輪咲かせています。

2つの植木鉢と3つのプランターのツルは、種を取ったので、支柱とともに片付けたのですが。つぼみをつけていたツルはかわいそうなので、そのままにしてあったのです。この花がしぼんだら、片付けましょう。代わりに植えるチューリップは、今年の春に咲かせたので、連作障害を避けるために今年はプランターには植えません。

お向かいの柿の木もすっかり葉を落とし、鮮やかな柿色の実をつけています。渋柿なので、まだ熟していないらしく、カラスの攻撃に遭っていません。

10月も終わり

2022年10月31日   岡本全勝

なんと、10月が終わってしまいました。
きちんと出勤し、原稿を書き、講演もたくさんこなしました。休日にも、原稿執筆に精を出し、時に孫に相手をしてもらったのですが。あっという間に、ひと月が経ってしまいました。

確かに、朝晩は寒くなり、服装や帽子も秋冬物に替えました。
プランターのアサガオはまだ少し花をつけていますが、花びらが小さくて、アサガオと思えない形になっています。毎年うまく色づかない夏椿の葉が、今年はきれいに色づいています。椿もいくつかつぼみをつけています。季節の方は、10月が終わりだということを実感します。
さて、11月。年賀状の準備も、しなければなりません。

神田古本祭り

2022年10月30日   岡本全勝

今日の東京は、秋晴れのよい天気でした。締めきりの来た原稿を午前中に完成させ、神田古本祭りに行ってきました。コロナの影響で、3年ぶりの開催だそうです。大変な人出でした。

学生時代や若い頃は、神田神保町の古本街を歩くのが好きで、しょっちゅう行っていました。近年は欲しい古本はアマゾンで探すので、近くの古本屋はよく覗くのですが、神田まで出かけることは少なくなりました。
さらに、書斎や寝室に買ったままの本が山を作っているので、新しい本を買う前に、それらを片付ける必要があります。時々、寝る前に「今日は何を読もうか」と気分に合う本を探します。すると、「こんな本も買ったんだ」と思うような本が、発掘されます(反省)。
もっとも、集中できる時間帯は原稿執筆に当てるので、そのようなお気楽な本を読むのは、寝る前の布団の中だけです。先日の出張にも1冊入れていったのですが、資料整理や原稿書きで、読まずに持って帰ってきました(これも反省)。

神保町には、「家にたくさん本があるから、今日は買わないぞ」と決心して行ったのですが、誘惑に負けて買ってしまいました(さらに反省)。

呼び起こされる遠い思い出

2022年10月22日   岡本全勝

先日、と言ってもかなり前になりましたが、テレビで京都の老舗旅館を取り上げていました。内容も興味深かったのですが、その一画面に引きつけられました。障子に西日が当たり、四角い桟の影がLの字型にいくつも障子紙にさすのです。
とても懐かしい思いがこみ上げてきました。子どもの頃に、なんとなく眺めていた記憶です。
合わせて思い出すのは、西日が障子の間から畳の上に入る光景です。言葉に表現できない、理性では説明できない感情がこみ上げてきました。

私がその後に暮らした家は、集合住宅や現在の家を含めて、畳の部屋はありましたが、障子のある部屋がありませんでした。洋風の作りで、窓にはアルミサッシが入り、障子がありません。遠い昔の子どもの頃の記憶が、呼び起こされたようです。

プルーストの名作『失われた時を求めて』の冒頭に、有名な場面があります。紅茶に浸したマドレーヌの味から、幼少時代の記憶がよみがえるのです。それと同じようなことでしょうか。
ゆったりとした土曜日の朝のことであり、このような感慨に浸ることができました。先日は、真言の「ぎゃてい」から、子どもの頃の薬師寺での参拝を思い出しました。このようなきっかけで、半世紀前のことを思い出すとは、人間の記憶とは不思議な機能です。