カテゴリーアーカイブ:生き様

大型連休終了

2023年5月7日   岡本全勝

春の大型連休が終わりました。長いと思っていたのに、あっという間でしたね。いつも同じことを言っています。
皆さん、行楽に出かけたり、休養をとったり、家庭の用事にと、有意義に過ごされたことでしょう。一部を除き天気もよく、新型コロナの行動制限も緩くなり、多くの人が出かけたようです。
飲食店や運輸関係の方は、休むどころではありません。病院や警察、消防も、休みとは関係ない仕事をしておられます。そのおかげで、平穏な暮らし、休みが過ごせます。感謝しなければなりません。残念ながらいくつか事故も起き、石川県の地震では大きな被害が出ています。早期の復旧を期待しています。

私は、締め切りが迫っていた原稿2本を、右筆の協力を得て、連休の初めに完成させました。やれやれ。そのあとも続きに挑戦していますが、またまた難渋しています。結論に入っているのですが、どのようにまとめるか悩んでいるのです。150回にわたりさまざまなことを書いたので、一苦労です。これまでの誌面を読み返し(それも労力が必要です)、「ここで、こんなことを書いたなあ」と思い返しています。
ホームページも少し書きためました。連休中も、結構な数の方が見てくださったようです。ありがとうございます。

一番の仕事は、孫のお守でした。運動不足解消の散歩にもなります。娘家族がやってきて、賑やかな食事も。じいさまにとっては、行楽地に出かけるより楽しいことです。
原稿は進みませんでしたが、連休中に執筆を進めようという発想が間違いだと思いましょう。肝冷斎は、休みなしで頑張っています。

東洋の古典、西洋の古典

2023年5月2日   岡本全勝

ふと思い立って、柳沼重剛著『ギリシア・ローマ名言集』(2003年、岩波文庫)を読みました。途中寄り道して、『ギリシア ローマ 古代知識人群像』(1994年、岩波・同時代ライブラリー)も。

名言の中には、漢文や古文にもよく似たのがあったりします。でも、ラテン語や英語での表現は知りません。
日本は明治以来、それまでの中国文化から西洋文化に乗り換えました。私の父親までは漢文が素養であり、毛筆も必須でした。私は漢文も不十分で、毛筆もできません。肝冷斎のような古典漢文通は、絶滅危惧種でしょう。
とはいえ、記紀、万葉集、源氏物語、平家物語などのさわりは、身につけています。

次の世代は、英語が必須になりました。しかし、西洋古典の、ギリシャ・ローマ、聖書、シェイクスピアには、子どものころから慣れ親しんでいるわけではありません。
私たちの世代までが漢文を少し理解できたように、西欧の知識人はラテン語を学びました。これからの日本人たちが、英語で西欧の人たちと会話する際には、このあたりは不利でしょうね。

大型連休が始まりました

2023年4月29日   岡本全勝

今年は5月1日と2日を休むと、4月29日から9連休です。季節も良くなり、新型コロナもかなり収まって、よい時期です。皆さんは、行楽などの予定を立てておられることでしょう。知人にある件で電子メールを送ったら、マレーシアの観光地から返事が来ました。

私は連休に入る前に、原稿や講演会の資料作成に追われていました。「連休中にやればよいや」と思っていたのですが、「連休前に提出してください」との指示があり。重なるときには、重なるもので、それ以外の用務もあって・・・。
締め切りが迫っているのにめどが立たないのは、精神衛生によくないですね。たくさんの人の協力を得て、どうにか間に合わせることができました。ほっとしています。が、連休明け締め切りの原稿が、まだできていません。

連休中は孫の相手と、キョーコさんのお供をしましょうか。原稿を書きためて、貯金ができればよいのですが。気分がゆったりすると、仕事ははかどらないのですよね。

四方田犬彦著『先生とわたし』

2023年4月22日   岡本全勝

あるところに紹介されていたので思い出し、四方田犬彦著『先生とわたし』(2007年、新潮社)を読みました。アマゾンでは、次のように紹介されています。
「伝説の知性・由良君美が東大駒場で開いたゼミに参加した著者は、その学問への情熱に魅了される。そして厚い信任を得、やがて連載の代筆をするまでになる。至福の師弟関係はしかし、やがて悲劇の色彩を帯び始める……。「教育」という営み、そして「師弟」という人間関係の根源を十数年の時を経て検証する、恩師への思い溢れる評論」

由良君美先生は、確か東大駒場で英語を習った記憶があります(もっとも、私の記憶が不確かなことは先日証明済みです)。名前を覚えていたので、読んでみようと思いました。師弟の軋轢、といっても師の一方的な悩みからきていたようですが、それをあとになって理解する弟子の話は、胸にくるものがありました。

旧来「治外法権の」と訳されていたextraterritorialに「脱領域」という訳語を、deconstructionに「脱構築」という訳語を与えたのは、由良先生とのことです。在外経験がないことも意外でした。

著者の四方田さんが1972年に東大文Ⅲに入学し、由良ゼミに入ることから物語は始まります。私は1973年の入学なので、1年違いで駒場の空気を吸っていたことになります。当時の駒場の情景が書かれていて、懐かしさとともに、私とは全く違った高尚な議論がされていたことを教えられました。
文学、社会、自然ととんでもない範囲と数のゼミが開講されていて、田舎からきた18歳には「これが知か」と、まぶしかったです。いくつも参加しては、途中で挫折しました。今から思うと、もったいないことでした。住んでいた駒場寮が、学内にあるのに、勉強にはふさわしくない環境でした。と、言い訳をしておきます。