カテゴリーアーカイブ:生き様

創造的に「誤読」する

2024年1月31日   岡本全勝

日経新聞日曜連載、若松英輔さんの連載「言葉のちから」、1月13日の「研究・調査・読書〜井筒俊彦の創造的「誤読」」に次のような話が載っています。

・・・井筒俊彦は、稀代の文章家だが、じつに深遠な経験を有する「読書」の人でもあった。「読む」とは何かをめぐって彼はこう述べている。
「書かれている思想だけが読まれるのではない。誤読的コンテクストでは、顕示的に書かれていないコトバも、あたかも書かれてそこにあるかのごとく読まれるのでなくてはならない。」(井筒俊彦「マーヤー的世界認識」『井筒俊彦全集第十巻』)
井筒にとって真の意味で「読む」とは、創造的に「誤読」することだった。正しく読むことが書き手の意志をそのままに受け取ることであるなら、自分は文字という扉の向こう側にある意味と「誤読」的―書き手の意図を超えて―に出会うことを願っている、というのである・・・

大学時代にある教授が、試験問題を採点した結果を説明してくださいました。次のような内容でした。
「私が教えたことを書いていたら、及第点。私が教えたことを基に自分の意見を書いたら、よい評価を与えました」
教科書に書いてあることを答案に書けば満点をもらえると考えていた私には、衝撃でした。

東京奈良県人会130周年

2024年1月28日   岡本全勝

昨日27日は、東京奈良県人会130周年記念会に行ってきました。県人会がつくられて130年になるそうです。明治26年(1893年)に山田三良さん(後に東京帝大教授、学士院長)がつくられました。山田さんは、東大法学部時代に「戦前のえらい人だ」と知っていましたが、隣町の高取町出身だとは、県人会に入って知りました。

私は20年ほど前に、先輩の命により入会しましたが、不熱心な会員でした。昨日は都合もつき、130周年とのことで参加しました。100名近くの参加で会場は満員、最後に記念撮影をしたのですが、全員で並ぶのが大変でした。

新しくできた県人会の歌、「まほろばのうた」が披露されました。会員による作詞、平井景さんによる作曲です。歌詞の中には、飛鳥も出てきます。大仏さまの柱穴をくぐるという、経験者しかわからない話も(笑い)。子どもの頃、初めてくぐるときは、怖かったです。
しかし旋律は今風の歌で、素人には難しいです。平井さんとアンサンブルによる演奏・歌唱に続き何度も合唱すると、だんだん歌えるようになりました。この歌とほかに演奏してくださった曲も、ドラムが鳴り響く乗りのよい曲で、盛り上がりました。
平井さんによると、「よくある行進曲風や誰でも歌えるような歌にはしたくなかった、カラオケで歌うとみんなに自慢できるような歌」にしたそうです。楽譜をもらっても、私のフルートで吹けるかな(笑い)。歌ってくださった松本英子さんに、「曲のここの箇所って一拍おかず、素人に難しいですよね」と言ったら、「そうですね」と同意してくださいました。

平井景さんは初めて挨拶しましたが、有名なドラム演奏者で作曲家なのですね。私の知っている範囲だと、NHK「美の壺」の音楽とか。奈良高校出身で、奈良にもこんな才能のある人がいるんだと驚きました。ほかにも、各界の著名人や東京で活躍している人たちと、挨拶をしてきました。「今日新幹線で移動したけど、ウェッジにあんたが出ていたので読んだよ」と言ってくださる方も。

奈良県を紹介する施設「奈良まほろば館」は、新橋駅の東口にあります(港区新橋1丁目8-4)。物品販売だけでなく、上質なレストランがあり、情報発信にも力を入れています。話題や観光には事欠かない故郷です。

最近の読書

2024年1月27日   岡本全勝

「最近、読んだ本の話が載りませんね」との指摘がありました。
そうですね。
一つには、読み終わった本が少ないことがあります。夜の異業種交流会があって、読書の時間が取れません。これは以前と同じ。また、本棚から見つけた昔に買った難しい本に挑戦したら、なかなか終わらないのです。

それでも読み終わった本はいくつかあるのですが、他人様に紹介する価値がないと判断したのが多いのです。新聞の書評面で見て面白そうだと思って買って読んだら、私の関心と外れていたとか。最近、それが多いのです。

紹介したいと考えている本もあるのですが、文章にすることに難渋しています。
なのに、またまた買い込んでしまい・・・。新聞切り抜きも、さまざまな分野のものが、貯まっていきます。
好奇心が止まるところを知りません。好奇心を制御できない「暴走族」かもしれません。

近所のお寺が高齢者施設に

2024年1月24日   岡本全勝

我が家のある杉並区高円寺(といっても広いのですが)には、お寺がたくさんあります。各寺院の説明を読むと、江戸時代に江戸の中心地から移ってきたものが多いようです。地下鉄新高円寺駅近くに、円福寺別院というお寺とお墓がありました。私の散歩の経路の一つにあります。
結構広い敷地です。椿椿山の墓があると立て札もありました。私もその説明書きで知ったのですが、椿椿山は、江戸時代後期の日本の文人画家です。

先年からお墓の片付けが進んでいて、「空いた場所には新しく募集するのか」と思っていました。昨年から工事が始まり、更地になりました。そして高齢者施設が建ちました。時代を感じさせます。
椿椿山の墓も、移されたのでしょうね。

元復興庁職員の集い

2024年1月18日   岡本全勝

昨日17日は、元復興庁職員の集まりに行ってきました。なんと60人を超える人が集まってくれました。
「どのようにして集めたの?」と幹事たちに聞くと、「私が2014年に勤務したのでその当時の人を中心に、知っている人に拡散しました。するとどんどん集まって、放っておくと100人を超えそうでした。会場の都合で、途中で募集を止めました。」とのこと。地方勤務や海外勤務、能登半島地震対応業務で参加できない人もいました。
よくまあ、つながりを発掘してくれたものです。それぞれの班などで同窓会を開いていたようですが、各人がそれぞれに付き合いを続けていて、情報拡散は簡単だったようです。電子メールの威力もあります。
中心になってくれたのは、任期付き職員や非常勤職員だった女性たちです。参加者にも、企業から派遣されていた職員が多かったです。10年ぶりに再開したという人も多かったです。その時期以外の職員も参加していて、その人たち同士では初対面です。

皆さんが「お誕生日おめでとうございます」と挨拶してくれるので、「なんで?」と聞くと、会の名称が「岡本全勝誕生日会」になっていました。ケーキが用意され、ロウソクを吹き消すことまでやらされました。ハハハ・・。でも、そのような名目で集まってくれる人たちに感謝です。まあ、名目とは違って、懐かしい人たちと会いたいということでしょうが。
当時私は、官房長の役割の統括官でした。職員の状況を把握するため、個室に閉じこもらず、みんなのいる場所に行ってしゃべるようにしていました。全員を知っているのは、私だけです。10年ぶりの人も多く、顔は覚えているのですが、「誰だっけ?」です。名刺をもらって、当時の話と現在の状況を聞くと、思い出しました。
その組織で出世した人、既に退職した人、新しい仕事に挑戦している人。結婚した人、再婚した人、子どもさんが生まれた人、それぞれに活躍しています。若い力に圧倒されました。

今回集まった人たちは、復興庁の初期の頃で、苦労を掛けました。しかし、得がたい経験だったようです。
「新しいことができました」「被災地復興のお役に立てて、うれしかったです」「まだ駆け出しの私が、一人で統括官室に入って説明しました。そこで決めてもらいました。企業でもあり得ないことです」「岡本統括官から『35%でよいから持ってこい』と言われて、30%で持って行ったら、『ダメ、やり直し』と言われました」とか。

60数人が入った集合写真を撮りました。私にとっての宝物です。昔ならここに載せたのですが、悪用されてはいけないので残念ながら載せません。
皆さん、ありがとうございました。また、開催しましょう。
なお、会場に「 復興庁OBOG会 能登半島地震募金箱」をこっそり置いたところ、たくさんの募金があったので、現地に送るそうです。あわせて報告します。