カテゴリーアーカイブ:仕事の仕方

官庁の勤務時間を朝方に

2015年3月28日   岡本全勝

国の官庁では、この夏から、勤務時間を朝方に移す試みが行われます。「朝日新聞記事
・・政府は27日、国家公務員の長時間労働の抑制をめざし、7~8月の2カ月間の勤務時間帯を見直す実施方針をまとめた。出勤時間を1~2時間程度早める代わりに帰宅時間も早めるなど、霞が関を「朝型シフト」にする取り組みだ・・。
若手職員には、「そんなの無理ですよ」と異論もあるようです。確かに、現在の仕事のやり方を前提にすると、難しい点もあります。
一つは、国会待機です。国会審議の議員の質問通告が、前日の夕方や夜に出されることも多いです。すると、質問が出そうな部局(それがわからない時は全部局)の職員が待機します。そして、質問に当たったら、それから答弁案を作ります。私のような上司は、自宅でパソコンによる「在宅勤務」ができますから、早く帰ることは可能ですが。よって、今回の試みも、国会開会中を避けているようです。
二つ目は、「夜に働く方が働いた気になる」という、霞が関の風土です。法令審査や予算査定業務、あるいはそれぞれの係の仕事を、夜にまで行うことが当たり前になっています。これは一つには、昼は来客や問い合わせがあって、仕事に集中できないという理由もあります。夜だと、集中できるのです。また、交渉ごとは「深夜まで交渉して、お互いこれ以上は仕方がない」という、言い訳を作る仕掛けでもあります。
これは、同じ時間をかけるのなら、深夜でなく昼間に移すことは可能です。そして、これによって、長時間労働が減ると思います。
参考、民間企業の例(1月14日の記事)。
私は、今でも8時半出勤、実際はもう少し早く出勤しているので、朝方勤務形態になっても不都合はありません。でも、若い人には、早起きは苦手な人も多いので、困る人もいるでしょうね。
私も、若い時はそうでした。しかし、大臣秘書官になって、6時出勤(それから大臣のお迎えに行く)になり、そのために4時半に起床することが普通になったので、その後は早起きが苦にならなくなりました。

私事、次官内定

2015年3月24日   岡本全勝

今日3月24日の閣議で、30日付けで復興庁事務次官になることを、了解いただきました。
東日本大震災の発災直後に、官邸に呼び出され、被災者生活支援本部で、この仕事に携わることになりました。あれから4年が経ちました。当初から携わっているのは、中央省庁では私だけのようです。被災者と国家のために働くことができる場を与えていただき、ありがとうございます。公務員人生で得た知識と人脈を最大限に活用して、復興を進めます。
この4年間で、復興はある程度の進展を見ました。関係者のご努力のおかげです。政府でも、これまでにない大災害なので、これまでにない制度改正や、国の職員が被災地に入り込んでお手伝いをするなど、新しい試みもしています。このページでも書いているように、日本国政府と日本社会の能力が試されています。公務員としては、想像力と実行力とが試される機会です。
ただし、原発事故からの復興は、まだまだです。引き続き、総理大臣や復興大臣を支えて、仕事が進むように努力します。今回の復興の特徴である、行政だけでなく、企業やNPOの皆さんと連携して、復興を進めます。引き続き、皆さんのご支援をお願いします。
ニュースで流れたので、被災地、知事、政治家、マスコミ、民間関係者、知人友人、さらに海外からも、たくさんの激励のメールや電話をいただきました。ありがとうございます。

若手職員の子育て

2015年3月18日   岡本全勝

今日18時過ぎ、職場を出ようとしたら、玄関で若手職員に会いました。「今日は、早く帰れるの?」と聞くと、「今日は当番です」とのこと。
彼は共働きで、保育園に子どもさんを迎えに行く必要があります。「当番」とは、彼が迎えに行く日のことです。
「今から、間に合うのか」と聞いたら、「急ぎます」と言って、走って行きました。その後、子どもさんを家に連れて帰って、ご飯を食べさせ、お風呂に入れるのでしょう。がんばれ。皆で応援するよ。

復興、当初から携わっている職員

2015年3月16日   岡本全勝

2月19日の衆議院予算委員会質疑の会議録です。最後の質問者は、黄川田徹議員(民主党、元復興副大臣)でした。質問の3つめに、復興庁の役割について問われました。
○黄川田(徹)委員 復興庁の役割、司令塔としての役割なんでありますけれども、各省庁の縦割りを打破するということ、ここが一番大事だと思います・・
・・そこで、さすがに四年も迎えますと、各省庁の職員も全てかわったと思っております。ごく一部、携わっておる方もおりますけれども、復興庁本体、あるいはまた岩手、宮城、福島の復興局なんかも大分かわっておると思います。震災復興の思いというものがやはり一番大事だと思っておりまして、発災直後に瓦れきの山からどうやって復興するんだという、その思いを持った人間が異動になったりしておりますので、その原点は忘れずにしっかりと取り組んでもらいたい、こう思っておるわけであります・・
そうですね。職員は、だいたい2~3年で交代しています。復興庁では、発災当初から携わっているのは、私くらいですかね。後で議員にお会いしたら、「固有名詞は挙げなかったよ」とのことでした。

民間企業からの職員の苦労、2

2015年3月16日   岡本全勝

先日の続きです。
(後藤君)
東日本大震災からの復旧・復興の「見える化」について、HP等の立ち上げ、拡充を担当した。つちおと情報館では、多くの関係機関と連携し、今年度完工予定の全地区掲載に向けて取り組んだ結果、開始時(平成25年9月)の131地区から約4倍の517地区(平成27年2月末時点)に拡充できた。
実際、被災地から県外へ避難されている方から、防集移転地区の定点観測写真を楽しみにしている旨のメールを頂いた。工事が着々と進展している様を見える化することで希望を示し、復興に向けた貢献ができたのではないかと思う。
(T君)
復興加速化の代表的な取組である住宅再建・復興まちづくりに携わることができたのは、土木を専攻してきた私にとって光栄であるとともに、実際の業務において政策立案のプロセスを経験できたことは自身にとって大きな収穫となった。特に「住宅再建・復興まちづくりの加速化のためのタスクフォース」では、毎回会議直前まで資料が固まらず準備が大変だったが、会議が開催され、新聞、TVで報道されるのを見ると強い達成感を得ることができた。