自治大学校では、今日、幹部会議で、年度後半の業務計画を確認しました。毎週月曜日に定例会を開いて、その週と次の週の、仕事の打ち合わせをしています。今日は、10月になったので、これから半年間にしなければならない事項を、みんなで打ち合わせたのです。皆さんの職場でも、しておられることと思います。
「明るい係長講座」にも載せたように、各部課ごとに案件をカレンダーに落として、一覧表にしてもらったのです。一覧表にすると、良くわかります。各部課長は、それぞれ担当の仕事は把握しているのですが、私はこのように一覧表にしてもらわないと、イメージがわかないのです。「そういえば、こんな仕事もあったなあ」とか「これも片付けなければいけない」と、忘れていた案件も、おもてに出てきます。
この表ができれば、管理者としての仕事の半分はできたと同じです。あとは、案件の締め切り時期の少し前に、「どこまで進んだの?」と、聞けばよいのですから。
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業務の進行管理
今日、消防大学校では、定例の月曜日打ち合わせ(今週は、昨日が休みだったので、火曜日打ち合わせになりました)。毎週、この場で、庶務課と教官とで、今週と翌週の仕事の打ち合わせをします。どこの職場でも、やっておられると思います。
その後で、幹部による、「業務進捗状況確認」をしました。年度初めに、「年間業務予定」を作ってもらいました。大きな課題を取り上げ、何月までに何をするかの表です(この表については、拙著『明るい係長講座』中級編p10をご覧ください)。その他、年間予定表に載らない「中期課題」も書き出してもらいました。その中間検査=進捗状況確認です。もちろん、日々、それぞれの課題の報告は受けています。しかし、一度中締めが必要です。そもそも、うまく進んでいない項目は、日々の報告では上がってきませんから。
3か月ごと=四半期ごとに確認するのが通常でしょうが、我が大学校では、7月末が一つの区切りなのです。課題はほぼすべて、順調に進んでいました。だから、ここに書けるのですがね。職員の皆さん、ありがとうございます。
もっとも、私の関心は、予定通りに進んでいない項目、新たに生じた課題です。順調に進んでいる項目は、課長や担当に任せておけばいいのです。うまくいっていない項目を把握し、対策を考えること。これが管理職の仕事です。そして、次の課題を考えること。これは職員の仕事を増やすので、喜ばれませんねえ(笑い)。
スーツの胸ポケットにペンは差さない
昨日に引き続き、電車内の観察を取り上げます。今日は、男性の服装です。スーツを着た人が、胸のポケットにペンを差しているのは、気になりますね。
私は若い時に、「胸のポケットには、チーフ(ハンカチ)しか、入れてはいけない」と教えられました。当時、ボールペンやらラインマーカーなどをたくさん差していたので、「えー。では、ボールペンはどうするのですか?」と聞いたら、「内ポケットに入れるのだ。そのための細いポケットも、ついているだろう」と教えてもらいました。ワイシャツの胸ポケットに入れるのも、みっともないですね。昔は、しばしばラインマーカーで(キャップが外れ)、シャツを黄色に染めました(笑い)。
技術系の人が、ブルーの作業着の胸ポケットにペンを差していても、おかしくありません。スーツの胸ポケットにペンを差すのが、変なのです。
生きにくい生き方
今日の帰りの電車での、出来事です。携帯電話で話ながら、中年の女性が乗ってきました。そのまま、大声で話し続けます。持っていた荷物は、隣の座席に広げて。そんなに混んではいなかったので、そのために座れない人が出たわけではありませんが。電話の内容は小学生の子どもの話らしく、さらに声が大きくなります。同じ車両に乗り合わせた人たちは、何だろうと、その女性の方を見ます。女性は、2駅ほどで、話を続けながら降りていきました。きっと、自ら人生を難しくして、生きておられるのでしょうね。
梅棹先生ご逝去
梅棹忠夫先生が、お亡くなりになりました。90歳とのことです。ご冥福をお祈りします。
私は密かに、梅棹先生の弟子を目指していました。『モゴール族探検記』『文明の生態史観』『知的生産の技術』から始まって、アフリカもの、日本文化論・・・。オリジナリティのある研究、壮大な視点、それを新しい学問分野に育て上げる構築力、そして国立民族学博物館に見られるような組織力、さらには、わかりやすく庶民にPRする戦略。大したものです。
私は、大学生の時に、先生を始め京都大学人文研の業績を知り、その後かなりのめり込みました。結構、著作は読んだつもりです(2006年5月4日、私の読んだ本)。そこから、新しい発想法やわかりやすい表現など、かなり「盗ませて」もらいました。今の私がある、私の発想法があるところのかなりの部分は、梅棹先生、清水幾太郎先生、加藤秀俊先生たちにあると感謝しています。たぶん、東大法学部にないことを、求めていたのだと思います。
もし、今の職業を選んでなかったら、この文化人類学か、子どもの時にあこがれた飛鳥の考古学の世界に、進んだだろうと思っています。それら発想の自由さを求められる世界と、全く違った世界に進みました。これも、人生の妙でしょうね。