カテゴリーアーカイブ:人生の達人

大坂なおみ選手、精神面の強さ

2019年1月27日   岡本全勝

全豪オープン優勝、おめでとうございます。すばらしいですね。
多くの方が、昨晩26日の実況中継を、ご覧になったのではないでしょうか。私は、テニスは詳しくないのですが。考えたことと述べます。

世界で一番になるには、素質、体力、技術、練習など様々な要素が必要でしょう。それとともに、今回の試合を見ていて、精神面の重要性を改めて感じました。
第2ゲームで、あと1ポイントで優勝というチャンスがありながら、それを逃しました。休憩を取った際、そしてその後も、ミスが続き、大坂選手はやや気持ちが弱くなっているように、私には見えました。
その後の、精神面での立ち直り、あるいは立ち直ったことが、勝利につながったのだと思います。このクラスになると、相手との我慢比べであり、自分との闘いでもあるのでしょう。
皆さんも、同じように思われたのではないでしょうか。例えば、朝日新聞の記事

体力や技術など人一倍の能力とともに、自分の気持ちを落ち着かせる、奮い立たせる能力も必要です。
いつもいつも、うまく行くことばかりではありません。うまく行かないときに、どのように我慢し、立ち直るか。「明るい公務員講座」でお話ししています。どの世界でも同じですね。

空気の支配、再考

2019年1月23日   岡本全勝

「その場の空気に流される」という表現や事態があります。ウィキペディアには「場の空気」として出ています。
山本七平さんの名著に『空気の研究』(現在は、文春文庫)があります。山本さんの著作は、大学生の頃によく読みました。

冷静にかつ客観的に判断すれば止めることができることを、その場の空気に流されて、(多くの場合は突進して)失敗することです。後になって、なぜ止めることができなかったかと問われ、その場にいた人が「仕方なかった」という言い訳に使われます。
しかし、そのような「空気」という物体があるわけではなく、関係者がそのような意識を共有するのです。
誰か「突進すること」を言い出す人がいます。多くの人がそれを忖度して、賛成します。あるいは、黙っています。そして、それを判断すべき責任者が、その意見を黙認します。その結果、誰が決定したのか、誰の責任かが、不明確になります。その場にいた全員が、責任者になりかねません。

そのような事態を、「部下に判断や実行を委ねるのがよい」という「座り型のリーダー論」が、助長します。その反対は、「決定は責任者が行い、その責任も決定者が負う」という「率い型のリーダー論」です。
前者は、全員参加・全員納得型の決定方法です。日本によくある型と言われました。それが、空気論をはじめとする日本人論です。農耕民族と狩猟民族との違いとも言われました。

日本社会のある面を説明する、説得ある説です。しかし、一皮むけば、決めるべき人が決めない、責任者が責任を取らないということです。時には、若い者の暴発を止めることができないのです。日本陸軍の若手将校を止めることができなかった幹部です。
このような文化論がまかり通ると、無責任組織、無責任社会になります。そのような人たちが国政を担ったり組織の幹部になると、国民や従業員はとんでもない被害に遭うことになります。参考「組織の腐敗」「責任者は何と戦うか

若い頃は、「日本社会や組織の空気の支配説」を納得しましたが、自分が小なりとはいえ責任ある立場になってからは、「あれは言い訳だ」と思うようになりました。責任者は、その場の空気に流されず、冷静な判断をすべきです。また、責任者でなくても、参加者の一員なら「それは違うと思います」と発言すべきです。

私が判断の基準にしたのは、次の2つです。
・後世の人に、説明できるか
・閻魔様の前で、説明できるか
責任者が、自ら下した判断やその結果に責任を持つなら、あるいは責任を追及されるなら、「空気の支配」は続かないと思います。

人生の先輩、ロールモデル

2019年1月21日   岡本全勝

1月20日の日経新聞My Storyは、魚谷雅彦・資生堂社長の「聞くこそものの上手なれ」でした。1954年生まれ、奈良県の先輩です。
「自然にあふれた奈良県五條市に生まれ・・」と書いてありますが、明日香村と同様に田舎です。あちらは、市ですが。

高校生の時に、英語力をつけるために英会話学校に通い、奈良公園で外国人に片っ端から声をかけて英語を磨いたそうです。(ここは、私と違います。反省)
大学卒業後、ライオン(歯磨)に入社。外国に行きたかったのですが、歯ブラシの国内営業に配属されます。先輩の助言で、まずは営業で結果を出すべく、聞くことに徹します。成果を上げ、職場でも認められます。
そして、アメリカ・コロンビア大学経営大学院に留学できます。そこでも悩むのですが、留学生の助言で「脱皮」します。
その後は、日本コカ・コーラなどで業績を上げ、2014年から資生堂の社長です。

先輩たちの生きざまは、勉強になります。目標を持ち、努力すること。自分に足らない点は、先輩たちに聞くことです。
詳しくは、原文をお読みください。

進退伺いと辞表

2019年1月20日   岡本全勝

マティス国防長官の辞任」の続きです。長官の書簡を見て、「進退伺い」と「辞表」の違いを考えました。
辞表は、組織を辞める時に、上司に提出します。自己都合だったり、問題を起こした際の責任をとってです。私も、政府から自治体に出向する際、あるいは戻る際に、何度も書きました。雇い主が替わるので、前の雇い主に辞表を出します。事務次官を退職する際も書きました。

それに対し、進退伺いは、多くの場合、問題を起こした際に、自らの処分を上司の判断に委ねるのです。
ところが、進退伺いを書くのに、もう一つの場合があります。それは、自分は間違ったことはしていない、しかし上司と意見が合わないので、自らの進退を上司に委ねるのです。マティス国防長官の書簡は、後者に当たると思います。もっとも、この書簡が出る前に、トランプ大統領が長官を首にすることを公表したので、厳密な「伺い」ではありません。

2018年12月26日の日経新聞オピニオン欄、秋田浩之・コメンテーターの「マティス氏退場 当たり前でなくなった同盟」に次のような文章があります。
・・・自分からは決して辞めないー米国防省省の元高官によると、マティス氏は今春以降、周辺にこんな決意を伝えていたという。「自分が辞めたら、大変なことになると分かっている。だから解任されない限り、政権内に踏みとどまる。修道僧のような覚悟を秘めていた」。元高官は明かす・・・

実は、私も一度、進退伺いを書いたことがあります。もう20年以上も前のことなので、書いても良いでしょう。私の場合は、国防長官ほど深刻な事態ではなかったのですが。その際に学んだことです。
困ったことは、見本がなかったことです。いまでは、インターネットなどにも、進退伺いの書式例が載っていますが。当時、人事課職員に尋ねたところ、「辞表はたくさん実例を保管していますが、進退伺いは残っていません」とのことでした。そこで、書いたことのある先輩を見つけて、指導してもらいました。

なぜ、進退伺いが残っていないか。それは、よほどのことがない限り、上司は進退伺いを受け取らない。あるいは、受け取って破り捨てるのです。だから、実例が残らないのです。
とんでもないことをしでかしたら、辞表を書くか、上司に直接お詫びして処分を待ちます。だから、そのような場合に、進退伺いを書くことはありません。

進退伺いを書くのは、マティス国防長官のように、「私は間違っていない」と主張するためです。すると、辞めることを覚悟で提出する場合と、辞める気はないけど提出する場合があります。マティス国防長官は前者です。
私が進退伺いを書いた際に、先輩に教えられたのは、「上司に受け取ってもらわないことが一つの方法だ」ということでした。それで、提出先でなく、その方の部下であり私の上司である中間の方に持って行きました。
「このようなものを持ってきては困る」とおっしゃいながら、受け取って引き出しにしまわれました。たぶんその後、提出先に相談に行ってくださり、私の書いた進退伺いは、破り捨ててくださったのでしょう。
私も、若かったですね。今なら、他の方法を考えるでしょう。

参謀と脚本家2

2019年1月16日   岡本全勝

肝冷斎が、「仕事の進め方、参謀か脚本家か」を絵にしてくれました。肝冷斎作「モグラとニワトリ」の続編です。かなり書き込まれた力作です。
・周りのことに関心なく、ひたすら穴を掘るモグラ
・四角い部屋を丸く掃く、手抜きのひよこ。ゴミを外に捨てて、隣の犬が怒っています。
・縄張りを守ることに必死の猫。しかし、縄張りの外には、魚が落ちていても無関心です。
・上空から全体を見渡している鷹。嵐が近づいているようです。行く末を心配しています。

皆さんの周囲にも、当てはまる職員がいませんか。ひょっとして、あなたがそうですか。