カテゴリーアーカイブ:復興15年

避難所運営に企業

2026年9月22日   岡本全勝

9月9日の読売新聞夕刊に「熊本地震 避難所運営 企業の知恵 資材・人材手配など 進む委託 自治体 「生活再建」に集中」が載っていました。

・・・熊本地震で開設された避難所の民間委託が進んでいる。読売新聞の取材では8日時点で、11市町にある37か所のうち9割弱に上る。民間委託は、自治体職員に罹災証明書の発行など生活再建業務に集中してもらうためで、ノウハウを持つ企業や団体が運営を担い、避難者に快適に過ごしてもらう狙いもある。

1日午前、熊本県宇城市の不知火(しらぬい)防災拠点センターで、避難所の運営業務を受託する旅行大手・阪急交通社の社員らが、運び込まれた寝具のマットレスを見て、顔をほころばせた。最大震度7を観測した同市は今月から、避難所全8か所の運営を同社に委託。同社の災害時緊急対策支援チーム「DHAT(ディーハット)」のメンバー約50人が対応する。
熊本県によると、8日時点で、宇城市では計486人が避難している。DHATは、避難者やボランティアの受け付け、マットレスのような必要な資材の発注、看護師ら医療スタッフの手配などを担う。宇城市の担当者は「避難所を任せられる。今後は被災者の生活再建に向けて力を入れたい」と強調した・・・

・・・熊本県によると、8日時点で熊本、宇土、宇城、八代、氷川といった11市町37か所の避難所などに1855人が避難している。うち御船(みふね)、益城(ましき)、芦北など8市町33か所は民間が運営している。避難所となった施設の指定管理者がそのまま、業務追加で運営するケースもあった。県の担当者は「罹災証明書の発行などに職員を充てられ、被災者の一日も早い生活再建につながることが期待できる」としている。
内閣府によると、自治体は災害が発生した際、避難所を開設して食料などを提供し、被災者の生活環境の整備に努めることが、災害対策基本法で定められている。一方、人員や経験などが不足し、避難所の運営が難しい自治体もある。近年は避難所の運営を民間に委託する事例が増えている。
20年7月の九州豪雨や、24年1月の能登半島地震でも民間委託が行われた。大規模災害に備え、災害時の連携や協力に関する協定を自治体と民間企業が結ぶ動きも広がっているという・・・

自治体職員の被災自治体支援

2026年9月20日   岡本全勝

9月9日の朝日新聞に「全国自治体から2万人超 熊本地震で進化する「対口支援」 限界も」が載っていました。
・・・熊本地震の被災地に、全国から延べ2万人を超える自治体職員が派遣されている。主力は「対口(たいこう)支援」と呼ばれる仕組みで熊本県外から訪れた職員たち。被害の把握や生活再建の支援など、被災自治体が担う膨大な業務をサポートしている。

観測史上最高の39.2度を記録した8月26日の熊本県八代市。「北九州市」と書かれたファン付きベストを身に着けた職員が、3人ひと組で被災した住宅を調べていた。外壁のひび割れや傾いた柱などをタブレットで撮影し、書類に記録していく。担当するのは、住宅などの被害の程度を「半壊」「一部損壊」などと認定する調査。罹災証明書の発行の前提となり、支援金などに影響する。慎重な判断が必要だが、被災者の生活再建のためにスピードも求められる。

3人は、国が中心となって差配する対口支援「応急対策職員派遣制度」で被災地に来た。「対口」は「ぴったり合う」といった中国語に由来し、支援に入る都道府県や政令指定市を被災自治体ごとに総務省が割り振り、業務を助ける仕組みだ。
対口支援は2016年の熊本地震でも行われたが、被災地での職員の配置に偏りが出ることもあった。国は課題を踏まえ、18年に制度を正式に導入。今回は8月31日時点で、熊本県内の8市町に全国65の都道府県・市から延べ2万2035人が派遣され、主に住家被害の調査や罹災証明の対応、避難所の運営支援を担っている・・・

・・・対口支援の職員が最も多く充てられている業務が、罹災証明書の受付・発行や住家被害認定調査だ。8月30日時点で約7万件申請され、半数近くにあたる約3万2千件が交付された。
10年前の熊本地震の際は、発生約1カ月時の交付率は申請の3割ほどだった。前回地震を経験した八代市の職員は「単純に比較できないが、(他自治体からの)支援により、とても早く進んでいると感じる」と話す。
それでも、国が目標とする「罹災証明書の1カ月以内の交付」は達成できなかった。ある被災自治体の職員は「応援職員を増やせば単純に業務のスピードが上がるものでもない」と指摘する。支援側は、週単位で入れ替わっていく。そのつど研修や引き継ぎなどが必要で、増援が多すぎると受け入れ側の負担も大きくなるという。
総務省によると、全国の地方自治体の職員数は市町村合併などの影響で、この30年で15%ほど減少している。この職員は「対口支援の職員も強い使命感を持ってやってくれている。(受け入れ側も支援側も)精いっぱいの能力で調査をしているのが現状だ」と話す・・・

仙台放送に出ました、震災15年その2

2026年9月16日   岡本全勝

仙台放送に出ました、震災15年」の続きです。
仙台放送『東日本大震災・復興検証42兆円のゆくえ』の第6回に、「「確かなことは何もないということだけが確か」 復興庁元事務次官が語る、復興の反省と教訓」(9月16日)が載りました。

・・・東日本大震災から15年。復興庁の元事務次官として復興の現場に携わった岡本全勝さんは、道路や住宅、堤防などのインフラ復旧が進んだ一方で、人口減少地域におけるまちづくりや産業の再生には課題が残ると振り返る。集団移転や公共施設の整備をめぐる反省、そして次の大規模災害に生かすべき教訓について聞いた・・・

―半島部の小さな集落については、どのような課題があるのか。

宮城県・石巻市を例にすると、半島部にはいくつもの集落が点在している。入江ごとに漁港があり、そこに漁民が住んでいる。そのため、漁港を復旧し、海の近くは危険なので、すぐ後ろ山を造成して集落を移す。私も当初、当然だと思ったが、完成後に住民の意見を聞くと、別の方法もあったのではないかと思うようになった。
小さな集落には、学校も病院も商店もない。子育て世代は町の中心部まで学校や保育園、商店を利用しに行く。高齢者も病院へ通わなければならない。それなら、住宅は市街地の近くに整備し、漁業に携わる人が車で漁港へ通うほうが良いのではないかと。会社員が自宅から職場へ通勤するのと同じだ。
昔は集落の中で生活が完結していたのだろう。しかし、今の時代、学校や病院、商店がない場所は住みにくい。市街地の近くに住宅を集め、働く人が漁港や漁場へ通う方が、住民にとっても便利だったのではないかと思う。小さな集落をたくさん再建すれば、上下水道などの整備費も維持管理費もかかる。20年後、30年後に集落を維持するのは難しい。後継者がいなければ、空き家も増えるだろう。なぜ「住宅と職場を逆転させる」という発想がなかったのか。完成してから、そう考えるようになった。この問題は能登半島地震の被災地でも同じことが言えると思う。

―人口減少を前提にした場合、どのような整備が考えられるのか。

施設ごとに考える必要がある。学校は、将来、子どもの数が減ることが分かっていても、今いる子どもたちのために整えなければならない。住宅も同じで高齢者が多いからと言って、最初から減らすことは難しい。ただし、「場所」を変えることはできる。小さな学校や住宅を離れた場所に整備するのではなく、市の中心部に寄せて通ってもらう、あるいは住んでもらうという考え方だ。
市役所や文化会館については、この際立派なものを造りたいという自治体側の思いもあっただろう。今回の復旧・復興は全額が国費で、自治体の負担がなかった。もし市町村にも少し負担があれば、もう少し考えてもらえたのかもしれない。これは、その後の課題の一つだ。

仙台放送に出ました、震災15年

2026年9月4日   岡本全勝

9月3日夕方の仙台放送ニュース番組に出ました。ウェブサイトで見ることができます。「被災地で進んだインフラ整備 維持管理費が圧迫する自治体財政
先日、取材を受けた際には長く丁寧に話したのですが、いつものように採用されたのはごく一部でした。住民に高齢者が多く、この先は人口が減るとわかっていても、公営住宅を造らないわけにはいきません。私たちが工夫したのは、なるべく市街地につくって、空き部屋が出ても次の人が入ることができるようにすることでした。しかし、地域で住民が減ることには、逆らえません。難しいところです。

この番組は、大震災から15年が経ったいま、課題を考えるという企画です。次のように書かれています。
「東日本大震災の発生から15年以上が経ち、インフラ整備はほぼ完了したことから、『復興』は新たな段階に入りました。仙台放送では、巨額の復興予算がどのように使われ、15年以上たった今、被災地にどのような課題があるのかをお伝えする、シリーズ企画、『復興検証42兆円のゆくえ』をお伝えします。」
8月31日 グループ補助金
9月1日 防災集団移転事業
9月2日 被災した方々の心のケア

川内村、震災復興策効果を検証

2026年8月2日   岡本全勝

7月18日の日経新聞夕刊に「福島県川内村、震災復興策の効果を独自検証 「工業団地は不十分」」が載っていました。
自己検証は、「勇気ある行動」だと思います。誰でもどの組織でも、自らやったことを評価する、しかも「不十分だった」と認めることは、めったにできることではありません。
役所には、企業と違う「制約」「困難さ」があります。企業では、新しい商品やサービスが期待通りに売れないことはしばしばあります。「絶対に売れる」という商品はなく、リスクを冒さないと成功しません。少々の失敗は織り込み済みです。ところが役所では「財源は税金」なので、「失敗は許さない」という風潮があります。「それは絶対成功しますか」と問われれば「はい」と言えるようなことはまずあり得ません。「考えられる対策は取りましたが、絶対成功するとは言えません。しかし、今これに取り組まないと、村は発展せず、住民も困ります」という答えを許してほしいです。特に川内村などは条件不利地域です。挑戦しない限り、衰退します。

・・・福島県川内村は、東日本大震災や東京電力福島第1原子力発電所事故からの復興事業を独自に検証した。補助金など主に国の支援を受け約538億円をかけた取り組みを職員らが振り返った。被災地の街では異例の作業で、工業団地の整備を「期待した効果が上がらなかった」とした。

震災前に3000人強の住民がいたが、原発事故を受けて村全体に避難が求められた。それでも周りの自治体の中では最も早く、1年ほど後の2012年には住民の帰還が始まっている。
「財源のほとんどが税金で、当初に期待した効果が出たのか国民や関係者に伝える責務がある」。2日に記者会見した遠藤雄幸村長は点検の狙いをこう話した。
検証は副村長が委員長となり、課長級の職員ら10人ほどが担った。これまでの約1500の事業を46項目に分類。村独自の除染、公営住宅やワイナリーの建設、医療や教育の施設づくり、高齢者の外出のための乗り合い車両といった大半のプロジェクトを「効果があった」とまとめた。
一方、働き口を得ようと14年から28億円をかけ開発を始めた田ノ入工業団地は芳しい結果が出ていない。7工区のうち進出を決めた4社のうち1社が建設を中止。1社が倒産した。「復興へのスピード感を優先するあまり企業についての情報を得るのに甘さがあった」(遠藤氏)

今回の検証を踏まえ、すでに終わった11事業を除く34の事業はすべて続けると決めた。
一方で事業の経済効果について詳しい計算は資料に乏しい。議論の記録も公表も見送った。「職員個々の考えについても記載がある。自身や先輩が取り組んだ事業を振り返ることに心理的な抵抗もあった」。遠藤氏の説明には最前線で悩んだ職員の胸の内が垣間見える。
「84点」。遠藤氏は会見で復興事業の採点を問われ言葉を探したうえで、避難した住民の帰還率からこう答えた。災害復興の物差しは何か。厳しい経験から15年後の作業が、投げかけているようだ・・・