カテゴリーアーカイブ:社会の見方

フェイスブックの功罪

2018年4月23日   岡本全勝

4月16日の日経新聞オピニオン欄、ジョン・ギャッパー氏(ファイナンシャルタイムズ)の、「フェイスブック 「つながり」管理に限界」から。詳しくは原文をお読みください。
・・・フェイスブックはすでに、従来おざなりだった個人情報の管理を厳格化した。ところが対処できない問題もある。20億人のユーザーの無数のやり取りの中であらゆるコンテンツがウイルスのように拡散し、人々の感情や行動を左右する可能性があることに対してだ。
フェイスブックはザッカーバーグ氏が創業当初に描いた「愛する人たちとのつながりを維持し、自分の意見を表明し、コミュニティーやビジネスを築く」ようなやり取りを促したいと考えている。
それは賢明なことだろうが、問題の核心からは外れている。というのも、フェイスブックは米社会学者マーク・グラノベッター氏が言うところの「強い紐帯(ちゅうたい)」と「弱い紐帯」を特に区別しないことで急成長したからだ。前者は家族や友人、同僚との親密な関係を指す。後者は遠い知り合いや他グループの人々とのつながりだ。フェイスブックでは全ての「友達」が平等だ・・・

・・・グラノベッター氏が指摘した通り、弱い絆が強い絆より役立つこともある。例えば職探しだ。身近なところで仕事を探すより、幅広い人脈を活用した方がいい。
フェイスブックの95万7000人のユーザーと彼らがつながっている5900万人を分析した調査では「ほとんどのつながりは弱く、人脈も限定的で、やり取りも少な」かった。だからこそ、フェイスブックは「社会的隔たりを超え、幅広い層の人々に情報を伝える強力な手段」となったといえる。ある研究によると、人は気分や行動、そして体重の増減までも弱い絆の相手に影響されるという。
フェイスブック上で家族と遠い知り合いや、強い紐帯と弱い紐帯の境界があいまいになる問題点はまさにここにある。こうしたつながりは思い通りにはならず、良いことも悪いことも増殖していく・・・

歴史の見方の変化

2018年4月21日   岡本全勝

長谷川貴彦著『現代歴史学への展望』(2016年、岩波書店)を読みました。
歴史学は、20世紀に大きな変化を遂げたようです。かつては、政治を中心にした歴史でした。また、マルクス経済学による歴史の見方が、力を持ちました。歴史小説や英雄を中心にした歴史物もあります。戦前日本の皇国史観もありました。ブルクハルトやホイジンガのような文化史(ハイカルチャー)もありました。

20世紀初頭までの「事実を発見し記述すれば歴史になる」といった見方を、見る人の視点によって歴史記述は変わることを、E・H・カーは「歴史とは現在と過去との対話である」と表現しました。その後、社会史が大きな流れになり、さらに文化史(庶民を含めた文化)に広がりました。

これら歴史学をどのように理解したら良いのか。すなわち「学派」を、どのように配置したら良いのかを知りたかったのです。良い概説書を見つけることができません。長谷川先生の本は論文集ですが、私の疑問に答えてくれました。
西洋絵画を見る際に、「西洋画の歴史案内」を読むと、それぞれの絵の位置づけがわかりやすいです。それと同じように、新書程度のもので、一般向けに史学史を解説してくださると、便利なのですが。

文化や経済といった社会構造が、どの程度、歴史を規定するのか。人という主体が、どの程度、主体性を持つのか。その相互関係なのでしょう。
他方で、見る人が何を主題にして、どのような思考の枠組みで歴史の事実を見るのか。それによって、取り上げられる事実は偏り、記述は違ってきます。
しかし、「見る人の数だけ歴史がある」では、私たちは困ります。それらの配置図が欲しいのです。さらに勉強を深めるべく、関連図書を読んでいます。

生産性を上げるために、サービスは有償

2018年4月18日   岡本全勝

4月12日の朝日新聞オピニオン欄「サボりのススメ」、海老原嗣生さん(雇用ジャーナリスト)の「完璧求める意識変えては」から。
・・・生産性とは、アウトプットつまり成果を、インプットすなわち労働量で割ったものです。成果が一定なら、時間をかけて丁寧な仕事をするだけ生産性は下がります。極端なことを言えば、仕事をいい加減にして労働時間を減らした方が生産性は高まるんです。
日本で「生産性を上げる」というと、労働時間は減らさずに仕事を効率的にして、もっと成果を増やすことを意味します。これは、企業の問題というよりは、生産性に結びつかないものを社会が求めていることがあると思います。
たとえば日本は返品をゼロに近づけようとしますが、欧米は「不良品があれば返品してもらえばいい」という発想です。不良品率を1%から0・1%にするために労働時間が1割増えれば、生産性は落ちてしまうのに、日本はクレーム社会のために不良品には不満や文句がつき、返品すればいいという話にはなりません。社会が完璧を求めて、生産性を下げているんです。

「お客様は神様」の意識も問題です。「明日までに終わらせて」「いくらでやってくれ」と納期や金額の条件を示されると、「できません」と言いづらい。海外は「モノやサービスとお金の等価交換」という意識なので、客が厳しすぎる要求をすれば「やりません」で済みます。
そもそも、「サービス残業」が「無給残業」の意味で使われているのがおかしいんですよ。サービスには対価が伴うのが当然ですが、日本では「サービス=無料」という意識が根強くあります・・・

同じく、中田克哉さん(八重洲地下街相談役)の次の発言には、私も経験があります。
・・・ 当時は右肩上がりの時代で、土日出勤や残業は当たり前でした。一方で、会社には社員の息抜きを許容する余裕があったと思います。時間の流れも緩やかで、ラジオで高校野球の中継を聞きながら仕事することもありました・・・

第三者委員会の功罪

2018年4月17日   岡本全勝

NHKニュースウエッブに「“不合格”続出 第三者委員会って名ばかり?」が載っていました。記事に出てくる、格付け委員会は、「第三者委員会報告書格付け委員会」です。

1月18日の読売新聞解説欄で、久保利英明・弁護士が、「名ばかり第三者委 企業の損失」を書いておられました。
・・・十数年前から、企業の不祥事が発覚した際、弁護士らが独立した立場で原因を調べる「第三者委員会」が設置されるようになった。
不祥事が始まった時期や原因を究明し、再発防止策を報告書で提言するものだ。世間の信頼を失った企業が自ら調べるより、調査に対する信頼性や客観性が高い。
しかし、現実には、経営者から依頼を受け、企業の不正を隠して責任逃れを助ける「名ばかり第三者委員会」が散見される・・・

4月10日の朝日新聞は「神鋼報告書「評価に値せず」」を書いていました。神戸製鋼がデータ改ざん問題を受けて3月に公表した調査報告書について、報告書の原本を「訴訟で不利になるリスクがある」として非公表としています。これについて、この第三者委員会報告書格付け委員会が、「説明責任より訴訟対応を優先したのは妥当か」と批判しています。

組織で不祥事が発生した場合に、第三者委員会を設置して、原因究明や再発防止策を提言することが行われています。いわば、一種のはやりです。
しかし、原因究明に至らなかったり、報告書を公表しないようでは、不正隠しの一手法でしかありません。ひとまず「第三者委員会で調査してもらいます」と答えておいて、ほとぼりが冷めるのを待つ、となっていないでしょうか。
これとよく似たのが、新聞社の取材に対して、「(正式に受け取っていないので)コメントできない」といった答えをすることです。
このような「逃げ」を防ぐためには、マスコミが忘れることなく、後日に追いかけた取材と報道をしてくれることです。

もう一つ、私は、第三者委員会は「逃げ」だと思う理由があります。それは、職員が外部の人に真実を話すかということです。
組織内(会社ににしろ、役所にしろ)で証言しない職員が、外部の人に話すとは思えないのです。調査するなら、外部の人に丸投げするのではなく、幹部職員が責任を持って職員から聞き取りをすべきです。
そして、それでも十分な調査ができないようなら、その組織の「実力」が疑われます。それはまた、その組織の評価を下げることになるでしょう。
部下がやってしまった失敗の責任をとることと、調査をする責任との違いについては「私の経験」をお読みください。

カタカナ英語

2018年4月17日   岡本全勝

4月14日の日経新聞別刷り「プラス1」が、「デジタル用語 これどういう意味?」を書いていました。
・・・身近にあふれるデジタル用語。実際のところ、どれだけ意味を分かっているだろうか。全国の男女約1000人に調査し、「説明できる」と答えた人が少ない順にランキングにした・・・
1位 シンギュラリティー 説明できると回答 1030人中44人
2位 フィンテック 75人
3位 キュレーション 76人
4位 データサイエンティスト 82人
と、次々と難しい言葉が並んでいます。
理解している人が、1割にも満たない言葉を使うのは、いかがなものでしょうか。あなたは、どれくらいわかりましたか。
英語の専門用語をそのまま使うから、こんなことになるのでしょう。「カタカナ英語」は、私にとって、文章の敵です。