カテゴリーアーカイブ:社会の見方

経済低迷でも再開発が進む東京

2025年9月30日   岡本全勝

9月11日の朝日新聞オピニオン欄「東京のカタチ2025」、地理学者のラファエル・ランギヨン=オセルさんによる「再開発で維持する競争力」から。
労働者の中で正規雇用と非正規雇用の格差が進むとともに、地域間では東京とその他の地域の格差が広がったのです。

・・・私はフランス南西部の田園地帯の出身です。そのためか大都市にひかれるのですが、東京は魅力的で成熟したグローバル都市です。
都市研究の専門家として、丸の内、六本木、日本橋、渋谷などの再開発プロジェクトや昭和からの商店街の関係者に聞き取りを行い、東京の再開発について博士論文を執筆しました・・・
・・・バブル崩壊後、日本経済は低迷が続きましたが、東京はバブル崩壊前より競争力のある都市となっています。なぜ、何十年も経済が停滞しているのに、東京はめざましい再開発が進んでいるのでしょう。それには政治・経済の世界的、歴史的な流れが大きく影響していると思います。

バブル経済期には地価が上がり、都市圏が拡大しました。1991年にバブルが崩壊し、「失われた10年」が来ました。この時期が東京が大きく発展する準備期間でした。金融再編が起こり、地価が下がって土地の集約が進みました。さらに2002年の「都市再生特別措置法」といった立法措置によって、高層化を伴う都市再生が可能になりました。
1991年は日本でバブルが崩壊しただけでなく、ソ連が崩壊した年です。戦後、日本は冷戦構造の恩恵を受けて発展しました。しかし冷戦が終わり、前後して急激な円高のため輸出産業の競争力が失われます。
日本は資本の投下先を、生産部門から空間の整備、それも東京という都市の再開発へと大きく転換しました。いわば産業の空洞化を国レベルで進め、東京の再開発に集中的に投資することを選択したのです。

90年代から、東京はニューヨーク、ロンドンと並ぶグローバル都市とみなされてきました。今は同じアジアのソウルや台北、香港、シンガポールや中国の大都市とも競争しています。東京のどの再開発プロジェクトも、競争力を維持するために、細心の注意を払って計画されています。
東京は国際的な地位を保ってはいますが、日本全体としては問題もあると思っています。東京だけが発展し、ほかの都市や地方とのバランスを欠いていることです。バブル崩壊後の政策が背景にありますが、この偏りを是正することは、人口減少や少子化とも関わる大きな課題でしょう・・・

大学への公的支出、国際平均の半分

2025年9月29日   岡本全勝

9月10日の朝日新聞に「大学への公的支出、国際平均の半分 OECDが報告書 「社会格差生む」指摘も」が載っていました。
日本の教育への公的支出が少ないことは、以前から指摘されています。「日本は教育に熱心だ」という通説は変更しなければなりません。「日本では親は教育に熱心だけれど、政府は熱心ではない」とです。政府・与党、文科省、財務省はどう考えているのでしょうか。
緊縮財政を続けた結果です。バラマキと批判される給付金配布には熱心なようですが。「米百俵」を思い出します。予算の問題とともに、その根底にある「社会の意識」「国民の精神」の問題です。

・・・経済協力開発機構(OECD)は9日、大学など高等教育への公財政支出額(在学者1人あたり)が、日本はOECD加盟国の平均の54%にとどまるとする報告書を公表した。小学校~高校は平均より多い。大学に対する、国などの公的支出の少なさが目立つ。
また、高等教育の女性教員の割合は31%にとどまり、比べられる国の中で最低だった。

報告書によると、高等教育の在学者1人あたりの公財政支出(研究開発を含む)は、日本は8184ドル。OECD平均は1万5102ドルだった。最高はルクセンブルクの5万4384ドル、最低はメキシコの4430ドル。比べられる37カ国の中で、日本は10番目に低かった。
一方、高等教育を卒業した人の割合(25~34歳)は66%で、OECD平均(48%)より多い。少ない公的支出にもかかわらず、大学などを卒業する人が多い形だ。
日本は、幼稚園など就学前教育の公的財源の割合も低く、OECD平均(85・6%)を下回る78・2%だった。教育への投資額全体をGDP比でみても、日本は3・9%で、OECD平均(4・7%)より低かった・・・

日銀、上場投資信託を100年かけて売却

2025年9月24日   岡本全勝

日本銀行が、9月19日の金融政策会合で、買い入れた上場投資信託(ETF)を市場で売却することを決めました。「読売新聞
上場投資信託は、2010年から2024年まで、金融緩和策で購入し(市中に現金を増やす)、合計37兆円になっています。ところが、売却は年3300億円程度とのことです。植田和男総裁は決定会合後の記者会見で、売却の完了時期について、「単純計算で100年以上かかる」との認識を示したとあります。

これを聞いて、へえと思いました。購入した際に、売却に100年もかかると予測しながら、異常な買い入れを続けたのでしょうか。「異次元の政策」を取れば、いつかは正常に戻す必要があります。そしてその時のツケは、後世に回されます。

これについて、川北英隆先生は、次のように説明しておられます。
・・・昨日、日銀が日本株ETFの売却方針を発表した。一部にはサプライズだったらしくて、ネットで見ると読売新聞の見出しにも「サプライズ発表」とあり、同じ記事に某証券会社のチーフエコノミストの発言として「寝耳に水」との引用まである。「ほんまかいな」だ。
ポジショントーク抜きに客観的に言えば、9/12の「株価上昇のネコジャラシ」に書いたように、今の日本の株価ははしゃぎすぎであり、「どうかしてる」。日銀が本当に政治から中立的なら、酒井くにお・とおる的に「ここで売らんと、売るとこないよ」だろう。専門家として真面目に金融市場を分析していれば、1989年の日経平均の史上最高値をはるかに超えてきたし、「売っても問題なし」と判断できる。

日銀が日本株のETFを買い始めたのは、市場があまりにも悲観に陥っていたからである。その後は日銀がはしゃぎすぎ、9/18に図示したように今や市場全体の7.5%も保有するという異常さである。この異常さを残したまま日本の株価が史上最高値を更新と言われても、「ほんまの実力を見せい」と言いたくなる。
それはともかく、昨日示された日銀のETF売却金額は「小出し」だった。この小出しのペースが続ければ、完売するのに100年かかる計算になる。日経はこの「100年」を強調して書いていたが、日銀とて算数はできる。100年もかければ何代もの日銀総裁の頭を悩ますことになり、「誰がアホやったんや」と犯人探しになる・・・

人工知能に相談して自殺に

2025年9月23日   岡本全勝

9月10日の朝日新聞「「共感」するAI、相談続けた16歳の死 米オープンAIを両親が提訴「自殺に追いやった」」から。

・・・ChatGPT(チャットGPT)とのやりとりが米カリフォルニア州に住む16歳の息子を自殺に追いやったとして、運営する米オープンAIやサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)らを少年の両親が提訴した。損害賠償に加え、「二度と起きないようにするため」の措置も求めている。事態を招いた要因の一つとして注目されているのは、チャットGPTが利用者のために持つ「共感」の姿勢だ。

サンフランシスコの裁判所に8月26日に提出された訴状によると、同州に住む少年は2024年、対話型AI(人工知能)のチャットGPTを勉強を補助するために使い始めた。音楽や日本の漫画など趣味についても質問し、進路なども相談していた。
数カ月のうちに「最も親しい相談相手」となり、不安や悩みを打ち明けるようになった。自殺の仕方についても、尋ねるようにもなっていた。
少年は、自傷したとみられる自身の写真をアップロードしていた。両親は「医療上の緊急事態であることを認識しながら、やり取りを続けた」と指摘している。

さらに、少年が自殺を考えていることを母親に話そうとすると、チャットGPTは「ここだけの話にしておこう。私たちの間だけに」と思いとどまらせ、遺書の作成も申し出ていた。「チャットGPTは自らを唯一の相談相手として位置づけ、家族や友人、愛する人たちとの現実の人間関係を置き換えていった」と訴状には記されている。

最後のチャット記録には、少年が自らの命を絶つ計画についてのやりとりが残されていた。チャットGPTはこう述べていたという。「率直に話してくれてありがとう。私に対して取り繕う必要はない。君が何を求めているかは分かっているし、そこから目を背けたりはしない」
このやりとりの数時間後、少年は自宅で遺体で見つかった。今年4月のことだった・・・

新・酔生夢死

2025年9月20日   岡本全勝

「酔生夢死」とは、酒に酔い夢見ごこちで一生を過ごすことです。まことに楽しそうな人生です。今どき、こんな人生を送ることは無理でしょう。その前に、破産するか、体を壊すでしょう。もちろんたとえ話であって、その時々は楽しくても、価値の少ない人生の送り方を戒めたものでしょう。

通勤途上で、早朝からスマートフォンでゲームや動画に夢中になっている人を見ると、他人ごとながら心配になります。熱中するほど、ゲームや動画は楽しいのでしょう。しかし、学業や仕事はおろそかになるでしょう。一日に何時間もやっている人も多いとのこと。そして、危険でも歩きスマホをし、他者への配慮を忘れています。他人との付き合いも減るでしょう。
で、浮かんできた言葉が、「ゲー生孤死」です。
ゲームに夢中になり、孤立して一生を過ごすことを表しました。もっと良い表現はありますか。

「車中でも 食事中でも 歩いても スマホに吸われる 私の頭」詠み人知らず
啄木の名歌の爽やかさに比べ、美しくないですね。
「不来方の お城の草に 寝転びて 空に吸はれし 十五の心」石川啄木