カテゴリーアーカイブ:社会の見方

責任を取る方法3

2020年6月25日   岡本全勝

責任を取る方法2」の続きです。失敗した後の、責任の取り方です。ここには、いくつかのものがあります。前回の表に沿って、説明します。

4 まず、責任を認めることです。
これは、責任を取ることの第一歩です。これに対し、「失敗を認めない」「他人に責任を転嫁する」「沈黙を守る」は、責任を認めない態度です。

5 法的責任
法律では、被害者に対して民事責任を負い、損害賠償を支払います。社会的には、刑事責任を追い、刑事罰を受けます。組織内では、規則に従って処分を受けます。

6 再発防止
このほかに、再発防止と分類できる、責任の取り方があります。二度としないと誓い実行すること。失敗を検証し、原因究明をして再発防止策をとります。また、今後の教訓とします。
これらは民事責任や刑事責任ではありませんが、社会にとっては重要なことです。
日本航空などは事故機を保存して、後世の戒めにしています。鉄道や飛行機事故が起きた際に、運輸安全委員会が原因究明調査を行い、必要な措置の実施を求め、事故の防止をします。
組織が失敗したとき、検証をして将来に活かすかどうかは、組織にとっても重要なことです。太平洋戦争における日本軍の失敗とアメリカ軍の強さを語る際には、しばしば指摘されます。

7 償い、道義的責任
法的責任ではない、道義的責任とも分類すべき行為があります。つぐない、罪滅ぼし、贖罪とも言います。
A あやまる
あやまることは、その第一です。あやまることは、法的責任ではありません。しかし、被害者も世間も、失敗した人や組織に求めることは、まずは謝罪です。マスコミでも、大きく取り上げられます。参考「お詫びの仕方

B 原状復旧をする、被害者支援をする
民事訴訟で原状復旧を義務づけられた場合は、5の法的責任ですが、法的責任は認められないまま原状復旧をする場合などです。
男女関係で「責任を取ってよ」と言われた場合などにも、当てはまるようです。

C 責任を取って職を辞める。組織を解体する。
「責任を取る」と言われる場合、責任者が辞めることがあります。組織を解体することも、同列でしょう。
太平洋戦争では、日本陸海軍が解体されました。原発事故では、経産省原子力安全・保安院が解体されました。

D 償いのしるし
慰霊祭をしたり、罪滅ぼしとして社会奉仕活動などをすることがあります。
例えば東電は、仮設住宅での生活支援や帰還に向けた草刈り、イベントの手伝いなどをしています。「復興推進活動
この項続く

文化人類学の新しい流れ

2020年6月25日   岡本全勝

6月22日の朝日新聞に「文化人類学、より身近に AI・高齢者ケア・芸術…対象広がる」が載っていました。

学生時代に、文化人類学・民俗学・民族学に興味を持ちました。こんな学問分野があるのだと。ただしそれまでの文化人類学は、先進国の研究者が発展途上社会や未開社会を調査するものでした。
京都大学人文研が、ヨーロッパを調査対象とした本(名前が思い出せません)は、「そうか、ヨーロッパ社会も調査対象になるんだ」「けっこう遅れた田舎もある」「ヨーロッパ中心の見方以外もある」と目を開かれました。日本文化を研究するものもあり、面白かったです。(加藤秀俊先生梅棹忠夫先生

ところが、先進国から途上国を研究する手法は、行き詰まりました。文化人類学が、だんだん輝きを失っていきました。この新聞記事は、その反省から、新しい分野や手法に転換していることを紹介しています。
そうなっていたのですね。ただし、何でも学問対象となると発散して、門外漢からは学問像がわかりにくくなったように思います。

インターネット書き込みが加速する悪しき個人主義

2020年6月24日   岡本全勝

6月22日の読売新聞文化面、「コロナ禍で進む 悪しき個人主義…テラハ問題の背景」から。

・・・SNSの発言は過激化する傾向があるが、與那覇氏は、コロナ禍特有の事情もあると指摘する。個別の人間関係を面倒だと感じ、相手の事情を勘案せず、オンラインでコミュニケーションを済ませようとする元々の欲求が強まったことだ。
新型コロナの被害が日本は相対的に少ないことで、他者と触れあわないことは良いことだとの思い込みが加速したとみる。
「世間でネットの可能性や楽しさばかりが強調されれば、外出できずにストレスを抱えた人の中には、他者への攻撃を楽しんでしまう輩やからが出てくるのは当然だ」

人間関係を回避しようとする背景には、各人が信じたいことを信じればいいとする価値相対主義や、それぞれの境遇の良しあしは自己責任と捉える「日本型の個人主義」があるという。
個人はバラバラなだけで、絶対的な価値を持つことで得られる安心感がない。だから「たまたま」成功した人に対し、「なんでこいつが」などと、複雑な感情がわきやすいという。それは何かのきっかけで、集中攻撃に転じやすい・・・

責任を取る方法2

2020年6月23日   岡本全勝

責任を取る方法」の続きです。以下、失敗した後のことを考えます。責任の取り方を、次のように分類しました。表を見てください。
表頭は、「被害者に対して」「社会に対して」を区分します。この区分が、一つのミソです。被害者に対し責任を取ることのほかに、社会に対して責任を取るということがあります。この二つのほかに、組織内での話があります。

表側は、「事前」「失敗した(事態が進行中)」「事後」に区分します。
2 「事前」は、責任を負うことに対して、責任を果たすことです。組織内では、職責を果たすことです。それを十分果たさなかったことで、失敗が起きます。
3 失敗が起きた場合(まだ事態が進行中)に、行わなければならないことは、被害拡大を食い止めること、被害者を助けることであり、事態を公表することです。その反対は、逃げることであり、隠すことです。この項続く

『科学の社会史』

2020年6月23日   岡本全勝

コロナウイルス外出自粛の時期に、紀伊国屋新宿本店も閉店していた時期があり、書斎の本の山を物色しました。連載執筆のために読まなければならない本や、読みかけの本がたくさんあるのに、ほかの本に手を出す悪い癖です。
いや~、いろいろ出てきました。「そういえば、この本は××の時に買ったな」のほかに、「こんな本も買ったのだ。なぜだろう」と思うものまであります。いつもながら、反省。
その一つを読み終えました。

古川安著『科学の社会史 ルネサンスから20世紀まで』(2018年、ちくま学芸文庫)。勉強になりました。書名の通りの内容です。発明や発明家の歴史ではありません。科学と技術が社会をどう変えたか、また社会が科学と技術をどのように求め変えたかが書かれています。社会史です。
この点、哲学史や思想史、社会学史の多くは、偉人の思想の歴史であり、社会との関係(社会をどう変えたか、社会はなぜそれを求めたか)が書かれていません。「日本思想史

これだけの長い歴史、科学と社会の関係という大きな主題を、この大きさの本にまとめるのは、難しいことです。長々と書くより、短くする方が難しいのです。
西欧の近代の科学技術は普遍的な性格を持っているのに、各国がその発展に力を入れます。第6章以下に、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカが順に取り上げられます。そしてそれが行き着いた先は、二つの大戦での国を挙げての兵器開発でした。残念ながら、日本は取り上げられていません。
そして、20世紀後半になって、科学の発展について疑問が生まれます。このままで良いのか。それは、原爆であり、公害や自然破壊です。また、遺伝子工学による生命倫理の問題もあります。
研究者、企業、国家によって、科学技術の研究と発展は、止まることがありません。そして、それぞれの研究は、真理を探求するため、社会をよくするために行われます。しかし、個別の研究を勝手に進めていて良いのか。研究者に任せるだけでなく、社会や政治による制御が必要になりました。