カテゴリーアーカイブ:社会の見方

外国人歓迎食事会

2025年11月2日   岡本全勝

先日、外国人の訪日団を歓迎する夕食会に参加しました。相手はヨーロッパで、会話は英語です。単語が出てこなくて、負担なのですが。提供された食事はフランス料理、ワインもフランスワインでよいものでした。

話が弾んで、日本食と日本酒に及びました。で、「日本酒も出そう」と係の人に言ったら、焼酎しか置いていませんでした。残念。
そこで考えたのですが、海外からの訪日客に、洋食を出すのは考えた方が良いのではないでしょうか。私たちは、おもてなしと思っていても、向こうさんにとっては、ふだん食べている料理であり、飲んでいるお酒です。日本に来たら、日本食と日本酒、日本のビールを出した方が、喜ばれると思います。昔のように、日本食が珍しい時代ではなくなりました。

少し状況が異なりますが、思い出したことがあります。若い頃、山奥の村役場を訪れたときです。夜の意見交換会で、山の幸が出ると思ったら、刺身が出ました。当地では生魚は珍しく、貴重品だったのでしょう。精一杯のもてなしをしてくださったのです。同行した先輩が、「ここで刺身を食べなくても良いけど」と小声でぼやいていました。私は、せっかく出していただいたので、おいしくいただきました。

新薬承認の遅れの構造

2025年11月2日   岡本全勝

10月12日の読売新聞「あすへの考」、藤原康弘・医薬品医療機器総合機構理事長の「創薬国復活 臨床試験改革から」から。
・・・海外で承認された医薬品が日本で使えない「ドラッグロス」が深刻化している。かつて米国に次ぐ創薬国だった日本の地盤沈下も課題だ。こうした事態に、政府は医薬品産業を「基幹産業」と位置付け、ドラッグロス解消や創薬力強化へ対策に乗り出した。
必要な薬を患者に届けるには何が重要か。長年、腫瘍内科医としてがん診療に携わり、薬の承認審査などを担う医薬品医療機器総合機構(PMDA)の藤原康弘理事長は「臨床試験の実施体制整備や予算拡充が急務だ。薬が臨床試験を経て世に出る流れを医療者が学び、新たな医療を国民皆で創っていくという意識改革も求められる」とし、この数年が再起への最後の機会になると訴える・・・

・・・2000年代初め、海外で承認された新薬が日本で使えるまでに遅れが生じる「ドラッグラグ」が社会問題化しました。今の「ドラッグロス」は、海外の新薬が日本に導入される予定が立たず、使えないままになることで、問題はより深刻です。
厚生労働省によると、23年3月時点で国内未承認の143品目のうち、86品目がドラッグロスの状態でした。また、ボストンコンサルティンググループの調査では、希少疾患だけでなく、今後、乳がんや糖尿病関連疾患など患者の多い病気の薬にも拡大する恐れがあるとしています。
私が、日本の状況に「何かまずいな」と懸念を抱いたのは、もう25年も前。米国留学から帰国した1997年に、現在のPMDAの前身となる「医薬品医療機器審査センター」が発足し、最初の医師の審査官として着任した頃です。
薬が医療現場に届くまでには、臨床試験で安全性や有効性を確認し、薬事承認を得る必要があります。海外で承認された薬でも、人種差による副作用の出方や医療環境の違いから、日本人での臨床試験が原則必要です。しかし、私が医師になった80年代はもちろん、その後も医師の多くは薬がどう開発され、承認されるかに関心が低く、学ぶ機会もありませんでした。
一方、米国では、80年代からがん領域を中心に臨床試験の方法論が議論され、候補薬を初めて人に投与する初期段階の第1相試験、多くの被験者を無作為に複数グループに分けて効果などを検証する最終段階の第3相試験など、現在の形を生み出していきました・・・
・・・この経験から、帰国後、審査業務に携わることになりましたが、臨床試験に対する日米の意識差を痛感しました。日本では、病院は「治験をしてやっている」、患者や社会は「実験台にされる」との意識が根強かった。米国では、研究者や医療者、企業、患者会、行政がタッグを組み、一緒に新薬を世に出して医療を向上させようとの機運があり、日本もそんな社会にしたいと思いました・・・

・・・その後、国は審査の迅速化や安全対策強化のためPMDAを拡充し、医療関係者らは国際共同治験に参加する動きなどを進め、ドラッグラグは一度、解消しました。
しかし、16年頃から再び国内未承認薬が増えてきました。調べると、聞いたことがない新興バイオ企業が開発した薬が多いことに気づきました。まさに創薬の主役が、国際的な大手製薬企業から、米国を中心とする新興企業に変わってきた時期。画期的な新薬を開発しても、遠い日本の市場など視野に入っておらず、臨床試験の予定もないことが分かりました。
「このままではロス(喪失)になる」と危機感を覚え、これらの薬のデータをまとめ、20年に日本癌学会で発表し、政府の会議などで対策の必要性を訴えました。
日本の創薬力低下も目立ってきていました。高度で多様な専門技術が必要なバイオ医薬品の開発に出遅れたことが一因です・・・

・・・ ただし、その実現には日本の「臨床試験力の強化」が最も重要です。国際水準の臨床試験が実施できる環境整備や人材育成など、必要なことは20年前の科学技術基本計画から指摘されています。これまで「臨床研究中核病院」など拠点整備は始まりましたが、多くの医療機関は日常診療に追われ臨床試験を行う余裕がなくなっています。また、日本企業が主導する国際共同治験は世界の1割程度しかなく日本の先導力が低下しています。中国の台頭もあり、この数年が、日本が創薬国に再興する最後の機会になる可能性がある中、政府は臨床試験の充実に予算をもっと投じるべきです・・・

富と権力と名誉の分散

2025年11月1日   岡本全勝

10月15日の日経新聞夕刊コラム、プロムナード、岩尾俊兵さんの「富と権力と名誉」から。

・・・不思議なことに、日本社会は富と権力と名誉を一カ所に集中させることを嫌う。富は大企業創業者・経団連企業経営者を頂点とする財界に、権力は内閣総理大臣を頂点とする政・官界に、名誉は人間国宝・文化功労者や日本芸術院・日本学士院を頂点とする文化人にという具合である。どうもこの傾向は日本社会全体にとどまらず、社会を構成するあらゆる小社会や組織にも見られるらしい。

財閥系企業においては、富は大株主の投資銀行や投資ファンドが、権力は社長や会長が、名誉は岩崎家・三井家・住友家といった財閥当主が担っていたりする。某財閥系企業は、今でも取締役になると財閥創業家から綱領を直伝される儀式があるそうだ。
変わったところだと、医療業界でも同様だという。富は美容外科の開業医に、権力は厚生労働省の医系技官または大学病院の医局の長に、名誉はノーベル賞候補に挙がるような大学の研究医に集中するというのである。
大学でも同じだ。富は大学にあまり顔を見せずにテレビで活躍する売れっ子が、権力は学内行政に精通する学長や学部長が、名誉は研究一筋で国際的に活躍する研究者が得ることになる・・・

・・・もしかすると、富と権力と名誉の3つの力を分散させるのは、社会や組織を長生きさせるために日本人が長い歴史の中で考えついた知恵なのかもしれない。
もし富と権力と名誉が一カ所に集まっていると、「あいつらが悪い」という風(ふう)に社会の不満が一カ所に向かい、革命が起きやすくなるだろう。かつてのフランス王国でいえば富も権力も名誉も王侯貴族が独占していたためにフランス革命が起きたし、現代アメリカでは富も権力も名誉も資本家が独占しているので革命前夜の状況にある。しかし、日本のように3つの力が偏在していれば特定の集団を攻撃して革命を起こそうと一致団結しにくいし、3つの力の中で互いに互いを批判し合って内側から現状打破してくれることもある。
もちろん例外もある。あるとき、ある人が「うちは富も、権力も、名誉も妻が握っているんですよ」とぼやいていた。そのボヤキからふと気づいた。そうか、逆なんだ。日本においてこれら3つの力を一カ所に集中させた小社会や組織が短期間に滅びてしまっているだけなんだ、と・・・

この後の笑える話が続きますが、それは原文をお読みください。

個人の時速と社会の時速2

2025年10月30日   岡本全勝

個人の時速と社会の時速」の続きです。
社会の時間について、「各人にとって、自分の時間感覚とは違った早さで、社会が変化し、過ぎ去っていきます。夏目漱石や鄧小平が感じたのは、それだったのでしょう。そして、社会の時速は、どんどん速くなっているように思えます」と書いたのですが。

今年は、平成で言うと37年です。37年間を明治に置き換えると、明治37年(1904年)は、日露戦争が始まった年です。この間に、武士の支配を廃止し、新政府を建て、鉄道を走らせ、内閣制度・地方制度・憲法をつくり、軍隊をつくり、日清戦争に勝利してと、大改革と大変化をもたらしました。
昭和に置き換えると、昭和37年(1962年)までの間に、戦争があり、敗戦があり、焼け跡からの復興があり、経済成長に入りました。
戦後で言うと、昭和20年(1945年)+37年は昭和57年(1982年)。その間に、敗戦から立ち直り、西ドイツを抜いて世界第2位の経済大国になりました。東京オリンピックは昭和39年(1964年)、大阪万博は昭和45年(1970年)でした。三種の神器(白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫)、3C(カラーテレビ、クーラー、カー)が各家庭に普及しました。

それらに比べると、この37年間の変化は小さいようです。戦争がなかったことは良いことですが。政治と行政では大きな変化はなく、挙げるとしたら介護保険制度の導入(2000年)でしょうか。身の回りで言うと、新しいものは携帯電話、スマートフォン、パソコンの普及でしょうか。給料は上がらず、非正規労働者が増えました。
「社会の時速(変化)が速くなっている」とは、言いにくいようです。
30年という時間、体感と社会の変化

トランプ流「憎悪の経済学」

2025年10月30日   岡本全勝

10月9日の日経新聞オピニオン欄、西村博之・コメンテーターの「トランプ流「憎悪の経済学」 自滅いとわぬ排斥の合理性」から。
・・・米トランプ政権の排外的な政策で米移民人口は2025年前半だけで140万人も減ったと米調査機関ピュー・リサーチはみるが、影響は移民にとどまらない。「外国人歓迎せず」の姿勢は国外からの訪問客も遠ざけ、25年は増加の予想から一転して6%、450万人減ると業界団体は予想する・・・

・・・経済への影響は避けられない。
移民が労働者の3割を占める建設業界では、拘束を恐れて米国籍をもつ移民まで外出を避け「業者の92%で働き手の確保が難しくなった」(米国建設業協会)。
農業への打撃も大きく、果実の一大産地、カリフォルニア州オックスナードを対象とした調査では労働者が最大40%失われ、生産減で価格は同12%上昇した。
接客業も人手が逼迫し、全米レストラン協会はトランプ大統領に配慮を求める書簡を送った。
余波は米国人の働き手にも及ぶ。「屋根や柱をつくる移民が去れば米国生まれの電気工や配管工の仕事も減る」と米経済政策研究所(EPI)のベン・ジッペラー氏は指摘する。「皿を洗う移民がいない飲食店は営業が滞る」
ダラス連銀は無資格移民の減少だけで25年の経済成長率は最大1%低下するとみるが、合法な滞在者や2次、3次的な影響も考慮すると打撃はさらに広がりうる・・・

・・・憎悪と経済の関係を深掘りした英ブラッドフォード大のサミュエル・キャメロン教授は、憎悪が単なる心理的、社会的現象でなく「効用の最大化」という経済学の基本原則から理解できると説く。
ポイントは「効用」が物理面・金銭面にとどまらない点だ。たとえば移民の排除で経済が傷めば狭くは「非合理的」でも、優越感や不満の発散、政治的一体感など別の領域で満足感を得られれば十分に理にかなう。こうした心理的満足感には中毒性があり憎悪を補強・継続させるとも指摘した。
一方、憎悪を生産者と消費者の取引に見立てたのが米ハーバード大のエドワード・グレイサー教授だ。生産者たる政治家は支持や献金、得票といった利益を狙って憎悪を振りまき、これを有権者が消費する。憎悪の需要が増すのは生活苦などで不満を宿す有権者が自らの感情・偏見と共鳴する言説に繰り返し触れたとき。真偽を検証する動機は薄いため、うそと憎悪が自己増殖しやすいとした。
ともに憎悪は非合理的でなく、理にかなうゆえに継続・拡大するとの指摘で、今後の米世論と政策を占う上で示唆に富む。経済に悪影響が広がっても、あるいは広がればなお、よそ者を排する動きが勢いづく懸念は拭えない。

前例はある。1910〜70年代、米南部での差別を嫌った黒人が北部に逃れた「大移動」だ。
「収穫の人手が足りず農地にも利益にも痛手だ」(ルイジアナ州の大農園主)、「工場を増設したいが労働者がいない」(テネシー州の石炭・鉄鋼会社の幹部)。1918年の労働省の報告書が記した経済界の声だ。ミシシッピ州の木材加工業者は人手不足による賃金上昇を、綿花農家は収穫減による銀行の貸し渋りを嘆いた。
一方で「黒人と一緒に働くくらいなら工場は空でいい」(同州の白人市民評議会)といった声も根強く、差別の激化が人材流出に拍車をかけた。結局、600万もの黒人が南部を去り、経済発展で北部に長く遅れる要因となった・・・