カテゴリーアーカイブ:社会の見方

小中高生の半数、読書0分

2025年11月6日   岡本全勝

10月26日の日経新聞に「「読書0分」小中高生の半数、スマホ時間長いほど短く」が載っていました。

・・・1日に全く本を読まない子どもは半数超――。ベネッセコーポレーション(岡山市)が2024年に小中高生や保護者に尋ねたところ、読書をしない(0分)との回答が52.7%で、15年調査時の34.3%から約1.5倍に増えた。一方、スマートフォンの使用時間は延びており、長いほど本を読む時間が短くなる傾向がみられた。
同社が25日までに発表した。調査はベネッセ教育総合研究所と東大社会科学研究所の共同実施で、無作為に抽出した同一の親子を対象に15年から継続して調べている。24年は7〜9月にインターネットで行い、約1万2千組から回答を得た。

24年調査で読書をしないとした割合は、小1〜3年33.6%、小4〜6年47.7%、中学生59.8%、高校生69.8%。いずれも15年に比べ14〜22ポイント増えた。1日の読書時間の平均は小4〜6年で15.6分、高校生で10.1分などで、15年に比べ小4以上で約5〜6分減った。
1日のスマホ使用時間(小4以上が回答)は、小4〜6年33.4分、中学生95.7分、高校生138.3分で、それぞれ15年から約22〜52分増えた。スマホの使用時間が0分の小4〜6年の読書時間は17.8分だったのに比べ、3時間以上だと9.5分に落ち込んだ。中学生もスマホが0分の読書時間は21.7分だったが、3時間以上は12.5分だった。
調査を担当した東大の秋田喜代美名誉教授(教育心理学)は「読書と学力は関連しており、授業の中で紙や電子の書籍に触れる機会を増やすことが必要だ」と指摘している・・・

福井ひとし氏の公文書徘徊7

2025年11月5日   岡本全勝

『アジア時報』11月号に、福井ひとし氏の連載「一片の冰心、玉壺にありや?―公文書界隈を徘徊する」第7回「楽園は何処いずこに―戦前の科学技術政策」が載りました。ウェッブで読むことができます。

今回は、10月に2人の方がノーベル賞を受けられたことにあわせて、戦前の科学技術政策についてです。
日本のノーベル賞受賞第1号の湯川秀樹博士と、第2号の朝永振一郎博士が、旧制中学から大学卒業後まで、京都で同じ学校で学んでいたのです。
今回も、いろんな話が載っています。なかなか、知ることができない話です。

明治の初めに、欧米から最先端の科学技術を輸入することに努めました。御雇外国人を迎えることや留学生を送ることでです。その後の科学技術の振興については、知られていません。世界を相手に戦う(それ自体は間違いですが)軍事技術を持つためには、それを支える科学技術が育っている必要があります。政府や大学が、努力したのでしょうね。

経営の専門家をつくる2

2025年11月5日   岡本全勝

経営の専門家をつくる」、10月16日の日経新聞経済教室、松田千恵子・東京都立大学教授「日本企業は経営のプロを生み出せるか」の続きです。

・・・より大きな問題は、教育にしろ修羅場にしろ体験する年齢が遅すぎることだ。40歳未満の社会人が管理職研修を経験する割合は米国が20.7%、中国が30.8%である一方、日本では7.4%しかない(ベネッセ教育総合研究所の調査)。経営者として実戦で輝くべき世代になってから、ようやく基本の勉強が始まる。
この傾向は、執行役員研修などで顕著にみられる。仮にも「役員」と名の付く人材が、こぞって経営や財務の基本を叩きこまれているのは実に奇妙な光景だ。オペレーショナルエクセレンスに秀でることと、マネジメントプロフェッショナルを極めることは、似て非なるものであり、日本企業に欠けているのは、早いうちから意識的に後者を選抜し、育成する仕組みや仕掛けである。

企業における「経営」や「経営者」の定義が曖昧であることも、それを目指す人々に混乱を与えている。経営の勉強はまだこれからという人材ならば、「執行役員」と呼ぶのもそろそろ見直した方が良かろう。呼ばれる側も焦るかスポイルされるかどちらかである。コーポレートガバナンス上も、法的な責任範囲が曖昧になりがちで、経営判断に対する当事者意識が希薄になるといった問題が懸念される。

「管理職」という名称も評判は悪い。本来、どんなに小さな単位でもチームを束ねる存在は「マネジャー」としてチームの経営を担うはずだ。しかし、多くの場合中間管理職はプレイングマネジャーとして働くことを求められ、マネジャーの仕事は定義もされず、経験を積むことも学習機会を与えられることもなく劣後しがちだ。その結果、マネジメント不在による問題が多発し、仕事は苦情受付と事後処理ばかりとなる。これでは管理職になりたい若者が激減するのも当然だ。

本来、経営とは統合的・俯瞰(ふかん)的な視野に立ち、人々との協働によって目指す未来を実現するエキサイティングな仕事であるはずだ。せめて管理職ではなく「経営職」と呼ぶことから始めてはどうか。
「経営」について真剣に考え、将来を担う経営者候補を選抜し育成する仕組みや仕掛けを抜本的に設計し直すことは急務である。「マネジメントのプロフェッショナル」を生み出せない企業が生き残るのは、今後ますます難しくなっていくだろう・・・

経営の専門家をつくる

2025年11月4日   岡本全勝

10月16日の日経新聞経済教室、松田千恵子・東京都立大学教授「日本企業は経営のプロを生み出せるか」から。

・・・「適任者がいない」――。経営の重要なポジションの話になるほど、こうした悩みを聞くことが増える。人的資本経営が注目され、従業員のリスキリング(学び直し)の必要性が叫ばれるが、日本企業における最も深刻な人材問題のひとつは経営者の側にある。
その結果、大胆なリスクテイクを伴う未来への投資が進まず、経済成長もままならない現実が生まれているのではないか。少なくとも、コーポレートガバナンス(企業統治)の観点から見た場合、日本企業が解決すべき人材問題は「高度経営人材の不足」に尽きるようにみえる。

この悩みは、指名委員会の活動において端的に表れる。そもそも指名委員会自体が実効性不足だ。独立取締役に権力の源泉たる人事権を全て奪われるといった誤解もまん延している。
経営者の選解任や後継者計画はもちろん、その資質や選抜、育成などの議論は人事部任せにはできない。それにもかかわらず、内向きの論理に固執し、真摯な議論の場が形成されないことで、「高度経営人材の不足」という問題は深刻となってきた。
この風潮には変化の兆しもみられる。指名委員会の実態を調査した筆者の共同研究によれば、トップ企業群では外部の視点も採り入れ、時間をかけて経営人材について議論するようになっている。議論の内容も、最高経営責任者(CEO)のみならず、取締役やCxO、執行役員やさらには本部長まで広範囲に及ぶこともあり、長期的な視点で経営体制を検討している。こうした議論の場はこれからの経営には不可欠である。
ただし、まだ課題もある。外部人材も含めて検討しようという動きはみられるものの、現在の経営人材プールのほとんどは、相変わらず内部登用者が占めていることだ・・・

・・・我が国企業における人的資本投資の割合は低いといわれる。最近では選抜型の経営幹部研修や役員向けコーチングなども増えてきたが、取り組みは緒に就いたばかりである。
経営の基本を学ぶ経営学修士号(MBA)など高等教育も活用されてこなかった。時価総額上位100社のCEOにおける大学院修了(修士・博士)の割合は米国が67%であるのに対し、日本では15.3%に過ぎない(文部科学省の資料)。経営はアートとクラフトとサイエンスから成るといわれるが、体系的な知識に基づく「サイエンス」の視点で学ばれることはほぼ無いということだ。
実際、日本企業が経営人材育成施策として高等教育を挙げる割合はわずか5%で、最も多く挙げられるのは「修羅場体験」(53%)だ(図表に示した調査)。これも重要だが、この言葉自体が、やや思考停止用語に近くなってはいまいか。成熟経済下での大企業では本当に修羅場といえる機会自体が少なく、その程度や範囲も限られがちだ。これまでの卓越した経営者における修羅場体験の成果は、個人の努力と終身雇用を前提とした人事異動による「偶然」に委ねられていた。引き続きその幸運だけに依存するのは難しかろう・・・
この項続く。

日本型雇用慣行が制約する起業

2025年11月3日   岡本全勝

10月15日の日経新聞経済教室、本庄裕司・中央大学教授の「日本企業、安定から挑戦の循環へ」から。

・・・言うまでもなく、創業者は企業の誕生と成長に不可欠な存在だ。創業者は、自身の信念や時には思い込みから事業を始め、それが競合他社の模倣を許さないイノベーション(革新)や迅速な事業化につながることもある。
スタートアップ企業の誕生は、創業者が他の選択肢ではなく起業(創業)を選ぶことから始まる。国際的な調査プロジェクト、グローバルアントレプレナーシップモニター(GEM)によると、アントレプレナーシップの水準は、多くの先進国よりも発展途上国で高い傾向が見られる。
その理由の一つが、代替となる魅力ある就業機会が乏しいことだ。かつての日本も、これに近い状況だった。第2次世界大戦後、安定した就業機会が限られ、井深大と盛田昭夫(ソニー、当時、東京通信工業)、稲盛和夫(京セラ、当時、京都セラミック)ら、多くの優秀な人材が起業の道を選んだ。
ところが、高度経済成長期を経て既存企業への安定した就職が浸透すると、状況は一変した。新卒一括採用、年功序列、終身雇用、生え抜き人事、定年制などの伝統的な日本型雇用システムが確立し、優秀な人材が既存の大企業に流入した。こうした企業における就職の安定化は、起業をよりリスクの高い選択肢へと追いやった。さらに、終身雇用や生え抜き人事といった慣習は、優秀な人材を組織内に囲い込む効果をもたらした。

日本型雇用システムのもとでは、ファミリー企業などを除き、次期経営者は社内での出世競争を勝ち抜くことが求められる。そこでは、リスクを取って新しい事業を生み出すアントレプレナーシップを持つ者が勝者になるわけではない。
出世のトーナメント競争では、むしろ組織内での広範な支持が不可欠だ。そして経営者の座を射止めた者は、合意形成を図る調整役としての手腕が試される。その結果、既存事業の維持を優先し、新しい事業への意欲や市場の変化に対応する意識が希薄になる。組織の秩序を優先する日本の経営者が陥りやすい点だ。 

もっともスタートアップ企業であっても、成長して組織が拡大すれば、必然的に組織内のマネジメントが求められる。それまでの創業者の独断的な意思決定も、いつしか組織的・民主的な方法に改められる。時には組織内の政治的活動や組織外のロビー活動も必要になる。組織の拡大に伴って、本来持ち合わせていたアントレプレナーシップの発揮が困難になる。いうなれば「成長のわな」だ。
こうした限界を考えると常にスタートアップ企業が登場する環境が必要だ。企業の誕生と成長には人材、資金、技術といったリソース(経営資源)が欠かせない。また、組織の人材には経営、技術、財務といった専門能力が求められる・・・

・・・バブル景気崩壊以降の30年間、日本経済は成長力を失い、かつて時価総額ランキング上位を占めていた日本企業はその存在感を大きく低下させた。2025年8月末時点で上位に並ぶのはエヌビディア(1993年設立)をはじめ、GAFAMなど米国のテック大手であり、トップ50に入る日本企業は、トヨタ自動車(1937年設立)が唯一だ。比較的若い企業が台頭する米国や中国の企業とは対照的に、日本では若い企業の存在感が乏しい。いまの日本で急成長するスタートアップ企業が誕生していない一つの証左だ。

高度経済成長やバブル景気を支えた日本型雇用システムは、その後の新しい事業創出にプラスに作用したとは言い難い。新卒一括採用や終身雇用は、若年層を含む雇用の安定に一定の役割を果たしてきた一方、その安定が低い人材の流動性につながり、結果としてスタートアップ企業の誕生と成長を停滞させた側面は否めない。ではどうすればよいのか。多くの人材がリスクを取って新たに挑戦できるよう、セーフティーネットをはじめとした政策の検討がその一つだろう。また、未上場株式市場の整備や規制緩和など、新たな事業に挑む人材に十分に資金を供給できる制度設計も欠かせない。
もはや、戦後でも、高度経済成長でも、バブル景気でもない。既存の大企業であっても、新たな挑戦を目指さなければ市場で生き残ることは難しい。これからの時代では、これまでリスクと無縁だった既存企業の人材にも挑戦を促すことが求められる。
優秀な人材が流動化し、新たな事業に挑む人材への出資が機能すれば、それがスピンアウト創業者の誕生につながる。こうした創業者の生み出すスタートアップ企業が、既存企業との健全な競争を通じて、日本の産業や経済に再び活力を与えることを期待したい・・・