カテゴリーアーカイブ:経済

アジアでの人材争奪戦

2024年10月1日   岡本全勝

9月12日の日経新聞「サムスン、「ベトナムのMIT」から年400人 厚待遇で」から。

・・・東南アジア諸国連合(ASEAN)で人材争奪戦が激しさを増す。高い成長率に加え、米中対立を背景に供給網の再構築先として東南アジアにグローバル企業が注目。事業拡大を目指して厚待遇で攻勢をかけている。リクルーティングやリテンション(つなぎ留め)の最前線を追った。

ベトナムの首都ハノイ市北西部に、大規模なマンション開発が進むエリアがある。韓国資本が流れ込み、建設現場を囲うフェンスには同国企業の名前が目立つ。
サムスン電子は2022年、この一角に研究開発(R&D)センターを開いた。世界12カ国の拠点と連携し、人工知能(AI)やロボティクスの研究者ら約2500人が働く。目立つのは、デニムやTシャツ姿の若者たち。全国から集った俊英たちの会話には、ベトナム各地の方言が飛び交っていた。
「服装は自由で、いつ働いて、いつ休んでもいい。だから入社したんだ」。トゥンさん(仮名)は同国最高峰のハノイ国家大学で情報工学を学び、R&Dセンターに入った。月収1400万ドン(約8万円)は高給ではないが、手厚いもてなしで研究に集中させてくれる職場が気に入っている。
「グローバル企業だけに、世界の先端技術に触れる機会が多い。専門分野の実務経験を積めて、キャリアパスも明確だ」。理系大学の最難関で「ベトナムのMIT(マサチューセッツ工科大学)」と言えるハノイ工科大学機械工学部のブー・トアン・タン教授はサムスンをこう評価する。
サムスンは同大から年300〜400人の卒業生を採用するという。青田買いにも熱心だ。ある大学では修士課程を対象に半導体の専門知識や韓国語を教え、卒業後はサムスンの即戦力に組み込む優遇策も始めた・・・

・・・東南アジアでは管理職に就くと給料が跳ね上がる傾向がある。人事コンサルティング大手のマーサージャパン(東京・港)によれば、部長職の年収(23年10月時点)は日本の場合が約1920万円。各国で定義は異なるが、ベトナム(約2450万円)などに比べても見劣りする。
「海外では管理職を任せられる優秀な人材の流動性が大きい」と同社の伊藤実和子プリンシパルは語る。優れた社員が集まらなければ日系企業の競争力や現地での存在感が低下しかねない・・・

各国の部長職の年収が、図で示されています。アメリカが30万ドル超、シンガポールが29万ドル程度、中国が22万ドル程度、タイ・ベトナムが17万ドル程度。日本は14万ドル程度です。

最低賃金では、従業員が集まらない

2024年9月18日   岡本全勝

8月30日の朝日新聞に「最低賃金では、もはや人が来ない 観光地、活況でも人手不足 「仕事逃す」時給上げても募集」が載っていました。

・・・全都道府県の最低賃金(時給)の改定額が、激しい引き上げ競争の末に決まった。ただ、最低賃金水準ではもはや働き手が確保できず、最低賃金を大きく上回る時給での募集も目立つ。

全国有数の観光地・奈川県箱根町。今月のお盆期間中、箱根湯本駅前の商店街は国内外の観光客でにぎわっていた。「2019年以降、地震や台風の被害、新型コロナと続いた。ようやく長いトンネルを抜けつつある」。同町観光協会の佐藤守専務理事はそう評価しつつ、「コロナで離職者も多く、今は人手不足が深刻だ」と語る。
箱根町を管轄するハローワーク小田原の求人(6月分)で最も多いのはサービス業で、パートの有効求人倍率は3倍近い。募集時給の下限は平均1311円で、現状の最低賃金(1112円)より199円も高い。
神奈川県の最低賃金審議会は今回、国側の目安通り50円増の1162円に引き上げた。審議の場で、使用者側は大きな不満を述べるというよりも、「仕事が目の前にあっても見送らざるをえないことがある」と人手不足を訴えた。
採決でも、使用者側は一人も反対しなかった。10年度以来、14年ぶりの全会一致だった・・・

Q 日本の最低賃金は他の国と比べてどうなのか。
A 労働政策研究・研修機構の調査によると、先進国の中で低水準だ。1月時点では、日本はオーストラリア、ドイツ、英国、フランスの半分程度で、カナダ、米国、韓国よりも下回っている。

各国の最低賃金(2024年1月1日、円換算)が図で載っています。オーストラリアが2241円、ドイツが1943円、イギリスが1893円、韓国が1082円、アメリカ(連邦)1040円。日本は1004円です。

経済停滞30年の原因私見3

2024年9月13日   岡本全勝

経済停滞30年の原因私見2」の続きです。
この間に、政府は需要拡大のため、毎年のように巨額の財政出動をしました。しかし、日本の経営者が戦っているのは、従来型の公共事業などではなく、新しい産業です。各国が、新しい産業育成のために、なりふり構わず補助金を出したり、規制改革をしたのに対し、日本は出遅れたようです。

もう一つ問題だと思うことを挙げておきます。それは、公務員の削減と給与の据え置き、最低賃金を引き上げなかったことです。
この30年間にわたって公務員数を削減し、給与を引き上げませんでした。小さな政府を目指す方向は正しいのですが、これが長期間続くと日本社会と経済に悪影響を及ぼしました。
景気回復を目指しつつ、給与を引き上げないのです。給与が上がらないと、消費は伸びません。デフレ政策を続けたのです。国家公務員と地方公務員の総数は300万人あまりですが、その家族だけでなく、公務員給与を指標に使っている企業や民間組織もあります。その影響は大きいのです。
これにあわせ、正規職員を非正規職員に置き換えることも進めました。日本の雇用全体では、非正規労働者は全体の4割近くになっていますが、役所にあっても同様の傾向にあります。非正規職員は正規職員より給与は低く処遇も悪く、そして身分が不安定です。政府が先頭に立って、労働者の給与を引き下げ、生活を不安にしたのです。
このように、公務員とその家族、さらには国民の生活を不安にしておいて、景気拡大を唱えても、効果はなかったのでしょう。私も、行政改革の旗を振った一人として、反省しています。

また、最低賃金を引き上げなかったことも問題です。インフレ率を2%にする目標も立て、日本銀行を使って、「異次元」という金融緩和を行いました。なのに、同時に労働者の賃金を下げていたのです。これでは、消費は増えません。必要なのは供給拡大施策とともに、需要拡大施策だったのです。

経済停滞30年の原因私見2

2024年9月11日   岡本全勝

経済停滞30年の原因私見1」の続きです。
金利を下げて、企業の投資を促しましたが、雇用、設備、債務の3つの過剰を処理した後も、企業はそれに反応しませんでした。それは、企業経営者が挑戦を避けたからです。
「選択と集中」「リストラ」という言葉が流行り、企業はもっぱら縮み思考に入りました。国内で販売と営業をしている限りでは、それでも規模は維持できました。
大企業もリスクを避け、守りの経営になったのではないでしょうか。戦後の成長期とは異なり、名門大学出身のスマートな社員が、社内で出世します。「優秀な若者は有名大学に行き、大企業に就職することがよい職業人生だ」という通念が社会に広がりました。
挑戦しようとする社員がいても、安全を重視する幹部が「もう少し慎重に検討しよう」と言って、先送りします。これは役所では定番の風習ですが、大企業にもあるようです。先送りは、結局はしないことです。

ところが、挑戦を先送りしているうちに、アジア各国は追い上げてきて、さらには追い抜いてしまいました。新しい産業への転換が遅れ、世界での競争にも負けた、ということでしょう。
この状態で金利を下げても、消費も投資も拡大しません。日銀に経済成長、産業転換を求めても、無理でしょう。政府と産業界がするべきことは、ほかにあったのではないでしょうか。

「安全志向」「先送りの思考」「縮みの思考」「諦めの思考」が、長きにわたり、企業、役所を含め日本社会を覆いました。これを脱却することが、長期不況からの脱出の鍵だと思います。経済学の分析手法である需要と供給ではなく、企業経営者、政治家と官僚、そして国民の意識が日本の発展を阻害しているのです。
30年間経済成長がなかった日本に対し、ドイツは2倍に、アメリカは3倍になりました。「1991年から30年間の経済成長外国比較」。ちなみに1.02の30乗は1.8、1.03の30乗は2.4です。
経済停滞30年の原因私見3」に続く。「日本企業と韓国企業の勢いの違い」「「仕方ない」が生む日本の低迷

経済停滞30年の原因私見1

2024年9月1日   岡本全勝

1991年にバブル経済が崩壊し、不況になりました。政府は何度も景気刺激策を打って、公共事業などを追加しました。しかし、経済は好転しませんでした。安倍第二次政権になってインフレ目標を導入し、「異次元の」と形容される金融政策をとりました。しかし、成功したとは言えません。黒田日銀総裁は、異次元緩和の導入時に2年で2%の物価上昇を目指すと表明しましたが、任期中の10年間では実現しませんでした。

私は、金利操作による「インフレターゲット」は景気が過熱した際に下げるときには有効でしょうが、景気拡大には効果がなかったと思います。
2000年代初めに、麻生太郎総務大臣から「金利を下げても、企業が投資をしない。そんなときに何をしたらよいか、日銀総裁をはじめ経済学者に聞いたが、想定していないので答えがない」と聞きました。金利を下げ、政府の需要を拡大しても、企業が投資を拡大しないと効果はありません。ケインズ経済学の限界です。

1990年代後半に日本企業は、雇用、設備、債務の3つの過剰に悩み、これらの削減に動きました(1999年版「経済白書」)。企業はコストカットに全力を挙げ、給料も上げず、投資にも消極的になりました。これは理解できます。ところが、それらの処理を終えた2000年代、2010年代にも、企業は設備投資を手控え、利益を内部留保に蓄えました。
ここまでは経済学の説明です。では、企業はなぜ投資を拡大しなかったか。ここからは、経営学、社会学の説明です。「その2」に続く。