読みたいと思いつつ、放ってあった「空間の経験」(イーフー・トゥアン著、ちくま学芸文庫)を、読みました。例によって、布団の中でです。
アメリカの本らしく、結構な分量があって、また、これでもかこれでもかといろんな話が出てきて、私には読みにくかったです。私の関心は、場所や風景がどうして個人と結びつくか、すなわち思い出深い場所となったり、住みやすい場所になるかです。私には、生まれ育った家の細部、家の周囲の景色、小学校からの帰り道などが、いまだに懐かしい「価値ある」場所です。それは、世間から比べると、ありふれた細々とした風景ですが、なぜか安心感をもたらします。そこを離れてもう30年以上が経つのですが。
谷村新司さんと加山雄三さんの歌「サライ」の3番の歌詞に、次のようなくだりがあります。
「若い日の父と母に 包まれて過ぎた やわらかな日々の暮らしを なぞりながら生きる。まぶた閉じれば 浮かぶ景色が 迷いながらいつか帰る愛のふるさと」。これなども、同じだと思います。ただしこれは暮らしぶりであって、場所と景色だけではありませんが。
風景や場所は、客観的な事実です。写真に撮れば、みんなに同じように見えます。しかし、そこに生きる人・生きた人にとっては、観光客や第三者とは違った意味を持ちます。経験を通じて、その空間は「意味ある場所」に変化するのです。
また、それは住民一般に広がると、住みやすい地域、あこがれの場所ともなります。もちろん、ある個人の体験や感覚と、住民一般の思いや考えとの間には、違いはありますが。桑子敏雄著「環境の哲学」(1999年、講談社学術文庫)なども、参考になります。
東京に家を建てて暮らしているのですが、ここはまだ、子どもの時のあの場所のような「親密さ」は生まれません。まあ、まだ日が浅いと言うこともありますが、人格形成期と熟年との感受性の差もあるのでしょう。
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2007.1.28
暮らしの場と暮らし方
書斎ではゆっくりできない?
本棚への収納
連休に分類した本を、まず4箱送ってもらいました。一つの棚に、30~40冊並びます。棚は奥行きが30cmあるので、前と奥に2冊並べることができます。これで2倍入ります。もっとも、後ろに並べた本は見えません。
次に、棚の高さは動かせるのですが、ひとまずそのままにすると、本の上に空間ができます。ここにも本を寝かせておくと、もう30~40冊入ります。こうなると、後ろに並べた本を取り出すのは、かなり難しくなります。しかもここまで載せると、棚板の中央が、本の重みで少したわんでいるように見えます。そんなことを言っておられないので、まずは並べる。何せ、あと20数箱来るんですから。空間を確保するために、ここでも泣く泣く「もう読むことはないだろう」という本を捨てる。
政治関係、歴史関係、文化人類学関係などなど、ひとまず大括りで放り込んでいます。並べると、「こんな本も買ったよな」というのが出てきます。最悪は、同じ本が2冊。とほほ。(5月14日)
娘が、「××に関する歴史の本、うちにある?」と尋ねました。「あるよ」と、本棚からいくつか選んで渡したあと、そうだと思い出しました。そして、古本屋に持って行く予定で廊下に積んであった本の山から、何冊か引き抜きました。うーん、悩ましいところです。(5月21日)
実家で整理した本を、連休明けから毎週、4箱ずつ3回にわたって届けてもらいました。棚に置いてあるよけいなものを片付けて空間を作り、順次並べています。せっかく送ってもらったのですが、入れる場所がないので、捨てる決心がつきます。自分の優柔不断さを嘆きつつ。2回目までは並べることができたのですが、3回目の分はこれから考えます。まだ、実家には、これ以上の分量が残っています。28日の日経新聞は、「古い本を捨てられない。蔵書整理の処方せん」を書いていました。「中高年男性の10人に1人は本の置き場に困っている」。(5月28日)
お盆休みの方も、多いと思います。私も、今日から夏休みを取ってます。原稿を一つ書き上げたので、昨日は書類の整理。書斎のテーブルに積み上げていた資料や新聞切り抜きを、たくさん捨てました。気を許すと、あっという間に増殖します。引き続き、今日は本の整理。5月に送ってもらったままになっていた4箱を、棚に並べました。汗だくです。(8月14日)
半年ほど前に、ある本に引用されていた、高橋哲雄著「二つの大聖堂のある町」 を探していました。ちくま学芸文庫なので、かつては、ちょっとした本屋には並んでいました。ところが、いざ探すと、どこに行っても見あたりません。インターネットで検索したら、品切れになっていたのです。「だから、気になったときには買っておかなけりゃ」と反省。先日、本を整理したら、ひょっこりと出てきました。うーん、買ってあったのだ。1990年代に、「読みたい」と思って買っては、読まずに放ってあった本がたくさんあることに気がつきました。ジョージ・オーウェルの評論とかも、出てきて。休み中なので、ゆっくりと読むことができます。すると、本の整理は進まず、他の仕事も進まず。だけど、これがお休みなのですよね。(8月18、19日)
昨日は、先週に引き続き、実家から本を送ってもらい、蔵書の整理。ひとまず、すべてを棚に並べ終えて、一段落。弟に報告したら、「まだ、倉庫に4箱残っていた」。ということで、ぬか喜びでした。でも、先は見えました。同時に、全部は並ばないということも。(9月17日)
実家からの蔵書の引き取りは、先週で完了。もっとも、すべてを本棚には収容できず、床に積み上がっています。それでも、一区切り着きました。これから、ぼちぼち並び替えます。