カテゴリーアーカイブ:旅行記

2024年イギリス旅行3

2024年9月27日   岡本全勝

2024年イギリス旅行2」の続きです。
今回は、伝統的な建築物と、田舎の風景を楽しむ企画でした。
若いときにロンドンで、テムズ川の支流で小さなボートで川下りをし、マナーハウス(領主の館)の芝生でビールを飲んだことがあります。もう一度、あのようなのんびりした経験をしてみたいと思っていました。できれば、ナロウボートで運河を巡るとか。原稿の締め切りに追われる生活と、私の性格では、無理ですね。

コッツウォルズのマナーハウス(Charingworth Manor House)は、都市型ではなく、田舎の領主の館でした。広々とした牧草地の中にあります。いつ頃まで邸宅として使われていたのでしょうか。いつ頃にホテルの改装したのでしょうか。よく保存されています。石造りの家は壁や柱は壊れずに保たれるのでしょうが、木造の家もよく残っていますよね。シェイクスピアの生家とか。
湖水地方のウインダミア湖のほとりにあるホテル(Lakeside Hotel Windermere)もよかったです。もっとも、継ぎ足しをして拡張したらしく、初日の部屋は広いのですがたどり着くまで長い廊下と階段の上り下りが大変で、翌日は部屋を変えてもらいました。

建物では、ウインザー城、バッキンガム宮殿、ロンドン塔、ウエストミンスター寺院を見学しました。これらの紹介は省きます。
ブレナム宮殿は、チャーチル首相の祖先が国王から拝領した建物で、臣下の建物なのに「宮殿」と呼ばれるようです。とんでもない大きさです。そして周囲に広がる敷地も。
チャーチル首相は、スペンサー・チャーチル家の次男の長男なので、相続権はありません。しかし、実家であるこの家で生まれました。チャーチル首相の生まれた部屋や展示室もあります。「チャーチルは身長が150センチだった」との表示がありました。インターネットで調べたら、いろいろありますが168センチくらいだったようです。へえ。

コッツウォルズや湖水地方で、なだらかな丘陵、広がる牧草地を、車窓や船の上から楽しみました。高速道路の両側に広がる牧草地では、ところどころで羊と牛と馬が草を食んでいました。高速道路をまたぐ跨道橋を、羊の群れが渡っているのも見ました。
改めて、イギリスは広いなあと感じます。日本の方が面積は広いのですが急峻で、なだらかな風景は少ないです。傾斜地でも水田を切り開いたの、棚田のような風景になります。それはそれで美しいですが。牧草地や小麦畑に比べ、水田が多くの人を支えたので人口密度が高く、イギリスのようにのんびりしていないのです。

もし私が中世のイギリスに生まれ変わったら、どんな生活をしていたのだろうと、想像してみました。農夫かな、羊かな・・・。「その4」に続く。

2024年イギリス旅行2

2024年9月23日   岡本全勝

2024年イギリス旅行1」の続きです。
いつものことながら、行った初めの数日は、時差に慣れるのに困ります。
観光地で歩く以外は、バスに乗っています。向こうの料理を食べていると、太ります。ふだんでも、若いときのようには食べたり飲んだりできなくなっているので、食事もお酒も控えめにしています。2日ほど辛抱すると、時差も気にならなくなりました。

食事について。
林望(リンボウ)先生に「イギリスはおいしい」の著作があり、私も楽しく読みましたが。今回、「これはおいしい」と思った料理は、なかったですねえ。肉料理、脂っこい、量が多い・・・。太りました。ビールはそれぞれのホテルや店が出すものを選びましたが、それなりにおいしかったです。
日本食がいかに繊細かが、わかります。向こうの料理は、一品(肉、たまに魚)がド~ンと大きく出て、少し添え物があるのですよね。味付けも濃くて単調だし。会席料理や幕の内弁当とは、全く違う世界です。野菜の煮付け、おひたし、煮魚なども。「単品大量、単純な味付け」対「少量多品種、多彩な味付け」でしょうか。専門家はもっと上手な表現をしているのでしょう。それを考えると、日本の主婦と主夫(家庭で料理を作る人)は偉大ですね。

ロンドンにいる知人に、夕食に連れて行ってもらいました。インド料理にしました。中華料理もおいしいとのことですが、それは日本でもよく食べているし。このインド料理は、よかったです。
フォートナム・アンド・メイソンのアフタヌーンティーを、記念に経験しました。味わうというより、雰囲気を楽しむのでしょうね。私は上着に、ネクタイをしていきました。でも、真っ赤なTシャツ・よれよれのジーパンのアジア人もいて、格式は・・・。

湖水地方で自由行動の昼に、何を食べようかと迷いました。すると、うどんを出す店がありました。「Udon Noodle」とあります。小さな店です。うどんも、きつねうどんや肉うどんなどがあり、ほかにカレーライス、牛丼などがありました。
現地の人がやっているようでしたが、味は日本と同等でした。うどんの玉は、どのように調達しているのでしょうか。ネギ、油揚、チンゲンサイも。お茶は、ほうじ茶がありました。
ベトナム人という若い店員が「味はどうか?」と聞くので、「私は日本から来たが、味は東京と同等だ」と褒めておきました。喜んでいました。観光客(アジア系でない)とおぼしき客が次々と来て、流行っていました。うどんは1杯、12ポンド~13ポンド。1ポンド200円で換算すると2500円ほどです。ロンドンには、丸亀製麺のほか、韓国系と英国系のチェーン店のうどん屋があるとのこと。

お金について。
円が安くなったことを実感します。物価は、日本の2倍ですね。
現金を使いません、というより使えません。有料トイレなども、タッチ式のクレジットカードです。食事でお酒を追加する際にも、バーカウンターに行って注文し支払おうとすると、「端末機にカードをかざせ」と言われます。
私のクレジットカードはまだそれに対応していないので、差し込んで暗証番号を入れます。何かと不便です。タッチ式のクレジットカードは、日本のスイカがどこの店でも使えると考えれば良いので、今後普及するでしょう。
地下鉄は、専用のカード(オイスター)です。タッチ式のクレジットカードが使えるとのことですが、専用のカードだと割引が大きいのです。
なので、両替していきましたが、使ったのはティップと硬貨が使えたトイレ(珍しい)くらいでした。紙幣は出番なし。「その3」に続く。

2024年イギリス旅行1

2024年9月21日   岡本全勝

9月12日から19日まで、キョーコさんのお供をして、イギリスに行ってきました。皆さんに読んでもらうような内容ではないのですが、備忘録として書いておきます。
今回もいわゆるパック旅行で、添乗員を入れて16人の旅でした。私たち夫婦を含め、ほぼ高齢者。行程が、高齢者向きですから。

今回の話題は、まずは飛行機から。行きは、アラスカ、グリーンランド上空を飛ぶ、北極圏を東回りです。13時間。ロシアの上を飛べないので。でも、去年の南回りより、早かったです。朝10時前に羽田を出発して、ロンドンヒースローには午後3時に着きました。帰りは、南回りで13時間半。ロンドンを夜の7時半に出て、羽田に夕方5時に着きました。時差は8時間です。
ビジネスクラス席が取れず、上級エコノミー席でした。座席は平らにはなりませんが、横幅と前後幅がそれなりに広くて、辛抱できました。一人50万円の差だから、仕方ないかな。

最低気温は6度の日もありましたが10度くらいで、最高気温は20度くらいでした。35度を超えている日本からは、想像がつきません。軽いコートを持って行き、寒い朝に使いました。去年9月初めに行ったスペインとも大違いです。帰ってきた日の羽田は、33度でした。
ヒースロー空港着陸時に大雨だったのですが、飛行機を降りるときには雨があがり、その後は天気にも恵まれました。湖水地方(ウィンダミア湖)では、午前中に雨の景色を見ることも。雨はこの日だけで、午後から晴れて遊覧船では景色を楽しむことができました。

行程は、ウインザー城、コッツウォルズ(バイブリー)、マナーハウス泊、ストラトフォード・アポン・エイボン、湖水地方、ブレナム宮殿、ロンドン市内(バッキンガム宮殿、大英博物館、ロンドン塔、ウエストミンスター寺院の内部見学)。
すべて、バスでの移動です。湖水地方以外はロンドンに近いのですが、湖水地方への往復が時間がかかります。「その2」に続く。

2023年スペイン旅行7

2023年9月24日   岡本全勝

2023年スペイン旅行6」の続きになります。

16世紀中頃から17世紀前半までの約80年間は「スペインの黄金時代」と言われますが、どうしてその後に没落したのか。歴史のあるいは政治の大きな主題です。
ヘンリー・ケイメン著『スペインの黄金時代 』(2009年、岩波書店)が本の山から発掘されたので、読んでいきました。かつて読んだ『リシュリューとオリバーレス―17世紀ヨーロッパの抗争』(邦訳1988年、岩波書店)は、内容を覚えていません。反省。現地の案内人も、いくつか説を教えてくれました。私の理解では、次の通り。

・全世界に領土を持ち、ヨーロッパでも各地に大きな領土を持っていたので「帝国」とよばれるが、実体はそんな強い国ではなかった。スペイン国内やヨーロッパでの領土は、それぞれ独自の国であって、国王が兼ねていたから帝国と見えたこと。自らは「帝国」とは名乗らなかった。
・国外の領土は、戦争で獲得したのではなく、婚姻によって手に入れたものであった。それらを強権的・統一的に支配し、徴税や徴兵を行えたわけではなかった。新大陸は、当初は植民地でもなかった。
・新大陸からの金銀がスペインの繁栄をもたらしたが、それは政府が抱えた多額の借金(戦争費用)の他国の金融機関への支払いに消えたこと。そして国内の産業振興に使われなかったこと。
・カタルーニャなどにおいて行政機構を整備することには成功したが、国内の農業や産業は、一部を除き振るわなかったこと。
・財政や金融を担っていたユダヤ人を追放したこと。

歴史の見方」。『スペイン帝国の興亡』(邦訳1982年、岩波書店)は、まだ机の上に眠ったままです。

2023年スペイン旅行6

2023年9月16日   岡本全勝

2023年スペイン旅行5」の続きです。

携帯パソコンは、便利でした。電子メールのやりとりです。便利というか、仕事が追いかけてきます。かつては、海外旅行期間中は音信不通になったのですが、今の時代に、それはかえって不安です。
私がパソコンで作業をするのはホテルでなので、ホテルのワイファイが仕えます。もう、LANケーブルやUSBなどでつなぐことはありませんね。キョーコさんがスマートフォンを持ち歩くので、スペインで使えるワイファイルーターを借りて持っていきました。これも、便利だったようです。

携帯電話は、1度だけ鳴りました。日本でも、めったに鳴らないのですが。「今スペインなので、急ぎでなかったら、電子メールに入れておいてください」と言って、早々と切りました。長々と話すと、かけてきた人の電話代がかさみますよね。

私はスマートフォンを持っていないのですが、特段困ることはありません。でも、世の中はどんどんスマートフォンを前提にした仕組みになっているようです。航空券の確認も博物館の入場券も、多くの人がスマートフォンの画面で二次元コード(二次元符号)をかざしていました。日本でも、そうなりつつあります。展覧会に行くときは、キョーコさんが前売り券を買って、スマートフォンで会場に入っています。

観光地では、多くの人がスマートフォンで写真撮影にいそしんでいました。写真機だったら面倒だったのでしょうが、スマートフォンならいつも持ち歩いているので気軽に写真を撮ることができるのでしょう。でも、実物をゆっくり見学せず、写真を撮ることに熱中しているようにも見えます。

パソコンでニュースの確認をしたり、機中で時間を持て余すので少し原稿を書いたりしました。もっとも遊びに行っているので、仕事には精を出しませんでした。旅行記は、帰国後にホームページに掲載するためのメモを書き留めていました。
ところが、途中でホームページの加筆ができなくなったのです。電子メールで、IT社長に連絡を取って調べてもらいましたが、異常なし。わからないままに帰国したら、日本ではちゃんと使えました。どのような規制に引っかかったのでしょうか。
それに関しては、ヤフー(プロ野球ニュース)は、EUでは見ることができませんでした。「サービス提供を停止しています」と表示が出ました。