投稿者アーカイブ:岡本全勝

連載「公共を創る」第88回

2021年7月30日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第88回「社会の課題の変化―格差と孤立問題解消に向けた新しい手法」が、発行されました。

連載第71回から、「社会の課題の変化」を説明しています。成熟社会となった日本では、発展途上時代とは違った社会のリスクが生まれました。第80回から前回まで、それらを格差と孤立の二つの視点で説明してきました。今回から、これらの不安に対し、私たちがどのように対応すればよいかを考えます。
新しい形態のリスクには、これまでの手法では支援が届かないなど効果が少なく、手法を変える必要があります。そしてそれは、手法の工夫にとどまらず、行政の在り方も根本的に変える必要があると、私は考えています。
もっとも、日本にとってこれらはこれまでにない問題ですが、その多くは先進諸国に共通した問題です。彼らもまた、試行錯誤しながら取り組んでいます。
あわせて、私がこのような問題に関心を持った経緯をお話します。

国立競技場、黄昏の時代の象徴

2021年7月30日   岡本全勝

7月23日の朝日新聞文化欄、「建築批評家、五十嵐太郎・東北大教授に聞く」「国立競技場、黄昏の時代の象徴」から。

・・・東京は、ニューヨークや上海など活気ある他のグローバルシティーに比べ、もうあまりイケていないと思う。なのに、日本や東京はまずいのではないか、と気づいていない点がまずい。そういう意味では、まだ絶望が足りないと感じます。
2度目の東京五輪に2度目の大阪万博。そして2度目の札幌五輪も目指されている。過去の成功モデルばかりで心配になります。
建築の分野でいえば、五輪というのは普段できないようなプロジェクトの背中を押す意味がある。1964年の五輪でいえば、丹下健三設計の国立代々木競技場だけでなく、芦原義信の駒沢体育館や山田守の日本武道館ができました。武道館はシンボリックで、今も愛される建築です。

今回は、有明体操競技場(江東区)や東京アクアティクスセンター(同)などができましたが、五輪だからこそできたという特別感がない。国立競技場も含めて木が多用されています。木を使えば日本的だと言われますが、木を建築に使う国は世界中にあって、日本だけではない。64年の五輪のころは、日本の伝統をどう現代建築で表現するかという本質的な「伝統論争」があったんですが、それに比べて議論のレベルが低い・・・

・・・厳しすぎるかもしれませんが、時代が経ったとき、競技場は日本の転換点、衰退の始まりを示すものと思われるかもしれません。
丹下の国立代々木競技場は日本の高度成長の象徴でした。今度の競技場は黄昏の時代の象徴になってしまったと感じています・・・

21世紀最初の20年、2

2021年7月29日   岡本全勝

「21世紀最初の20年」の続きです。
21世紀になってから、20年以上が経ちます。現在の日本を分析するには、バブル崩壊の1991年を起点にするのが良いと思いますが、今回は21世紀の20年を対象としましょう。国際問題は別の機会として、日本国内の変化を見てみましょう。

経済では、低成長が続いています。経済規模は、世界第2位から第3位へ。一人あたり所得は、トップクラスから20位以下へと転落。G7では、この間ずっと7位。非正規雇用は4割近くに。対策は打たれつつありますが、格差縮小はまだ目に見えて進んでいません。
政治では、省庁改革、小泉内閣、政権交代、民主党政権、安倍内閣、非自民政党の分裂がありました。この間の特徴は、政治主導の強化でしょうか。
消費税を5%から10%に引き上げましたが、財政赤字はさらに膨れあがっています。
人口は減少に転じました。少子高齢化は、相変わらず進んでいます。結婚しない若者が増え、一人暮らしも増加。自殺者は一時減少しましたが、増加に転じています。
女性の社会参加が増えました。非営利団体の活躍増加も挙げておきましょう。

インターネットが普及し、多くの人がスマートフォンを持つようになりました。反面、テレビを見る人や新聞を読む人が減りました。商品をネットで購入し、宅配で届けられることが増えました。
出来事としては、2011年の東日本大震災、その後続く大災害。2020年に日本にも広まった新型コロナウイルス感染症。
あなたとあなたの家族、そしてあなたの地域では、どのような変化がありましたか。
さて、次の20年はどのような姿になるでしょうか。私たちは、どのような国と社会をつくるのでしょうか。

明治維新では、黒船来航1853年から20年後は1873年、維新がなり、廃藩置県まで進んでいます。戊辰戦争1868年から明治憲法1889年まで満21年です。戦後改革では、1945年から20年後は1965年。東京オリンピックが1964年、ドイツを抜いて世界第2位の経済大国になるのが1968年です。

関西人は笑わすのが得意

2021年7月29日   岡本全勝

朝日新聞土曜日朝刊別刷りの投稿欄「いわせてもらお」、読者の身の回りの笑い話が載っています。毎週楽しみにしています。7月24日に、次のような投稿が載っていました。

・・・このコーナーを毎週楽しみに拝読していますが、投稿が採用されているのは関東以西の人ばかり。北陸や東北からの投稿はないのでしょうか。そんなわけはないから話題がないのか、文才がないのか。はたまた新聞が配達されていないのか。毎週悩んでおります。(新潟県村上市・北陸、東北勢がんばろう!・62歳)・・・

校閲さんに感謝

2021年7月28日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の執筆作業についてです。原稿を書く苦労、右筆たちの厳しい指摘は、何度もこのホームページで報告しています。今日は、その後の作業について説明しましょう。

原稿がひとかたまり書けたら、編集長に送ります。編集長は、それを適当な分量に切り分けて、1号ごとのゲラにしてくれます。だいたい紙面で3~4ページになるようにです。私のひとかたまりは、毎回、3~5回分の紙面に切り分けられます。
論旨の流れで、ちょうど切れればよいのですが、なかなかそうはいきません。時には節を入れ替えて、キリをよくすることもあるのですが、たいがいはそうも行かず、文章の流れの途中で、切れてしまいます。

編集長は、分割した毎号ごとに、3本目の表題を付けてくれます。その表題は「なりほどね」と思うことが多いです。時には、私の趣味で、変更をお願いすることもあります。
ゲラになると、読みにくいか所なども目につきます。私の原稿はワープロ(一太郎で作文、送る際にはワードに変換)なので、活字できれいなのですが、誌面の姿になると気づくこともあります。

さて、今日の本題は、その後の作業です。時事通信社の校閲担当者が、ゲラに手を入れてくれます。発行の1~2週間ほど前に、この作業があります。
てにをはの間違いから、事実の確認、読みやすい文章にと、これは神業です。毎回、驚くばかりです。事実の確認は、インターネットで便利になったとは言え、私の記憶間違いや思い違いを鋭く指摘されます。私と編集長が見落とした間違いを「打たれ」、反省と感謝を繰り返しています。
いつもありがとうございます。これなら、文章を推敲せず、雑な文章で送ってあとは校閲さんに任せる方が、よい文章になるかも(笑い)。

私の連載は、毎週木曜日、一月に3回程度の掲載です。なので、毎月、ひとかたまりの原稿を提出し、ほぼ毎週この校閲さんに打たれることのくり返しです。気の休まるときがないのです。
現在まで合計80回余り、2年にわたる連載を続けています。よく続いたものです。一度も締めきりに遅れたことがないのが自慢ですわ。