投稿者アーカイブ:岡本全勝

東京大学、岡本ゼミ同窓会

2025年12月13日   岡本全勝

東京大学教養学部(大学院と学部)に客員教授として出講していたとき(2002年度、2003年度)の学生たちが、私の叙勲のお祝いを兼ねて、同窓会を開いてくれました。12月13日、銀座の飲食店で、12人が参加です。連絡取れたのが15人、1人は海外で、14人参加予定のうち2人が急に参加できなくなったとのことです。

そのうち数人とは、その後も会っていたのですが、多くの人とはそれ以来です。20年以上が経つのですが、変わっていませんでした。みなさん、40歳を超え、それぞれに活躍しています。大学教授、公務員、企業や家業などと、さまざまです。頼もしいかぎりです。うれしいですね。

連載「公共を創る」第242回

2025年12月11日   岡本全勝

12月11日に、連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第242回「政府の役割の再定義ー反転攻勢に必要な縮小思考からの転換」が発行されました。
政治主導がうまくいっていない理由を議論しています。その一つは、1990年代に行われた政治改革・選挙制度改革の限界です。もう一つは、20世紀第4四半期の言論空間を支配した「新自由主義的改革」という思想です。

小さな政府論の成功が日本にもたらした最大の代償は、企業、行政、社会、国民に、縮み思考を植え付けたことかもしれません。官民を挙げた「縮小の思考」は社会の通念となり、合理化の目標を達成した後も、企業が新規事業へ挑戦することや、役所が新しい政策を企画することをためらわせました。日本経済が停滞している間に、ほかの先進国に置いていかれただけでなく、後発国にも追い抜かれました。国際化が進んだ自由主義経済においては、立ち止まればあっという間に周りが進んでいくのです。

ところが、そのような社会の雰囲気に染まらず、挑戦を続けた企業や人々もいたのです。その一つが、インターネット上の娯楽動画など「コンテンツ」と呼ばれるものです。コンテンツ産業の海外売上高は2023年で過去最高の5・8兆円。鉄鋼産業や半導体産業を上回っています。
個人でも、世界で活躍する日本人が増えています。その代表がスポーツの分野です。米国のプロ野球大リーグ(メジャーリーグ)での日本人選手の活躍は、大きなニュースになっています。ほかにも、男女のプロゴルフツアー、欧州でのプロサッカーリーグ、フィギュアスケートなどなど。かつては世界上位の選手には追い付けないと思われていた種目で活躍している選手が増えました。彼ら彼女らは、国内で勝つことに満足せず、また「できっこない」という固定観念に負けずに、世界で挑戦することを選びました。そして、実績を生んでいます。

ふくしま復興とSDGsを考える県民シンポジウム2025

2025年12月7日   岡本全勝

12月7日は、福島県の催し物「ふくしま復興とSDGsを考える県民シンポジウム2025」に行ってきました。場所は、Jヴィレッジです。

私の役割は、事例発表について意見を述べることです。
4人の方(女性3人、男性1人)は、被災地で起業しています。被災地出身の人も、外から移住した人もおられます。若くて(若いから)、企画力と実行力があり、頼もしいかぎりでした。大企業や役所のような、古くからある大きな組織には見られない力です。このような力が、新しい事業を興し、停滞を打ち破ってくれるのでしょう。困難もあるでしょうが、乗り越えていってほしいです。

福島県は総合計画にSDGsを取り入れています。これについては、連載「公共を創る」第244回(12月25日)で紹介しています。

マッセ大阪で講義

2025年11月28日   岡本全勝

11月28日は、マッセ大阪での講義に、大阪市に行ってきました。関西大学大学院と共催の「公共政策に関する特別セミナー」です。
私の講義は「2040年の市町村職員-確実性と不確実性-」です。林宏昭先生と相談の上、このような主題にしました。参加者に、現在と将来の課題を考えてもらうためです。 その後、3グループに分かれ、設定した議題について話し合いを行い、結果の発表とグループ間での質疑応答を行いました。
グループ討議は、初めて出会った職員たちですが、すぐに活発な議論になりました。

秀吉「夢のまた夢」

2025年11月27日   岡本全勝

露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことも 夢のまた夢

有名な、豊臣秀吉の辞世の句です。
初めて聞いたときは、意外に思いました。あの権力者、しかも貧農から自分の力と時の運で最高実力者にまで駆け上った人でも、このような気持ちになるのかとです。
最高実力者になったからこそ、このような句が詠めたということもあります。
もちろん、師匠が手を入れたのでしょうが。

61年の人生でした。
1598年の死後2年で、天下は大阪城の豊臣氏から、江戸城の徳川氏に移り、1615年には大阪城も滅びます。
もちろん、織田信長の遺業を継いで、天下統一を成し遂げた功績は不滅です。