投稿者アーカイブ:岡本全勝

最近の読書

2024年1月27日   岡本全勝

「最近、読んだ本の話が載りませんね」との指摘がありました。
そうですね。
一つには、読み終わった本が少ないことがあります。夜の異業種交流会があって、読書の時間が取れません。これは以前と同じ。また、本棚から見つけた昔に買った難しい本に挑戦したら、なかなか終わらないのです。

それでも読み終わった本はいくつかあるのですが、他人様に紹介する価値がないと判断したのが多いのです。新聞の書評面で見て面白そうだと思って買って読んだら、私の関心と外れていたとか。最近、それが多いのです。

紹介したいと考えている本もあるのですが、文章にすることに難渋しています。
なのに、またまた買い込んでしまい・・・。新聞切り抜きも、さまざまな分野のものが、貯まっていきます。
好奇心が止まるところを知りません。好奇心を制御できない「暴走族」かもしれません。

批判もする友人の意見を聞く

2024年1月27日   岡本全勝

1月10日の朝日新聞オピニオン欄、藤田早苗さんの「「人権のレンズ」持てる教育を」の続きです。

―日本の人権状況について、国連の人権機関や専門家から繰り返し、懸念が表明されたり、勧告が出されたりしてきました。
「驚くのは、日本政府は勧告にまったく耳を傾けようとしないことです。2021年に国会提出を断念した出入国管理法(入管法)改正案に対し、国連人権理事会の3人の特別報告者などが国際人権基準に照らした問題点を指摘したところ、当時の上川陽子法相が『一方的な見解で、抗議せざるを得ない』と反発しました。『クリティカル・フレンド』(批判もする友人)である特別報告者の勧告を無視して、国際社会で信頼と評価を得るのは難しいでしょう」

―「クリティカル・フレンド」とは何でしょう。
「相手のために耳の痛いことでも忠告してくれる友人という意味です。国連人権勧告は友人による建設的な忠告と受け止めるべきなのに日本政府はそれができない。部活動の先輩やコーチから的を射た忠告を受けたとき反論や無視をしますか。多くの国連加盟国は勧告に真摯に向き合い、建設的に対話を重ねています」

もっとも、まったく意見を聞かない国や人もいて、ひんしゅくを買っています。日本がそうなってはいけませんよね。

海外に増える和食店

2024年1月26日   岡本全勝

2023年の海外における日本食レストランは約18.7万店で、2021年の約15.9万店から2割増だそうです。農水省資料「海外における日本食レストランの概数」(2023年10月13日)

2006年には2.4万店でした。2013年に5.5万店、2017年に11.8万店、2019年に15.6万店と急速に増えています。地域別では、北米28,600店、欧州16,200店、アジア122,000店です。
フランス料理店や中華料理店は、世界にどれくらいあるのでしょうね。

人権と思いやりとは異なる

2024年1月26日   岡本全勝

1月10日の朝日新聞オピニオン欄「分断を超えるには」、藤田早苗さん(国際人権法研究者)の「「人権のレンズ」持てる教育を」から。

―貧困や差別など日本社会には見えない分断線が引かれている気がします。
「ふだん英国に住み、日本に来ると各地で大学での講義や一般の講演活動を続けています。昨年12月半ばにあった講演会にトランスジェンダーの方が来られ、私の書いた『武器としての国際人権』が支えになって『自分は生きていてもいいんだと思えるようになった』と言われました」
「別の講演会では、子どもの頃から『おまえなんか生まれてこなければよかった』と親に虐待されてきたという参加者がいて、こう言うんです。『自分には人権がある、人としての尊厳があるんだと初めて本で知り、助けられました』」

―追い込まれている人がたくさんいて、藤田さんの本を読み、励まされ、話を聞きに来ている、と。
「ショックでした。人権とは、一人ひとりをかけがえのない個人としてリスペクト(尊重)するということでしょう。日本ではそういう価値が十分根付いていないという問題があるようです。人権とは何かという基本が学校で教えられていないことが原因の一つだと考えています。優しさや思いやりを養うことがあたかも人権教育だという考えが根強く、人権の内容について教える本来の人権教育がなされていないことが問題の一つだと思います」

―どういうことでしょうか。
「私はこれを『優しさ・思いやりアプローチ』の教育と呼んでいます。思いやりの気持ちが向かうのはもっぱら、自分が仲間だと感じている人、助けたいと思える人でしょう。しかし、人権を持つという点では仲間であってもなくても同じです。だれにでも普遍的な人権があり、あらゆる人間の尊厳が大切にされるべきであるという視点が、このアプローチからは抜け落ちてしまいます」
「人権感覚が欠如すれば、自分と異質な人たちや偏見を抱く相手に対して、違う態度で接し、差別的な扱いをする傾向が生まれがちです。例えば、日本の入管の収容施設という閉ざされた空間では、外国人に対する暴行など人権侵害が繰り返されてきました。1960年代に法務省の高官が『(外国人は)煮て食おうと焼いて食おうと自由』と本で書き、国会で問題になりましたが、その意識が変わっていないのではないか、とさえ思えてきます」

「メディアの責任も大きい。例えば、弱者の問題を取りあげるとき、お涙ちょうだいではなく、人権という普遍的な基準に照らして何が問題かを伝える。政府が人権を保障する義務を果たしているのか、権力を監視するパブリック・ウォッチドッグとしての役割をもっと自覚すべきです」

連載「公共を創る」第175回

2024年1月25日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第175回「政府の役割の再定義ー官僚の職場を巡る課題─その解決に向けて」が、発行されました。成熟社会の官僚に必要とされる能力として、構想力を説明しています。

官僚には所管している政策の知識だけでなく、広い分野について日本の、そして世界の動向も踏まえることが求められます。特に幹部官僚は、特定の業界の発展やサービスの提供といった「部分最適」を超え、例えば省の所管政策を全体として考える「所管の全体最適」を考えなければなりませんが、それをも超え、所管政策もまたその一部である日本と世界のことを考える「大きな全体最適」の思考が必要となります。がむしゃらに所管政策を広げて「所管の全体最適」を確保したとしても、数十年の単位で見れば「大きな全体最適」になっていなかったこともありえます。
ただしこの問題の基本には、日本社会がどのような方向に進んで行くのか、将来の構想が必要です。各省と各局は、それに従って目標を考えるからです。将来の日本社会をどのようなものにするか。その構想は本来、首相をはじめとする政治家の役割です。

もう一つ、これからの官僚には、自らの人生を企画するという能力、あるいは意思が必要になることも挙げておきます。

官僚に求められるものの変化の次に、職場側の変化を議論します。若者に敬遠される職場をどのように改善するかです。その第一は、労働時間の短縮です。