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第26回国際学生シンポジウム・分科会L 地方自治

今日は、第26回国際学生シンポジウム・分科会L 地方自治に行ってきました。学生さんたちの自主ゼミで、私の役回りは助言役です。関東だけでなく関西の学生さんも参加し、1分科会20名ほどで、全体では200人だそうです。討議も活発で、みなさんよく勉強しています。感心しました。夜は9:30までです。明日もあります。

三位一体改革38

4日の朝日新聞も、知事アンケート結果を載せていました。「大半の知事が不満や批判を表明した」。不満の内容は、昨日書いたとおりです。評価できる点は、国と地方の協議の継続・税源移譲の実現・交付税総額確保などです。
あれほど隔たりがあった、政府(地方案)と与党が合意し、「双方五分五分」といわれるのですから、地方側は不満があるでしょう。
でも、これで終わったわけではありませんから、次に向かって頑張ればいいのです。分権は、一回の決定ですむような課題ではありません。仕掛けと手順が必要なのです。そのために、土俵も設定してあります。後は、盛り上がりを続けられるかどうかです。それは、地方団体側の努力にかかっています。観客も見ています。(12月4日)
4日の東京新聞も、全知事へのアンケート結果を載せていました。5日の産経新聞「紙面批評」は、「多角的に改革の検証を」を書いていました。「・・新聞は記事に・・という見出しを掲げたが、これでは、読者の目には国と地方、あるいは省庁同士が単に権限争いをしているように映ってしまうのではないだろうか」「マスコミが一件落着を許さず、ネチネチと報道し続けることが、改革の次のステップにつなげていくことになるのではないか」。同感です。(12月6日)
5日の読売新聞「政思万考」では、「地方の意見を聞くとは、幕末に老中阿部正弘が諸藩にペリーへの対応方法を求めたとき以来、なかったことだ」という話を紹介し、その後、幕府が滅びたことを書いていました。確かに、諸侯の意見を聞くのは、幕末開国をめぐって(1853年)以来のことですが、違う点もあります。
150年前は意見を求めたのに対し、今回は原案作成を依頼したこと。よって、前回はそれぞれ意見を出したのに対し、今回は意見をまとめたことです。今回はそれだけに、地方の対応は、すごいことなのです。
従来型の統治システムが限界に来ているという点は、類似しているように思えます。幕府も現在の日本政府も、有能な官僚をそろえながら、改革できないという点も。その後、日本が新しい時代に適応できるように「脱皮」するかどうかは、その後の政治にかかっています。明治国家は、それを成し遂げましたが。
諸侯に意見を聞いたことで、幕府の権威が落ち、政治秩序が流動化しました。今回「地方に原案作成を依頼したこと」が、新しい政治構造を作る動きへと「うねりが高まる」かどうか、これは関係者の動きにかかっています。(12月6日)
7日の産経新聞「正論」は、「教育の地方分権化が馴れ合い行政防ぐ」を主張していました。朝日新聞は文科省「補助金減でも国の権限維持」を書いていました。三位一体改革が、お金の奪い合いにとどまらないことが、よく見えます。(12月7日)
8日の朝日新聞「私の視点」は「補助金改革、地方の発想生かす運用を」を載せていました。また、日本経済新聞は、小泉総理が、「地方の意見を聞くのは幕末黒船以来のこと」と自賛しておられると伝えています。150年ぶりのことです。(12月8日)
麻生総務大臣の最新コラムは、「分権への開国-三位一体改革の全体像の取りまとめを終えて-」です。(12月9日)
【増税?】
来年度の税制改正が、与党でまとまりました。新聞では、「増税」「家計に負担の増」と書かれています。確かに「来年度の国民には負担の増」となりますが、この表現では一面しか伝えていません。
まず、今回の主な部分は、定率減税の廃止です。これは「減税の廃止」です。その意味では、「増税」ではありません。この半世紀間、日本が本格的増税をしたことがないことについては、拙著「新地方自治入門」p299をご覧ください。
次に、総理も発言しておられるように、この減税をした分は、赤字国債・赤字地方債で埋めています。即ち、将来の国民=子供や孫たちに負担させています。来年の国民への「増税」は、国債や地方債を減らします。それは、国債等の償還金の減=将来の国民にとって「減税」になります。もっとも、将来の国民からすると、「そもそも負担しなくてもよい、親父たちの借金の返済」が減るのですから、当たり前のことです。
この「減税廃止」をしても、なお多額の国債を発行し、将来の子供たちに送りつけているのです。現在の政治では、「将来の国民の声」が反映されません。もし彼らが発言したら、「もっと増税せよ」と言うでしょう。「自分たちの世代の受益は自分たちで負担せよ。子や孫に負担を送るな」と。このように「世代間の公平」が無視されています。その意味では、私たちの世代は「とんでもないこと」を続けています(前掲拙著p115)。
本当の増税は、赤字国債を発行しなくても良いようにすることです。(12月16日)

関西大学林宏昭教授の授業への出講

今日は、関西大学林宏昭教授の授業へ行ってきました。毎年呼んでもらっているのですが、今年は国会のないこの時期にしてもらいました。学生さんに、三位一体改革を説明するのは難しいですね。

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国庫補助金を地方税に変えると、どんな利点があるのか、その代わり市町村はどんな責任が生じるのか。これについては、「給食とレストランの違い」「制服と自分で服を選ぶことの違い」の例でお話ししました。
国庫補助金廃止に、なぜ各省が反対するかについては、「レタスをいったん築地市場に運ぶのと、地産地消の違い」で説明しました。わかっていただけたでしょうか。
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なんと、玉岡雅之神戸大学助教授が学生さんを連れて、また田中宏樹同志社大学助教授も聞きに来てくださいました。本業にさえ差し支えなければ、もっと出かけるのですが・・。

三位一体改革その5

将来予測
2004年度の地方財政計画・地方交付税は抑制型でした。しかし、まだまだ日本の国家財政と地方財政は、大幅な赤字です。増税をしない限り、歳出削減は続きます。
関係者の心配は、「今年は、基金を取り崩したりして予算が組めたが、これから先どうなるのだろう」「三位一体はまだ2年間続くが、来年・再来年はどうなるのか」ということだろうと思います。
量的削減
「交付税は、この先いくら減るか?」という質問をよく受けます。それを決めるのは、内閣であり国会です。しかし、借金をしないようにするならば、交付税と臨財債は半分にまで減らす必要があります。
16年度は、交付税の実力(法定5税分)は11兆円です。一方、交付税総額は17兆円、これに地方特例交付金1兆円、臨時財政対策債4兆円を足すと、22兆円を配っています。差額は、国と地方の借金です。借金をしないとするなら、交付税などの配分額を半分にするか、増税するかしかないのです。
この点については、拙著「新地方自治入門」第5章をご覧ください。
質的削減
では、何でもかんでも削減するか、というと、そうではないでしょう。私は、次のように考えます。
①国家が守るもの
赤字国債を出してでも、国家が地方交付税や国庫負担金で財源保障するもの、しなければならないものがあります。それは、基礎的教育・保育・生活保護・介護・医療などの福祉・衛生・消防・警察です。
これらの「基本的部分」は、最後まで国家が責任を持つでしょう。もっとも、自治体が自らの負担でサービスの上乗せをすることは自由です。
②地方団体が「自由に」
逆に、国家が責任を持たない可能性のあるものは、次のようなものでしょう。公共事業・地域振興・産業振興・総務管理費・議会費などです。これらは、一定部分は国が財源保障をするとしても、多くは「各自治体が自らの財源でやって下さい」ということになるでしょう。
負担と選択
地方自治・分権とは、地域が自らの負担で自らのサービスを考えることです。「お金が足らないのは国のせいだ」と言っている限りは、自治とは言わないのでしょう。
私の説について、「冷たい」という意見が寄せられています。そうでしょうか?これまで通りに交付税を配分しようとするなら、増税か借金しかありません。「歳出カットはいや」、「交付税を減らすな」「臨財債をこれまで通りに」とおっしゃるなら、あわせて、
①増税しよう、か
②子や孫に大きな借金を残そう
のいずれかも合わせて主張して下さい。
景気回復では、この収支不足を埋められないことは、拙著に書いてあります。(2月12日)