JR東日本のIC乗車券「スイカ」が、10年を迎えるそうです。最初は鉄道の定期券でしたが、その後、電子マネーの機能が付きました。現在では3,700万枚が発行されています。ということは、日本人の3割が持っていることになります。関東圏に人口の3割が住んでいることを考えれば、そうなのかとも思いますが。
便利なものですね。かつての接触式カードの定期券は、定期券入れからいちいち取り出して、改札機に通す必要がありました。いまは、定期券入れで触れるだけです。駅の売店でペットボトルや新聞を買う時も、小銭はいりません。町のコンビニでも、使えるところが増えています。もちろん、別の電子マネーである、エディなどもあります。最近は、小銭入れを出すことも減りました。1円玉の発行枚数も、減っているそうです。
数年前、コンビニやスーパーのレジを素早くするために、10円以下は計算しなくて良いようにしようと、勉強したことがあります。外国では、おつりの代わりに、キャンディをくれるところもあるとのことです。電子マネーやクレジットカードの普及で、コンビニのレジも早くなりました。
投稿者アーカイブ:岡本全勝
企業の方への講演
今日は、六本木ヒルズで、港区主催の「企業と環境展」のオープニングセッションの講演をしてきました。今日の参加者は企業の方が多いので、今回の大震災に際し、企業にたくさんの支援を受けたこと、また地域の復興には企業活動の再開が必要であることを、お話ししてきました。
被災直後は、道路や上下水道、電力や通信といった公共インフラとともに、ガソリンスタンド、コンビニ、宅配便といったサービスが重要だったこともお話ししました。
阪神淡路大震災では、ボランティアが活躍し、ボランティア元年といわれました。今回の大震災では、ボランティア活動とともに、企業の貢献が大きかったです。それは、近年、企業の社会的責任、CSRという概念が広がったからだと思います。阪神淡路大震災の当時は、それほど広がっていなかったのだそうです。
今日も、国会や各省との協議等、忙しかったのですが、その合間を縫って、行くことができました。六本木ヒルズの49階は、眺めが良く、東京の都心だけでなく、富士山まで見えました。
福島県との協議会幹事会
今日は、福島県庁で、国と県との協議会幹事会でした。津波被災地は片付けを終え、復興へと進んでいます。しかし、福島県にあっては、原発事故はまだ終息せず、避難対象区域には戻ることができません。県全体が風評被害に遭っています。放射性物質の除染も必要です。
県からは、原発事故特有の被害からの復興についての、特別立法を要望されています。今日は、それらの議論をしてきました。
世界金融・経済危機とG20の試み
藤井彰夫著『G20 先進国・新興国のパワーゲーム』(2011年、日本経済新聞出版社)が、勉強になりました。
2008年、リーマン・ショック後の世界金融・経済危機に対処するため、G20首脳会議が開かれるようになりました。この本は、G20を軸に、先進国と新興国の、経済と金融秩序を巡るせめぎ合い、イニシアティブの争奪を描いたものです。世界経済や金融についてのニュース、さらに各国の首脳会談のニュースは、断片的にマスコミで伝えられますが、それがどのような流れの中にあるのか。このように、近過去の出来事を、構図の中で解説してくれる本は、役に立ちます。
世界政府がなく、国際連合も十分に機能しない。しかし経済や金融は国境を越えて動き、危機は国家単位では押さえられない。これが現状です。それに対し、どのような仕組み、機構を作って対処するか。G20は条約や決まりもない、任意の集まりです。運用次第で、機能し、また機能しません。これが、歴史と政治のダイナミクスなのでしょう。そしてその役割は、あとで歴史となって理解されるのでしょうね。
リーマン・ショックによる世界金融・経済危機は、2008年9月麻生政権が発足して直ちに直面した、大きな課題でした。まずは、それに忙殺されました。日本が、資金繰りに困る各国を支援するため、IMFに1,000億ドルを融資することを、各国に先駆けて表明しました。各国からは大きな評価を得たのですが、国内ではその意味が理解されませんでした。官邸での総理記者会見でも、官邸詰めの記者さんは政治部が多く、質問も出ませんでした。
国連総会やその場を利用した各国首脳との会談、ASEMやAPEC、G20、日中韓首脳会議と、立て続けに国際会議や首脳会談がありました。世界第2位(当時)の経済大国日本への期待の大きさを、肌で感じました。日本が景気刺激のために超大型の財政出動をするので、各国にも付き合ってもらうべく説得すること、大恐慌の轍を踏まないように保護主義を取らないことの説得など。これが世界の経済危機を救う仕事だと、実感しました。
総理秘書官室の担当は、財務省出身、国際金融のプロである浅川秘書官(副財務官)でした。ニューヨーク、北京、リマ、ワシントン、ロンドンと、総理のお供をして、政府専用機で往復しました。ほとんど寝ることもできず。
2008年の世界金融・経済危機は、欧米の金融機関・金融市場が震源地でしたが、今回2011年の世界金融・経済危機は、南欧の国家財政が震源地です。このような危機を克服し、世界の統治の技術、国際機構は進化するのでしょう。
行政の失敗と政策の転換
11月12日の朝日新聞夕刊「昭和史再訪」は、昭和52年(1977年)2月26日の、知床100平方メートル運動開始でした。
知床の乱開発への危機感を持った町長が、離農者8人の所有する120ヘクタールの土地を、どのように「買い取るか」から始まります。町の財源では無理、北海道も国も援助してくれない。そこで思いついたのが、全国の人に分譲する=寄付金を募ることです。これには、イギリスのナショナルトラスト運動が、参考になりました。
私が紹介したいのは、このあとです。1986年に林野庁北見営林支局は、この土地に隣接する国有林の6%、1万本を切る計画を打ち出します。これに対して、運動参加者から抗議が殺到しました。翌年4月には町長選挙があり、この問題が争点になります。選挙の12日前に、北見営林支局は、まず530本を伐採。「これで風向きが変わり」、伐採賛成の現職町長が負け、反対派が当選しました。
これを機に、林野庁は林野行政を大転換し、国有林を切って売る方針から、伐採を認めない保護地域をつくることになります。それが、後に世界遺産の知床、白神山地になります。
当時の林野庁課長補佐の証言も載っています。記事をご覧ください。