投稿者アーカイブ:岡本全勝

旧約聖書はどのようにしてできたか

2014年12月21日   岡本全勝

山我哲雄著『聖書時代史旧約篇』(2003年、岩波現代文庫)が、勉強になりました。旧約聖書は、古代イスラエル・ユダヤ民族の歴史を記録したものです。しかし、それは現代で言う「歴史の記録」ではありません。
・・旧約聖書の歴史書の多くは、部分的に古い伝承や資料を用いているものの、語られる出来事よりもかなり後になってからまとめられたものであり、起こったと信じられている出来事や経過についての後代の信念と解釈を伝えるものなのである・・
・・古代イスラエル人にとって歴史とは、神によって動かされるものであり、神の意志、神の行為の展開する舞台であった。例えば出エジプトという出来事は彼らにとって、神による救いの歴史、すなわち「救済史」に他ならず、王国滅亡とバビロン捕囚という破局に向かう歴史は、イスラエルの度重なる契約違反の罪とそれに対する神の審判の歴史、すなわち「災いの歴史」=「反救済史」を意味するものであった・・
神話と歴史の混合です。口承伝説が、後に書物としてまとめられました。その際には、事実の記録ではなく、信仰の拠り所という意図からまとめられています。この本をはじめ聖書時代学は、発掘結果や他の資料(古代エジプト)などから、何が事実であったか、どのようにして聖書が成立したかを研究しています。
それにしても、紀元前12世紀ごろからの(部分的な)史実を伝えているとは、驚きです。周辺にたくさんの民族があったのに、ユダヤ民族だけが連綿と伝えました。王の名前が次々に出てきて混乱しますが、ダビテ王が紀元前1千年頃で、その後中断をはさんで紀元前1世紀まで続くのですから、当然ですよね。
この後、国家としては滅亡し、世界に散らばることになります。しかし、旧約聖書は生き残ります。また、ユダヤ民族は続きます。その大きな要因が、旧約聖書とユダヤ教です。民族を民族として団結させる要素を持っていたのでしょう。中国でも古い記録が残り、しかも民族が入れ替わっても伝えられたことも、すごいことですが。
この本には続編があります。佐藤研著『聖書時代史新約篇』(2003年、岩波現代文庫)。これから挑戦します。かつてジョン・リッチズ著『1冊でわかる聖書』(邦訳2004年、岩波書店)を読みましたが、すっかり忘れてしまいました。「また、変わった本を読んでますねえ」と、F君に笑われそうです。

商店街の再建

2014年12月20日   岡本全勝

12月19日の朝日新聞朝刊に「女川の被災商店街再生を補助 復興庁が計画認定へ」という記事が載りました。宮城県女川町は、町の中心部が全て津波で流されました。復興するに当たり、駅を中心にしてコンパクトなまちをつくる計画を立てています。商店街も駅前に集約します。復興庁も参加して計画を作り、補助事業などで支援します。高台移転や土地をかさ上げして町を造り替える場合は、商店街を再建することが課題です。他の町でも、計画づくりを急いでいます。

週末の書類整理

2014年12月20日   岡本全勝

今日は、ゆっくりと職場へ。木金曜と出張したので、机の上には資料がたくさん並び、電子メールもたくさん来ていました。急ぎの仕事は、携帯メールで済ませていたのですが。パソコンを立ち上げて、電子メールの「未読欄」に百数十通の表示が出ると、やや元気がなくなります(苦笑)。しかし、これを月曜の朝にすることを考えれば、週末に片付ける意義は大きいです。
まずすることは、読んだら済む資料・電子メールと、返事を書いたり対応を考える資料・メールに振り分けることです。そして、今日半日の時間配分を考えます。電子メールを出したら、すぐさま返事をくれる外部の方も何人かおられました。自宅で見てくださったのでしょうね。
民間ビルなので暖房が入って、その点では過ごしやすいです。職員も何人か出勤して、仕事をしていました。全ては片付きませんでしたが、雨も降っているので、早めに帰宅しました。明日は、年賀状書きにいそしみましょう。

経団連会長の福島視察

2014年12月19日   岡本全勝

12月18日19日と、経団連会長の福島被災地視察に同行しました。東京電力第一原発(正確には元原発でしょうか)にも、久しぶりに行ってきました。原発内では、汚染水との戦い、放射線量の高いか所での作業など、困難な仕事が続いています。被災地域では、帰還に向けた除染やインフラ整備も進み、また操業を再開した企業など、元気な動きも始まっています。
年末の忙しい時期にもかかわらず、榊原会長をはじめ幹部の方々が、参加してくださいました。経済界のリーダーに現場の実情を理解していただく、貴重な機会です。ありがとうございました。

生き方に貴賎はある

2014年12月17日   岡本全勝

今日も鉄道の話で、すみません。帰りの地下鉄です。途中の駅で、小学校低学年とおぼしき子どもが乗ってきて、空いている席に座りました。お父さんが直ちに「そこは座ってはいけない・・・」と注意しました。男の子は不満そうでしたが、立ちました。そうでしょうね。そこは座席の色が違う優先座席だけど、周りには元気なお兄さんやお姉さんたちが座っていて、漫画を読んだりスマホをいじったりしているのですから。
かつて、「職業に貴賎はないが、生き様には貴賎はある」と教えられました。いずれ、私も優先座席にはお世話になるでしょうが、まだ座りたくはありません。また、私は携帯電話をオンにしているので、優先座席には近づかないことにしています。