投稿者アーカイブ:岡本全勝

福井ひとし氏の公文書徘徊

2025年4月4日   岡本全勝

アジア時報』4月号に、福井ひとし氏の「連載 一片の冰心、玉壺にありや?――公文書界隈を徘徊する」の第1回「一五〇年に一度だけ、摂政設置の詔(御署名原本周辺)」が載りました。詳しくは、記事を読んでいただくとして。

「一片の冰心、玉壺にありや」とは、難しい表現ですが、唐の王昌齢の詩に基づいた言葉だそうです。唐詩と公文書の関係は、本文を見てください。筆者の学識と意図がわかります。

今回の話は、1921年(大正10年)に書かれた「摂政設置」の公文書を扱っています。大正天皇がご病気になられ、皇太子(後の昭和天皇)が摂政になります。では、その決定は、どのようになされるのか。大正天皇が御病気で指名・署名できない(できないから摂政を置くんです)となると、皇太子が行いますが、すると自分で自分を摂政に任ずることになります。ほんとにそれでいいのか。法的な根拠は? 筆者だけでなく、当時のやんごとない人たちも心配していたようです。牧野宮内大臣たちはどう説明するのか。
今回は、それだけでなく、もう一つの事件が絡んできます。摂政設置準備を進めていた原敬首相が、突然暗殺されるのです。摂政設置作業はどうなってしまうのか。
二つが絡むので、この文章は難しいですが、それなりにスリリングです。お楽しみください。

最後に、略歴が載っています。現在は国立公文書館首席研究官です。「役人時代、国会予算委員会で答弁、総理と米大統領を先導、両憲法の原本と毎日一緒に暮らしている、のが人生三大レガシー」とのことです。
挿絵も、本人が書いているとのことです。

14歳で83.2%が近視

2025年4月4日   岡本全勝

3月19日の朝日新聞に「子どもの近視、発症率8歳ピーク 14歳で83.2%が近視、進んだ若年化」が載っていました。
・・・研究グループは、国が管理するレセプト情報などに関する全国規模のデータベースを活用し、2014~20年の間で0~14歳児での近視・強度近視の登録数を調べ、有病率と年間発症率を分析した。
その結果、20年10月1日時点で近視(強度近視も含む)と診断された0~14歳児は約550万人で、有病率は36・8%。近視の有病率は年齢とともに蓄積していき、14歳では83・2%まで上がった。性別で見ると、女児の有病率が男児より高い傾向だった。
年齢ごとの近視の新規発症率は8歳が最も高く、20年では1万人あたり911人。3~8歳の各年齢での発症率は14年から20年にかけて増加傾向だった・・・

・・・田村寛・京大国際高等教育院教授は「近視の原因としては7割が遺伝的要因で3割が生活習慣など環境要因とみられてきた。子どもたちの生活の中で屋外での遊びが減る一方、デジタル機器を使ったゲームや勉強などの手元の作業が増えた結果、近視になるのが若年化した可能性もある」と指摘する・・・

中学で8割とは驚きです。
子どもがスマホを長時間見るようになると、近視は進むでしょうね。猫背も。

連載「公共を創る」第218回

2025年4月3日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第218回「政府の役割の再定義ー政策の大転換に必要な党内の支持確保」が、発行されました。

首相や各省が考えた政策が、与党の抵抗によって進まない場合があることを説明しています。その原因は、内閣の政策決定過程が政府に一元化されず、与党にも政策決定の仕組みがあり、与党事前審査を通る必要があるからです。
それを打破しようと挑戦したのが、小泉純一郎首相でした。「自民党をぶっ壊す」と唱えて総裁選に勝ち、それまでの自民党の政策を変える改革を進め、その際には党内の反対も押し切りました。経済財政諮問会議での議論と決定は、与党との調整なしに進められることが多かったのです。その頂点が、郵政民営化です。

このような政府・与党二元制や与党事前審査制度は、日本独特のようです。国会での審議を空洞化するような仕組みですから、議会制民主主義の思想からは理解しにくいでしょう。
この問題を解消するため、旧民主党は、政府・与党の一元化を目指しました。選挙や国会対策を指揮する幹事長と、政策責任者の政調会長を入閣させ、「政府・与党一元化」を目指しました。もっとも、すべてが実行されたわけではなく、また実行しても直ちに所期の効果を発揮したわけではありません。

各府省が作った法案を国会に提出できないことが起きる原因は、与党事前審査とともに、与党各機関での決定に全員の賛成を要するという「全会一致」という慣例です。

尾身茂さん、感染症規制と社会活動

2025年4月3日   岡本全勝

日経新聞「私の履歴書」、尾身茂さんの第26回(3月27日)「オミクロン株」から。
・・・2021年12月、これまでと比べて致死率は低いものの伝播力の強いオミクロン株が出現した。22年に入ると瞬く間に広がり、私たちはこれまでとは異なる感染症だと感じるようになった。
感染症対策重視の「強い対策」から、オミクロン株に合った「弾力的対応」にどう移行すべきか、議論を始めた。
ちょうどその頃、まん延防止等重点措置の適用を巡って分科会メンバーの一人で経済学者の大竹文雄氏から異論がでるようになった。
コロナの致死率がかなり低くなってきているので「まん延防止」の発出条件を満たしていないのではないかとの意見だった。これ自体、的を射た指摘だった・・・

・・・社会生活を少しずつ元に戻すという議論は、社会活動再開に伴う死亡者などの犠牲をどこまで許容するかという価値観の問題につながる。科学的分析ではその問いには答えられない。最後は選挙で選ばれた政治家が決めるべきだとの考えが分科会の総意だった。
このため、4月27日の分科会では、感染症対策と社会経済活動の重点の置き方によって、4つの選択肢を政府に示し、その後の分科会でさらに議論を深め、最終的に政府が決定することを求めた。
ところが政府は、選択肢だけを示されても困る、専門家で1つに絞り込んでほしい、と言ってきた。
私たち専門家は、感染症法上の位置づけを「2類相当」から「5類」に移行する、社会全体にとって極めて大事な「出口戦略」こそ、経済専門家、自治体などが参加する分科会でしっかり議論すべきだと思っていた。

1カ月かけて練り上げた「オミクロン株に合った弾力的な対応」とスムーズな「平時への移行」について、7月14日に開かれた分科会で議論しようと考えたが、政府は応じなかった。
どうしてこのような「距離感」が出てきたのか。オミクロン株以前は、感染症対策に軸足が置かれていたため、専門家が政策作成において中心的な役割を担ってきたが、社会・経済を回す時期になってきたので、これからは政治家がリーダーシップを取るべきだと政府は考えたと思う。
しかし同時に、参議院選挙が間近になっていたこの時期、社会全体が高い関心を示すこのテーマに、政府主導で決断した場合の影響も考えたのかもしれない・・・
・・・政府は23年1月27日、大型連休明けの5月8日から「5類」に移行することをようやく決定した・・・

「首長たちの戦いに学ぶ 災害緊急対応 100日の知恵」

2025年4月2日   岡本全勝

出版社「ぎょうせい」から「首長たちの戦いに学ぶ災害緊急対応100日の知恵」が出版されました。宣伝には、次のように書かれています。
「7つの大規模災害において、最前線で災害対応にあたった13人の現役首長をはじめ、国や関係団体、民間企業、NPO等による支援など、関係者の経験と知恵を集約!」

能登半島地震、新潟県中越地震、東日本大震災、熊本地震、平成26年8月豪雨、平成30年7月豪雨、令和4年8月豪雨災害を経験した市長や町長たちです。
大きな自然災害は、毎年日本各地で起きています。しかし、各地域、そして各首長にとっては初めての経験が多いです。不十分な情報、職員も役場も被災しています。その中で急がなければならない決断、重い任務です。

それは、事前に想定していることと違うことも多いのです。他の市町村長、そして役場幹部に役に立つ本だと思います。
そう思って、推薦の言葉を書きました。