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美術館巡り

先週は、3連休がありました。久しぶりに、美術館巡りをしました(あっという間に、1週間が経ちました。その日に書いておかないと、古くなります。反省)。
まずは、日本橋へ。福島県のアンテナショップ「ミデッテ」に寄ったら、古い友人とばったり。福島県の売り子に徹して、商品を勧めました。彼は最初、私に気づかず、「何で、黒い中折れ帽をかぶったおじさんが、商品を売っているのだろう」と思ったそうです。しかも関西弁で、福島の商品を説明するのですから(苦笑)。
三井記念美術館では、「雪と月と花展」。国宝「雪松図屏風」(円山応挙筆)が鎮座まします。これを飾ってある室は、この国宝を展示するために、設計されているのだそうです。部屋に入ると正面一杯に、屏風が見えるのです。もっとも、私たちが見に行く時は観客がいっぱいで、かつガラスに近寄って細部を観察している客もおられるので、全体をきれいに眺めることはできません。
お隣の日本橋三越では、「東山魁夷 わが愛しのコレクション展」。作品もよかったですが、画伯が使っておられた絵の具の数がすごかったです。少しずつ違う色の岩絵の具が、ガラスビンに入ってびっしり並んでいます。プロは違うなと、思わせます。
翌日は職場から、根津美術館へ。「動物礼讃。大英博物館から双羊尊がやってきた」。表題の尊のほか、泉屋博古館蔵「虎卣」も久しぶりにご対面。私の書斎の机には、このミニチュアの文鎮が飾ってあります。でも、この意匠は何なのでしょう。
根津美術館の「饕餮文方盉」3つも大きくて、いつ見ても存在感があります。殷王朝の宮廷では、これら青銅器がどのように使われていたのでしょうね。当時は青く錆びてなく、金色だったはずです。こんなにたくさん酒器ばかり作って、どのように酒を飲んでいたのでしょう。
根津美術館のもう一つの魅力は、庭園です。これが都心にあるのかと思うくらいの、静かな森です。庭園マップについているカメラマークをクリックして、風景をご覧ください。特に番号やアルファベットの振っていないカメラマークが、景色を楽しむことができます。敷地の割にはたくさんの茶室と石像物などを並べてあって、そこが少し興ざめですが。
そこから、美術館通りを歩いて、山種美術館へ。「東山魁夷と日本の四季」へ。満足して帰りました。期間が終わりに近づいている展覧会もあります。お早めにどうぞ。

各国の国民性、問題が起きたら

孫引きで申し訳ありません。笹川陽平・日本財団会長のブログ(1月16日)に、石弘之さんの年賀状が紹介されていました。石先生は、先日紹介した『感染症の世界史』の著者です。実はこの本も、このブログで知ったのです。
・・昨年も世界ではさまざまな問題がありました。問題が発生したら、各国はどんな対処をしたでしょうか?
アメリカ コンサルタントと弁護士を雇う
フランス 大議論のあげく問題がさらに深刻化する
ドイツ  すべてオッシー(旧東ドイツ人)のせいにする
ロシア  関係者全員を逮捕する
スイス  国民投票にかける
スウェーデン  イケアのサポートデスクに電話する
ギリシャ  政府も企業も商店も全部閉鎖する
中国  わが国にはそのような問題は存在しないと声明を発表する
韓国  日本に抗議する
日本  第三者委員会を組織する
さて、ことしはどんな「第三者委員会」ができるのでしょうか・・

これには、笑いました。この手の笑い話は、いくつかあります。有名なのは、あることを調べる場合とか、船が遭難した際に救命ボートが不足した時の対処の仕方とか。各国の国民性を端的にとらえて、クスッとさせます。前者の場合、日本人は「他国の研究を調べる」であり、後者は「皆さん飛び込んでいますと呼びかけると、日本人は海に飛び込む」というのがオチです。
ところで、今回の問題発生時の対処についてですが、なかなか的を射ていますね。このホームページでも、先日、朝日新聞の第三者委員会を批判しました。すると、あまり笑えない小話です。

福島県視察、進んでいる住宅再建

今日15日は、復興大臣のお供をして、福島県新地町相馬市を視察しました。浜通の北、宮城県境にあります。放射能汚染は免れたのですが、津波で大きな被害を受けました。
町長と市長のリーダーシップの下、順調に復興事業が進んでいます。防災集団移転事業と災害公営住宅建設は、この3月ですべて完了します(相馬市の場合)。新しくできた住宅団地では、まだ工事中の住宅もありますが、たくさんの住宅がきれいにできあがり、洗濯物が干してありました。相馬市では、市長のアイデアによる「井戸端長屋」も見てきました(私は、何度も視察してますが。久しぶりだったので、市長からは「最近来ないね」と笑われました。すみません、いろいろと忙しいので)。新地町では、避難者の65%の方が、この正月を自宅で迎えることができたとのことです。新しく作るJR新地駅前の区画整理事業が残っていますが、それ以外は完成です。
このように、早いところでは、住宅再建が終わりつつあります。防潮堤や道路など、まだ工事が残っている部分もありますが。被災者にとって一番待ち望まれるのは住宅ですから、これが完成するのはうれしいですね。しかし、次に、高齢者の見守りや、新しいコミュニティ作りが、課題になっています。これは、お金を出して業者に委託できるものではないので、難しいです。必要なのは「人」です。

夜の残業をやめて早朝出勤へ

毎日残業をしている皆さんへ。1月14日の朝日新聞朝刊「(けいざい新話)仕事は8時まで!:1 商社マンも朝型やれた」を、お読みください。
伊藤忠商事が夜の残業を禁止し、早朝の時間外手当を引き上げたことは、このホームページでも紹介しました。この記事では、ある課長代行(45歳)の実例を報告しています。
・・当初はこんな働き方は無理だと思っていた。
「何やそれ。お客さんあっての商売なのに、そんなんできるか」。会社から朝型勤務の話が出た時、耳を疑った。従うつもりもなくいると、所属部署の人事・総務責任者から導入直前、電話が入った。「お前ができひん言ったら、下は誰もできひんやろうが」。「やれるもんならやって下さいよ!」とかみついた・・と言っていたのですが。
現在では、・・「目標に向けて今年もやりきるんや」と言い聞かせ、メールのチェックに取りかかった。時刻は、午前7時20分。始業時間の午前9時まで、まだ2時間近くある・・
家族も、・・午後9時前に帰宅する日が増えた。初め、高校1年と小学2年の息子が驚いた。「お父さん、どうしたん?」・・
さらに、この記事には、うれしい点があります。正調日本語を、しゃべったはることです。上司のかたも、「お前ができひん言ったら、下は誰もできひんやろうが」とか。場所は東京の青山です。
息子さんもえらい。東京方言だと「お父さん、どうしたの?」と言うところを、「お父さん、どうしたん?」と。
職員諸君へ、「よう読んどいてや」。