連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第275回「これまでの議論ー生活と意識の変化に合わせた行政の再構築」が発行されました。
官共業三元論の立場から、政府と市場との関係を見直してきました。
私が主張したかったことの一つは、行政学や公共経済学、公共政策学の教科書に載っている行政の実務の範囲と内容が、現実に求められ、行われていることより狭くなってしまっているのではないか、ということです。財とサービスの提供を官と民だけが行うのではなく、非営利活動も考察範囲に入れるべきです。
もう一つは、教科書として仕方ないのかもしれませんが、行政の活動に関する仕組みの解説が主で、現実の社会の課題への取り組みや実際の政策事例の扱いが小さいことです。その中でも、社会保障制度は取り上げられますが、産業政策はあまり取り上げられません。
政府・行政の役割を議論する際には、何の目的でそのような政策を行っているかに遡って議論すべきだということです。
行政学は20世紀末ごろまで、行政の仕組みの分析については切れ味が良く、官僚機構を効率的公平に機能させるという、現実を変革する理念の構築に意義がありました。しかし、近年はかつてほどの魅力がないように思えます。それは、一度つくられた理念的な行政機構や理論が、官僚の評価の低下と共連れに時代遅れとなってしまっていることと、行政学が既に過去になりつつある現在の仕組みの「説明の学」にとどまっていて「実用の学」に踏み込まないことの帰結かもしれません。
行政の役割再検討について、官共業三元論の次は、行政には社会の慣習や通念を変えていく仕事もある、ということです。
安心して暮らせる社会、活力ある社会をつくるためには、インフラやサービスとともに、人と人とのつながり方と国民の能力や気風が重要な要素になるのです。そして、インフラや公共サービスの充実を達成した現在では、それら以上に、社会を支える国民の意識を時代に適合したものに変えることが重要なのです。
「公共を創る」とは、公共施設や公共サービスをつくることではなく、生活実態の変化に応じて国民の意識が変わっていくことの手助けをすることと、それに合わせて政府の役割を変えることだと言えるでしょう。
かつては日本の長所といわれていた社会の通念や慣習が、生活実態が大きく変化したことで、適合しなくなっています。まずは、生活や仕事での具体的な事柄を取り上げましょう。その1は、家族の形の変化です。