総理のSNS投稿は行政文書か2

2026年9月6日   岡本全勝

「総理のSNS投稿は行政文書か」の続きです。
世間では「公文書」と言いますが、現在はその用語は使わず、定義を変えて「行政文書」と言っています。「政府に「公文書等」はあるが「公文書」はない」

「高市首相のXへの投稿は行政文書に当たらず」では、「「歴史に名を残す」「歴史の審判を受ける」ためにも、行政文書として保存すべきだと思うのですが。将来、伝記や自伝を書かれる際にも、重要な資料となるでしょう」と書いたのですが、識者の意見も聞いて考えました。一律に行政文書として扱うのは(総理の発言などを含めて)、実務上も合理的ではないと思います。次のように分類してはどうでしょうか。

1 かつての公文書に当たるもの
定型化された意思形成過程についての文書。各省協議、法制局、審議会、閣議請議など、かつての「決裁書のついた公文書」。これは、役所としては残さなければならないものです。公文書管理法で、役所に作成と保存の義務がかかっています。いずれ公文書館に移管され、公開されるのでしょう。

2 それ以外の行政文書
現在「行政文書」としているもののうち、1を除いたもの。行政文書の定義は、①職員が職務として作って、②組織的に共用し、③今現在役所が持っていることです。これらは残すかどうか判断されますが、多くの場合、短期間で廃棄されているようです。私は、組織にとって都合の悪いやりとりや記録でも、後世に伝えるために、あるいは「保身」のためにも、残すべきだと思うのですが。「都合が悪いから廃棄する」ようでは、公務員への信頼は落ちるばかりでしょう。

それはそれとして、総理の発言も、職員が書き取って、組織的に共用し、持っているものなら、これに当たります。職員が総理に説明した資料や、総理の行動記録などもここに入ると思います。その中には政策の基礎となった総理指示などもあり、行政文書の中でも重要ですから、1に準じた扱いをすべきでしょう。なお、この場合は行政文書ですから、総理自身も持ち帰ったり、後で直したり廃棄したりすることはできません。総理も「自らの発言は記録として残る」と自覚して、発言するべきです。
この項続く