7月30日の朝日新聞オピニオン欄、鶴見太郎東大准教授の「公正掲げた、第二世界どこへ」から。このような見方もできるのですね。経済成長は、政治や政治的主張も変えてしまいました。
・・・冷戦全盛期、「第一世界」「第二世界」「第三世界」という世界の分け方があった。それぞれ、アメリカ中心の資本主義陣営、ソ連中心の社会主義陣営、発展途上国を多く含む非同盟諸国が相当していた。現在、概して「第三世界」は「グローバルサウス」に置き換わり、「第一世界」は「先進国」「西側」などと呼ばれる。では、「第二世界」はどこに行ったのか。
第一世界と第二世界は、第三世界からの支持獲得をめぐって競っていた。ソ連はより公正な近代社会や反植民地主義を理念として掲げ、人種差別を批判した。それは、アメリカが黒人差別を改善するきっかけの一つとなった。また、社会主義的な分配政策や生活の保障は、資本主義陣営の福祉に対する意識をさらに高めた。
第二世界は、第一世界に対する批判意識の半面で、工業的近代化への強烈な憧れも有していた。国家主導で工業化を推進したことで、短期間で第一世界に匹敵する成長率を達成した。「人種」にかかわらずいかなる人間も進化しうるとの信念から教育も整備し、第三世界の独立支援も行った。植民地が多く残っていた当時、それは第三世界諸国を引きつけていった。
しかしまさにそのことが、第二世界を不利にした。経済水準が向上し、衣食住の不安が低減したことで、人びとの欲望は次の段階に移行した。社会主義は重工業では実績を上げたが、次の段階である個人主義的な消費社会に必要な小回りが不得意だったのだ。また、植民地は次々に独立した。第二世界はその目標を達成したことで消滅したともいえる。その後は陣営の維持が自己目的化し、理念は形骸化した・・・
・・・では、日本国内で「第一世界的なもの」に対抗した「第二世界的なもの」はどこに行ったのか。大枠では後継勢力といえる左派・リベラル勢力は、国内問題を主な関心として、外交政策に関しては、日米同盟を基軸とする保守勢力との差が見えにくくなった・・・