偶然と必然、これについて書かれた本も多いですよね。ふと、次のようなことを考えました。
神様や仏様から見たら、私たちの行動と結果は、決められたことで、偶然ではありません。神様がどこまで、大震災を起こすぞと予定しておられるかは、疑問なのですが。その時々の各人の判断は異なります。どの異性を選ぶか、どの本を選ぶか。しかし、その判断をする環境は、偶然ではなく、用意されたものです。
他方で、私たち各人から見ると、偶然と思えることがあります。「あの時あの人と出会ったから、こう変わった」「あの本を読んで目が開いた」とかです。与えられた条件(人、本)は変わらないのに、それに反応するかどうかは人によって異なるのです。
神様は、同じような条件を与えてくれているのに、受け取る人によって、その効果が異なります。客観的に見るのか、主観的に見るのかとの違いとでも言うのでしょうか。
この話を発展させると、大切なもの、価値のあるものが、各人によって異なることもわかります。アルバムや思い入れのある人形は、個人にとってとても重要なものです。他方で、社会にとっては価値は少ないです。「少し古本を処分13」で書いたように、私にとって思い入れのある本も、古本屋にとっては無価値でした。
ジョセフ・ラズ著『価値があるとはどのようなことか』(2022年、ちくま学芸文庫)は、普遍的な価値と個人の愛着との関係を論じています(これも、全部を読んでいません)。確かに、この観点は、あまり議論されていませんよね。