学歴より能力、高等教育機関の役割再定義を

2026年11月4日   岡本全勝

10月26日の日経新聞に、加藤静香・OECD政策アナリストの「世界で広がる「学歴より能力」 高等教育機関の役割再定義を」が載っていました。高等教育は人数が少ない時代は教養を高めるものでしたが、多くの人が進学するようになると、職業選択のための準備の意味が大きくなります。

・・・世界的な働き手不足の中で、学歴や職歴より能力重視で人を採る傾向が強まっている。経済協力開発機構(OECD)の政策アナリスト、加藤静香氏は大学などの高等教育機関は役割の再定義が必要だと指摘する。

大学の学位は長らく、個人の能力を証明し「良い仕事」への扉を開くパスポートの役割を果たしてきた。実際、経済協力開発機構(OECD)加盟国全体でみると、大卒者は非大卒者に比べて就業率が高く、賃金水準も高い。しかし近年、採用や人事、教育政策の分野で学歴や職歴より「何ができるか」を重視する動きが広がっている。この考え方は「スキルファースト」(スキル第一)と呼ばれ、どこで学んだか、どのような肩書を持つかではなく、実際にどんな能力を備えているかを評価するアプローチだ。
米IBMなどは10年ほど前から一部職種で大学卒業資格を採用要件から外し、能力本位の採用を進めてきた。例えばIT(情報技術)エンジニアの選考では、プログラミングやデバッグなどの実務に近い課題を通じて力量を見極める。こうした取り組みは今や企業の人事戦略にとどまらず、各国の労働市場政策や教育政策にも広がっている。

この流れの背景にあるのは深刻な人材不足だ。OECD加盟国では2025年時点で、雇用主の7割以上が必要なスキルを備えた人材の不足を訴えている。
・・・学歴とスキル、教育と仕事の間のミスマッチが、見過ごせない水準に達していることもある。OECDの国際成人力調査(PIAAC)によると、日本では労働者の約3人に1人が「自身の学歴は仕事で求められる水準を上回っている」と感じている。
一方で、同じく約3人に1人が「仕事に必要なスキルが不足している」と感じている。高い学歴を持つのに能力を十分発揮できていない人がいる一方で、職場が求める能力は満たされていないのだ。
ではスキル第一の時代に、高等教育の価値は低下するのだろうか。私はそうは考えない。むしろこれは学びと仕事の距離を縮め、大学や高等専門学校(高専)など異なる高等教育機関の役割を再定義する動きと捉えるべきだ。
実際、世界各国では大学教育を社会や産業のニーズに合わせる改革が加速している。

・・・もっとも、スキル第一が重視するのは職業に直結する専門技能だけではない。AIの進化に伴い創造性や倫理観、コミュニケーション能力といった人間ならではの力が重要性を増している。
生成AIを開発する米アンソロピックが哲学の専門家を採用していることは、その象徴的な例といえる。大学教育が実践性を高めたとしても、幅広い教養や人間性を育む役割が失われるわけではない。
同時に重要になるのが生涯にわたるスキルの更新である。技術革新が加速する中、一度取得した学位だけで長い職業人生を支えることは難しくなっている。
欧州連合(EU)はユニオン・オブ・スキルズ(技能同盟)と呼ぶ構想の下、教育訓練やリスキリングに1500億ユーロ(約26兆円)を投じる方針を掲げている。
日本でもリスキリング支援は拡充されているが、課題は大きい。OECDの24年調査では、日本の中小企業は他国に比べ生成AIの活用率が低く、その最大の要因として8割以上が従業員のスキル不足を挙げている。これは調査参加国平均の5割を大きく上回る。大学卒業までの学びに依存せず、働きながら継続的に学べる仕組みの整備が急務だ。

・・・もっとも、スキル第一の社会は制度を整えるだけでは実現しない。一人ひとりが自らの能力を理解し、主体的にキャリアを描く文化も必要だ。
日本ではキャリアコンサルタントの国家資格化から10年がたち、利用者は増えている。しかし自らキャリア支援を活用し、学び直しや転職を通じて能力を高めていくという考え方が十分に定着しているとはいいがたい。OECD生徒の学習到達度調査(PISA)によれば、学校でキャリアアドバイザーと話した経験がある15歳の割合は14%と、加盟国の中で最低水準にある。早い段階から自身の将来像と必要なスキルについて考え、学びと仕事を結び付けていく経験を積むことが重要だ。
「学歴かスキルか」という問いは、本質的には誤った問いである。問われているのは一人ひとりが社会の需要を見据えて主体的にスキルを磨き、その力を十分に生かせる社会を築けるかどうかだ・・・