ドイツに見る短時間勤務3

2026年10月2日   岡本全勝

「ドイツに見る短時間勤務2」の続きです。田中洋子・筑波大学名誉教授の「市民の議論生かしたドイツの働き方改革」9月17日から。

・・・働きやすさを実現させたドイツと日本は、何が違うのか。ドイツは、将来の労働に関する国民的な議論を経験し、政府がその声を形にしたという経緯をたどった。日本では政府が音頭を取る形で働き方改革を進めるが、雇用慣行を崩すには至っていない。

二つの国は・・・産業構造が似ているため、社会や家族構造も似たものになった。製造業に勤める労働者はほとんど男性だったことから、1970年代には「男性稼ぎ主型モデル」が確立された。男性が家族を養って昇給や社会保障、福利厚生を享受し、女性は主婦になるか家計補助のために短く働いた。これも同じだ。
その後、女性の教育水準が上がり続けたドイツでは、高学歴なのに家にいて社会で力を発揮しないのは、社会的にも経済的にも矛盾だと考えるようになり、仕事と家庭の両立のための企業内施策が展開された。この点も日本とほぼ同じである。

両国が大きく分岐したのは、2000年代半ば以降だ。日本では過労死やハラスメント、非正規、格差社会といった問題が大きくなったが、この頃にドイツは働き方や労働時間の柔軟化を進めた。日本がコスト削減や低賃金雇用を増やした時期に、ドイツは個人の生活重視のため労働時間短縮に着手していた。
これを進めやすい背景は確かにあった。80年代から労働時間をポイントとしてためて好きな時に休みと交換できる制度があり、それが2000年代に広がった。フレックスタイムも事業主が提案するほどになっていた。
90年代には、これからの労働はどうあるべきかについて研究者や労働組合、女性団体などが熱い議論を交わした。インターネットが出現したこともあって、技術革新が進めば進むほど、これからは短く働くことがトレンドとなると考えられた。来るべき社会では育児も介護もボランティアの時間も、賃労働と同じ価値を持つ営みだという考えが根付いた。
こうした市井の声を連邦政府が形にしたのが、パートタイム法だ。パートを社会インフラにし、誰もが短時間労働者になれるようにした。
日本はこうはならなかった。ドイツで労働の未来論が盛んだった頃、日本はバブル崩壊にあえぎ、企業は人件費を削減していた。世界で多様な働き方に関する議論が行われた時代があったのに、日本はそれを取り込むことなく今に至っている・・・