年別アーカイブ:2025年

学校の制服

2025年2月10日   岡本全勝

1月17日の読売新聞に「学校の制服 必要?」が載っていました。
・・・中学校や高校で服装について見直す動きが広がっています。従来は学校が指定する制服の着用が一般的でしたが、性的少数者(LGBT)への配慮や自主性を養うために服装の選択肢を増やしたケースもあります。進学を控えた季節、制服のメリットやデメリットを考えてみましょう。

〈A論〉身なり悩まず済む 連帯感や責任感も
茨城県立下妻第一高校(下妻市)は創立125周年を迎えた2022年4月、付属中学設立にあわせて制服を刷新しましたが、伝統の黒色は残し、男子向けの詰め襟も踏襲しました・・・
・・・大手制服メーカー「菅公学生服」(岡山市)が23年7月に全国の中高生1200人を対象に行った調査では、制服が「あった方がよい」との回答が「どちらかと言えば」も含めて84%に上りました。制服の良いと思う点(複数回答)は、「学生らしく見える」59%、「毎日の服装に悩まなくてよい」54%、「どこの学校か一目で分かる」39%、「服装による個人差がでなくてよい(平等である)」33%などの順でした。
同社企画開発部の吉川淳稔部長は「制服は連帯感や学校への帰属意識を生み、服装から家庭の収入格差を感じずに済むメリットもある。制服代は入学時には負担に感じるかもしれないが、3年間着られる耐久性を考えて、エコな服装として愛着をもって着てほしい」と呼びかけています・・・

〈B論〉私服で自主性育む 個性考える機会に
東京都立井草高校(練馬区)は、指定の制服がありません。服装は自由で毛染めやメイク、アクセサリーの着用も認めています。生徒会長の2年中西夏希さん(17)は「いつも好きな洋服を着られて、季節によっての温度調節も楽」と話します。
生徒が同校を進学先に選ぶ際、制服がないことが魅力となっています。私服での登校は少なくとも約50年前から認められていたようで、多くの地域住民に「井草らしさ」として受け入れられています。私服を認めることは、生徒の個性を尊重し、自ら考える自主性を育むメリットがあると考えられています。生徒会担当の中野健教諭(44)は「体育祭や文化祭など、教員が関わらなくても自主的に動く気質の生徒が多い」と胸を張ります・・・

都道府県立高校(全日制)のうち制服や標準服がない学校は、3007校のうち101校で約3%です。詳しくは、記事をお読みください。
私は、奈良女子大学附属高校の生徒会長時代に、制服(男子は詰め襟、女子はセーラー服)を廃止しました。それまでの制服は標準服として残しました。何人かは引き続き標準服を着ていましたが、ほとんどが私服を着るようになりました。家庭の貧富の差も指摘されましたが、友人が「制服の下に着ているものや腕時計で、制服でも差が出ている」と反論しました。自由化して、毎朝何を着ていくか困りました。そんなに服を持っていなかったからです。
大学生や社会人になると、いやおうなく服装を考えなければなりません。その訓練を受けていない若者は、大学時代はとんでもない服装をし、社会人になると「紺のスーツ」という制服を選ぶことになります。「夏服・クールビズ騒動

普通の時間を実のある時間に

2025年2月9日   岡本全勝

毎朝、高円寺の自宅から幕張の職場まで通っています。
7時頃の丸ノ内線は空いてはいますが、座れません。もっとも、ぎっくり腰を経験した身では、この17分を立っている方が腰には良さそうです。
四谷駅から幕張本郷駅までの50分近くは、ゆったりと座れます。多くの人の通勤方向と逆なので。長い時間ですが、私には少々うれしい時間です。

最初の頃は、窓から見える景色が楽しみでした。三つの大きな川を渡ります。隅田川、荒川、江戸川です。ビルが続く景色の中で、川を見ると気持ちが良いですね。最初は空から降った雨粒。一つ一つは小さいのに、集まって小川になり、それが集まってこんなに大きな川になります。

最近は、破ってきた新聞に目を通します。読んだら終わりの記事、ホームページ紹介したい記事、その他勉強になる記事に分けます。
ほかから邪魔が入らず、またほかにすることがないので、集中できます。もちろんそんなに深くは考えることができないので、新聞記事を読むのにちょうど良いのです。
ぼけ~としたり、原稿の続きを考えたりもします。締め切りに追われると、原稿執筆も。

帰りの電車は、朝に処理できなかった新聞切り抜きを読みます。それが終わったら読もうと、雑誌や本を入れてあるのですが、こちらは読めませんねえ・・・。

企業が試行する「つながらない権利」

2025年2月9日   岡本全勝

1月13日の朝日新聞「「つながらない権利」確保、企業手探り 休日の業務電話は自動転送 22時以降・土日はメールNG」から。

・・・いつどこでも業務対応できる時代となる中、勤務時間外は電話やメールなどに反応しない「つながらない権利」が注目されています。権利確保に向けて取り組む企業が増え始めていますが、運用には難しさもあるようです。

空調設備会社オーテック(東京)の男性社員(25)は、月に数回ある平日休みの「勤務」に頭を悩ませていた。
多いときで1日3件、業務の電話が鳴った。取引先から「空調の故障で警報が出ている」と電話があれば、休みでも取引先に出向いて作業した。映画を見ていても、電話が鳴ると対応せざるを得ず、鑑賞を途中で断念したこともあった。
「休みを取っていてもいつ対応が必要になるか分からずビクビクして、休んだ気になれないこともあった」と、男性は振り返る。
この状況が、2023年11月から変わった。
男性が所属する名古屋市の中部支店技術部で、平日に休みを取っている社員に顧客から電話があった場合、支店に自動転送する取り組みを始めたことだ。対応するのは出勤している他の社員。担当以外でもトラブルに対応できるよう、マニュアルをまとめて職場で共有する体制も整備した・・・

・・・日本ではテレワークの浸透やスマートフォンなど情報機器の普及もあり、つながることが当たり前のようになっている職場は少なくない。
労働組合の中央組織・連合が、23年9月に実施した「つながらない権利に関する調査」では、働き手(雇用者)の72・4%が「勤務時間外に部下や同僚、上司から業務上の連絡がくることがある」と回答した。
勤務時間外の連絡を拒否できるのであれば、そうしたいと思うか、と聞いたところ、「そう思う」は72・6%だった。しかし、「連絡の拒否は難しい」と思う働き手は62・4%で、個人で対応する難しさが示された・・・

・・・一方、運用面の難しさなどから取り組みを緩和させた企業もある。
あずさ監査法人(東京)は17年、主に午後9時~翌朝7時のネット接続を原則禁止した。しかし、20年11月には管理職をその対象から外した。外すにあたっては、月80時間を超える残業をより厳しく管理することを条件にした。
コロナ禍でテレワークが浸透し、柔軟な働き方のため、規制緩和を求める声があがったからだ。
その声は管理職だけでなく、一般職員にも広がる。専門知識・スキル向上のための自己研鑽などを柔軟にできるようにしてほしい、海外とのタイムリーな連絡が必要になる、といった意見が相次いだ。活躍が難しくなると退職した職員もいたという。
今では、一般職員でも緊急業務の対応がある場合は上司の承認の上、規制を緩めたり、最繁忙期に統一方針として緩和したりしているという・・・

仕事は一時期に集中する

2025年2月8日   岡本全勝

今週も、忙しかったです。もちろん本業の市町村アカデミーで、打ち合わせや会議などもいろいろありましたが、忙しいのは副業の方です。

連載原稿第215回(3月6日号)は、締め切りに間に合わせました。ようやくのことで原稿を書き上げたのですが、右筆でたくさん手が入り、それを反映させました。
ゲラは、第213回(2月20日号)を校正しました。校閲さんからたくさん撃たれ、分量もはみ出すので削るなどの作業が必要でした。

6日は、ウクライナ避難民への講義
7日は、新聞社の取材。事前に電子メールでやりとりして論点を整理するとともに、関係資料を送っておきました。でも、対面で議論すると、深掘りできて、結構時間がかかりました。
10日のしゃべる準備。これは20年前のことなので、資料を引っ張り出し(バラバラと残っていました)、記憶をたぐり寄せました。資料を整理し、項目を書き出しました。まだ完成していないのですが、これが一番時間がかかったかな。
その他、月末に呼ばれている講義の準備も。

これらはすべて突発事件ではなく、前々から予定されていたことばかりです。でも、重なると苦しいです。
それぞれに集中することが必要で、頭を切り替える必要があります。でも、人間の頭って、機械のようにはすぐには切り替えることができないのですよね。
それでも、10日の準備以外は、なんとか乗り切りました。

日本衰退の原因、教育

2025年2月8日   岡本全勝

川北英隆・京都大学教授のブログに「高校と大学教育のあり方」(1月31日)が載っていました。

・・・一言で日本の教育制度の問題点を表現するのなら、詰め込み型教育の弊害に直面している。
詰め込むには過去の知識である。江戸時代以前は中国経由で伝わった知識、明治以降は西洋で生まれた知識である。これらに今、日本で生まれた知識が加わっている。
何が問題かといえば、これらの知識の詰め込みに脳みそが疲れてしまう。だから過去の知識を使って新しいものを生み出そうとの働きが弱くなる。典型的には中学、高校、大学と受験に追われた結果、何とか大学に入った瞬間に開放感に浸ってしまい、20歳前後の一番大切な時期に脳みその発達が停止してしまう・・・
・・・だから自分で考えない大人がたくさん輩出されてしまう。指示待ちであり、過去の踏襲へのこだわりである。だから日本からは新しいアイデアやビジネスが生まれにくい。新しいことを生もうにも、「そんなことは聞いたことがない」と否定される。

敗戦後、欧米に追いつけ、追い越せと頑張った時代には、真似だけで十分だった。何かを考える必要性に乏しかった。しかし欧米に追いついた瞬間、考えないことには伸びない。現実には日本政府や企業は考えなかった。だから1980年代後半以降、日本にバブルが生まれ、90年代に崩壊した。
そこから30年以上経ってみれば、経済規模ではアメリカの背中が遠くなり、中国に抜かれ、ドイツには抜き返され、インドの足音が近づいている。それだけではなく、日本から世界に誇れる産業が消失した。それに代わる新たな産業が育っていない。
教育として求められるのは知識の詰め込みではなく、考える力の要請である。今や知識はパソコンやスマホから得られる。AIが代替してくれる。いわば人間にとっての外部記憶装置や補助装置をいかに上手に使うのか、考えるための補助とするのか、その方法の訓練が教育の根幹にある・・・

続きもあります。お読みください。