官僚による調整でなく議員間討論で

4月3日の日経新聞経済教室は、飯尾潤・政策研究大学院大学教授の「少数与党下の政策、議員間討論で妥協点探れ」でした。
・・・2024年の総選挙以来、石破茂内閣は衆院で過半数の議席を持たない少数与党政権となり、25年度予算案の修正協議など従前とは違う政策決定過程が展開している。これについて財政膨張の傾向や政策決定の不透明性に批判も根強い。
ただ、これらは政治家が全体像を考え、責任を持って統治する仕組みが不十分だという日本政治の問題点が表面化したもので根は深い。政治家の行動様式を変えることが必要なのだ。
日本で議会に提出された予算案が修正されることはまれだ。今回の修正協議では国民民主党、日本維新の会、立憲民主党の修正案に対して与党である自公両党がそれぞれ対応したが、財源を示さずに巨額の歳出増を必要とする修正案が主張されるなど財政健全性が心配される状況が生まれた。
また各党個別に修正協議が進行したために、どの修正案がどういう理由で選ばれたのかが分かりにくい状況も生まれた。直接的には国会での予算案修正のルールが未確立であることが原因であるが、より大きな原因は、政治家同士では具体的な政策を議論しにくい日本政治の構造にある。

法案や予算案は、事前審査制と呼ばれる手順を経て与党の議論を済ませ、細部に至るまで確定してから内閣から国会に提出されるのが、日本における通常の政策決定の枠組みである。
そこでは法案や具体的な予算項目を所轄する省庁の官僚が、予算案の場合は財務省の査定を、法案の場合は内閣法制局の審査を受ける。さらに必要な場合には他省庁と調整を行いつつ、与党議員を中心とする政治家への働きかけを行う。
自民党の政務調査会の部会など国会議員が政策を決める場においても、説明するのは官僚の役割で、反対する議員を議員会館などに出向いて説得するのも官僚である。国会議員は様々な意見を主張するが、例外的な場合を除き、同僚議員と議論して結論を出すとか、反対する議員を説得するということは行わない。
与党内部の調整のかなりの部分が官僚によって担われているのである。官僚はそうした調整過程で政府全体の調整も行い、予算や法律の整合性が確保される仕組みになっている。官邸主導と呼ばれた時期も、首相の権威を背景に官邸官僚が各省の官僚を使って調整を行っていたのであった・・・
・・・そうした状況で、国会において実質的な審議が行われ修正などが生じると、政策調整に不慣れな政治家が非合理な決定をしてしまう可能性がある。そこで事前審査制で細部まで具体的内容を詰めてから国会審議に臨み、衆参両院では原案のまま可決することが政策決定の基本となってきた。
そのとき野党議員は、日程調整など議会手続きを盾に反対している法案や予算案の採決時期を遅らせるという抵抗を行う。かつては野党の抵抗で法案などが審議未了・廃案という結末を迎えることもあったが、内容に踏み込まない抵抗だから許される面があった。

欧州の議院内閣制諸国でも内閣提出法案が議会審議の中核を占める。しかし事前審査制のような仕組みが発達しておらず、具体的な予算項目や法律の条文は議会の修正で最終決定される決定過程が通例である。
そうした場合、予算修正の限界についての共通了解や、修正案に対する内閣側の発言権などが確立しており、一定の枠内で議会の論議が進展する仕組みとなっている。多くの国で、議会において議員が政策の調整主体となる仕組みができているのである。
日本のように官僚が政策をまとめてくれるのであれば、政治家が責任を持って決定を主導する必要は少ない。国会においても質疑によって政府側の非を見つけるほかは、日程闘争が主たる活動となる。
今回のように予算案修正の必要が出たとき、政治家が好き放題の主張を述べて財政バランスがとれなくなるのは自然の成り行きである。議論をしているうちに共通了解が形成され、政治的妥協の結果として政策が決まる仕組みなしには、政治主導は実質化しない・・・