年別アーカイブ:2021年

連載「公共を創る」執筆状況。アンナ・カレーニナ

2021年4月25日   岡本全勝

いつもの、連載「公共を創る 新たな行政の役割」の執筆状況報告です。
成熟社会の新しい不安のうち、「格差」を書き上げ、右筆たちに目を通してもらい、編集長に提出しました。今回も、右筆さんには、たくさん鋭い指摘をもらいました。いつものことながら、感謝です。

引き続き、もう一つの不安である社会生活問題を、「孤立」の観点から書いています。成熟社会の社会生活問題を、すべて孤立で説明することはできませんが、多くの悩みの元には孤立があります。
その過程で、トルストイを思い出しました。ロシアの文豪トルストイの傑作「アンナ・カレーニナ」の冒頭に、有名な文句があります。
「幸せな家族はいずれも似通っている。だが、不幸な家族にはそれぞれの不幸な形がある」。
確かにそうなのですが、現在日本の社会生活問題には、共通の根があるのです。小説は不幸の違いを描きますが、社会学と行政は共通の原因を見つけ、対策を考えます。

私は、「アンナ・カレーニナ」は、読んでいません。19世紀ロシア文学では、ドストエフスキーの「罪と罰」を学生時代に読みました。長編であること以前に、ラスコーリニコフとか登場人物の名前が長く、かつなじみがないので、読みにくかったです。時間以上に、体力が要りますね。

企業の受付対応、2

2021年4月24日   岡本全勝

企業の受付対応」(4月20日掲載)に、読者から反応がありました。一部改変して、紹介します。出てくるA社は、私も知っている会社です。

・・・「企業の受付対応」を拝読しました。全く、同感です。
A社の受付は委託ですが、しっかりと訓練されており、レベルは高いと思います。
私が部長をしている職場では、来客者を入口でお出迎え、お見送りをする習慣がなかったので、私が率先して、お出迎えお見送りをするようにしました。
お客様からは、他の会社では、こういう対応はなかったと評価いただきました。
会社に対する好感度向上のためには、商品やサービスだけでなくこういうことの積み上げも大切だと思いました。
これが、当たり前の文化として定着してくれることを願うばかりです・・・

市役所の評判を高めるには、政策の善し悪しとともに、職員の接客態度が重要だと、拙著『明るい公務員講座』171ページに書きました。

連載「公共を創る」第78回

2021年4月23日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第78回「社会の課題の変化―支援の形態に新たな展開」が、発行されました。

前回から、「人間らしい生き方への被害」について、対策が取られたものを説明しています。雇用の次は、困難を抱えた人たちへの支援です。
これまでは、健康保険や年金などの社会保険制度が最初の安全網(セイフティネット)であり、生活保護制度が最後の安全網と呼ばれていました。それに対し、困窮者支援法や求職者支援制度は、生活保護にいたる前に、自立を支援するものです。第二の安全網と呼ばれています。金銭やサービスの提供ではなく、自立支援は違った手法が必要です。

また、改正社会福祉法では、「地域共生社会」の実現も掲げられています。支え手側と受け手側に分かれるのではなく、地域のあらゆる住民が役割を持ち、支え合いながら、生きがいを持って活躍できる地域コミュニティを目指しています。福祉などの公的サービスだけでなく、住民が協働して助け合いながら暮らす町をつくろうとするものです。
ここに、町や町づくり、地域や地域づくりといった言葉の内容が変化していることを見ることができます。かつては、これらの言葉が指し示す内容は、街並みであり建物や道路の改修が主でした。その後、地域活性化や地域おこしとして、産業や観光の振興、祭りなどの住民活動振興が重点になりました。そしてさらに、住民の助け合い、居場所つくりが課題になってきたのです。

黒江・元防衛次官の壮絶な体験談、その3

2021年4月22日   岡本全勝

このホームページでも紹介した、黒江・元防衛次官の壮絶な体験談、「失敗だらけの役人人生」。第20回、最終回「最後にして最大の失敗」が載りました。
詳しくは本文を読んでいただくとして。官僚が仕事において責任を取るということが、どのようなことかを見せてくれます。

私は、この一件は、釈然としないこともあります。ご本人には、もっといろいろな想いがあると推測します。

「理不尽な進化」説明と理解と納得

2021年4月22日   岡本全勝

理不尽な進化 競争でなく不運で滅びる」の続きです。吉川浩満著「理不尽な進化」は、後半で、自然科学と社会科学の違いを扱います。

自然を説明すること(自然科学)と、歴史を理解すること(歴史学、社会科学)の違いがわかりやすく説明されます。進化論がその中間に位置していること、双方で使われることで、私たちの進化論の誤用が説明されます。
私たちは、自然科学によって事実の因果関係を説明されると、なるほどと思います。しかし、それが私たちにとってどのような意味があるのか、別途、理屈が欲しいのです。社会科学は、それを教えてくれます。自然科学の説明は「因果」「方法」であり、歴史の理解は私たちが求める「意味」「真実」の世界です。次元が違うのです。

さらに言うと、説明されることと、理解することのほかに、納得することがあります。頭で理解できても、気持ちで納得できないことがあります。
地震は地下で岩盤がずれることで発生すると、説明されます。でも、なぜ2011年3月11日に起きたのか。それは理解できません。そして、あの人は亡くなり、私はなぜ助かったのか。説明され、理解できても、納得はできません。
そこに、「意味」を求めるからです。かつて宗教は、それを説明してくれました。自然科学がいくら発達しても説明してくれない「意味」を、私たちはどのように「納得」するのか、自分を「納得」させるのか。難しいことです。

この本は、もっといろいろなことを教えてくれます。面白いです。ただし、文庫本で400ページを越え、文章は平易なのですが、しっかり理解しようとすると読みやすい内容ではありません。著者も狙っているのですが、学術書と小説を混合した文章です。
シーザーがルビコン川を渡ると歴史的事実となり、ほかの何百万の人がルビコン川を渡っても、筆者が神田川を渡っても歴史的事実としては取り上げられない話など、難しい内容に、軽妙な比喩がちりばめられています。でも、納得できます。

本文中にある「注」が、とても充実しています。参考文献がたくさん取り上げられ、どのように読むと良いかが解説されています。哲学から自然科学、そして小説まで、良くこれだけの書物に目を通し、紹介するだけの理解をされたものだと、尊敬します。
私も読もうと思っていた本、興味を引く本がいくつも取り上げられています。でも、これを注文すると、読まない本が増えるのですよね。