年別アーカイブ:2020年

今年も出ましたカエル

2020年6月24日   岡本全勝

ご近所に住んでいるらしいカエル。今年も出てきました。
昨夜遅く、福島から帰ってきて、家の近くまで来たら、暗闇の道路になにやら動くものが。私の拳くらいの大きさです。近寄って見ると、やはりカエルでした。
近くのお家の植木の方に誘導しました。車にひかれるなよ。
日経新聞コラム、高円寺のカエル

責任を取る方法2

2020年6月23日   岡本全勝

責任を取る方法」の続きです。以下、失敗した後のことを考えます。責任の取り方を、次のように分類しました。表を見てください。
表頭は、「被害者に対して」「社会に対して」を区分します。この区分が、一つのミソです。被害者に対し責任を取ることのほかに、社会に対して責任を取るということがあります。この二つのほかに、組織内での話があります。

表側は、「事前」「失敗した(事態が進行中)」「事後」に区分します。
2 「事前」は、責任を負うことに対して、責任を果たすことです。組織内では、職責を果たすことです。それを十分果たさなかったことで、失敗が起きます。
3 失敗が起きた場合(まだ事態が進行中)に、行わなければならないことは、被害拡大を食い止めること、被害者を助けることであり、事態を公表することです。その反対は、逃げることであり、隠すことです。この項続く

『科学の社会史』

2020年6月23日   岡本全勝

コロナウイルス外出自粛の時期に、紀伊国屋新宿本店も閉店していた時期があり、書斎の本の山を物色しました。連載執筆のために読まなければならない本や、読みかけの本がたくさんあるのに、ほかの本に手を出す悪い癖です。
いや~、いろいろ出てきました。「そういえば、この本は××の時に買ったな」のほかに、「こんな本も買ったのだ。なぜだろう」と思うものまであります。いつもながら、反省。
その一つを読み終えました。

古川安著『科学の社会史 ルネサンスから20世紀まで』(2018年、ちくま学芸文庫)。勉強になりました。書名の通りの内容です。発明や発明家の歴史ではありません。科学と技術が社会をどう変えたか、また社会が科学と技術をどのように求め変えたかが書かれています。社会史です。
この点、哲学史や思想史、社会学史の多くは、偉人の思想の歴史であり、社会との関係(社会をどう変えたか、社会はなぜそれを求めたか)が書かれていません。「日本思想史

これだけの長い歴史、科学と社会の関係という大きな主題を、この大きさの本にまとめるのは、難しいことです。長々と書くより、短くする方が難しいのです。
西欧の近代の科学技術は普遍的な性格を持っているのに、各国がその発展に力を入れます。第6章以下に、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカが順に取り上げられます。そしてそれが行き着いた先は、二つの大戦での国を挙げての兵器開発でした。残念ながら、日本は取り上げられていません。
そして、20世紀後半になって、科学の発展について疑問が生まれます。このままで良いのか。それは、原爆であり、公害や自然破壊です。また、遺伝子工学による生命倫理の問題もあります。
研究者、企業、国家によって、科学技術の研究と発展は、止まることがありません。そして、それぞれの研究は、真理を探求するため、社会をよくするために行われます。しかし、個別の研究を勝手に進めていて良いのか。研究者に任せるだけでなく、社会や政治による制御が必要になりました。

福島勤務再開

2020年6月22日   岡本全勝

コロナウイルスでの移動制限が緩和され、今日から、福島での勤務を再開しました。久しぶりの福島は、新鮮さがあります。
新幹線の車窓からは、雨に煙る関東平野、緑の山々、稲の苗が育って一面青々とした田んぼなど、懐かしい風景を見ることができました。
今日は早速、被災地へ。山の緑の中に、ヤマボウシの白い花がきれいでした。

2か月半、会ってなかった人たちに会うと、何かしら懐かしいです。電子メール、電話、テレビ会議では、やりとりしていたのですが、実際に会うのは違います。

久しぶりの出張で、持っていくもの、ホテルでの行動など、かつては身体で覚えていたことを思い出しつつ、やっています。事務所の入り口の暗証番号を忘れていたり・・・暮らしの型を取り戻すには、少々時間がかかりそうです。

責任を取る方法

2020年6月22日   岡本全勝

責任を果たすこと、特に失敗してからの責任の取り方について考えています。きっかけは、原発事故です。事故を起こした責任、防げなかった東京電力と国(経済産業省)の責任とは何かです。とんでもないことを起こしてしまった後の、責任をどう果たすか、責任をどう取るかです。また、私自身がこれまで、組織の失敗や不祥事で何度もお詫びをしてきたので、その整理の意味もあります。

「責任」という言葉には、さまざまな意味や使い方があって、そう簡単ではないようです。いくつか本を当たりましたが、しっくりくるものがありません。責任とは何かを論じていて、責任の取り方は書いてありません。哲学者と実務家と関心の違いです。私の問題関心から、ひとまず次のように理解しました。

1 責任には、失敗を起こす前と、失敗した後の2種類がある。また、失敗した後も、事態が進行中と事態が終了した後の2種類があります。
・事前の責任とは、その人や組織が背負っている任務で、その義務を果たすことです。「責任を負う」「責任を果たす」という場合です。
・失敗した際(事態が進行中)の責任は、被害拡大を食い止めること、被害者を助けること、事態を公表することなどです。この場合も、「責任を果たす」と言って良いでしょう。
・事後の責任は、失敗をした場合の後処理です。罪を認め、謝ることです。民事責任や刑事責任に問われます。このほか、原因究明や再発防止策をとることもあります。そして、職を辞する、組織を解体するようなこともあります。
この場合、責任は「責任を問う」「責任を認める」「責任を取る」というように使われます。

(備考)自己責任
「自己責任」という言葉があります。ここで述べているのは、被害者や社会に対する責任ですが、自己責任は、自ら招いた結果を自分で引き受けることです。株取引で損を出した、危険なところに行ってけがをした、努力をしなかったことで楽しい人生を送ることができなかったなどです。
この場合は、他人や社会に損害を与えたというより、自分が損をしたことや、他者からの支援を受けることができない場合です。
これも事前と事後に分けるなら、誠実に生きることで社会に対する責任を果たしていることが、事前の責任です。株取引で損をした(他者には迷惑をかけていない)、楽しい世活を遅れなかったこと(それで社会に迷惑をかけたら自己責任だけではありません)が、事後の責任です。「身から出たさび」「自業自得」です。参考「自己責任の時代
この項続く