年別アーカイブ:2020年

授業時間は短縮できるか

2020年6月29日   岡本全勝

6月26日の朝日新聞オピニオン欄「夏休みの短縮、必要?」から。
・・・ 「授業ができなかったからといって、夏休みを短くするのは反対」。5月26日付本紙で、元小学校教員・森田太郎さんの意見を掲載したところ、メールで寄せられた反響は真っ二つに割れました。工夫次第で授業時数は減らせるという森田さんの意見に対し、同じ教員経験者の多くは反対意見でした。ゆっくり学んで理解していく子には、授業で時間をかけることこそ必要だというものです。一方、子どもを持つ親は賛成意見が目立ちました・・・
その背景には、コロナウイルスによる授業の遅れを取り戻すという観点だけでなく、学校教育の在り方についての議論があるようです。

・・・十数年前、教育界で「七五三」という言葉がはやりました。小学生の7割、中学生の5割、高校生の3割しか学習内容を理解していない実態を示した言葉として、多くの教員たちは同意していました。
教師の指導技術が優れていれば、ある程度は時短授業が可能です。しかし、漢字力や計算力など、記憶しなければならない基礎学力を、長い時間をかけることで身に付けていく子も一定数、いるのです・・・

・・・久しぶりの登校日も、学校からの連絡は「友達と遊ぶ約束をしていた子がいるが遊ばせないで」「名札をしっかりつけて」と注意ばかり。そして、夏休みの短縮です。子どもの気持ちを一切考えず、アリバイづくりをしているようにしか思えません。子どもの学習は、授業数だけで決まるものではありません。
もちろん、夏の間も希望する子に補習をするのはいいと思います。一律にやらなくてもいいのではないか、ということです。
もともと、日本の義務教育は、進級の基準がなく、皆勤賞万歳の文化です。これを機にもっと通学の自由度を高くし、どのような状態になれば進級できるのか、基準を明白にすべきだと思います。
もう、子どもは全員黙って学校に行けばいい、という時代は終わったと思います・・・

工藤勇一さん(横浜創英中学・高校校長、前麹町中学校長)
・・・現在、多くの学校がコロナ禍の学習の遅れを取り戻すため、たくさんの宿題を出したり、夏休みを大幅に短縮したりしています。確かに必要な対応の一つかもしれませんが、学習時間を確保することだけに躍起になってしまっては、子どもたちの自ら学ぼうとする力をますます奪ってしまうように思います。
本来、学校は子どもたちが社会を主体的によりよく生きていくためにあるはずで、子どもは自ら主体的になって学んでこそ、最も成長を遂げます。子どもの自律を重視する授業をすれば、たとえ時間が短くても、子どもはきちんと理解できます・・・
・・・長らく日本の教育は、時間をかければ、学力が上がると信じられてきました。決まった時間、授業を受けたら次の項目や学年に進むという「履修主義」が背景にあります。
これからの時代は、身についたら次へ進む「習得主義」へとかじを切るべきです。今回の災厄を、日本の教育のあり方を変えるきっかけにできるのでは、と考えます・・・
この項続く

責任を取る方法4

2020年6月28日   岡本全勝

責任を取る方法3」の続きです。
この項では、失敗した場合の責任の取り方にはどのようなものがあるのかを、考えています。あわせて、何をすることが、被害者や社会への償いになるのかを考えています。

8 償いとは何か。
表に整理した、Aあやまることや、C職を辞める・組織を解体することは、事故を起こしたり不祥事を起こした社長の記者会見でも、中心主題になっています。しかし、それで観客の溜飲は下がるにしても、B原状復旧・被害者支援やD償いに比べ、被害者や社会に対しては実益はありません。特に、責任者を辞めさせることや組織を潰すことが、責任を取ったことになるのか。そこを、問いたいのです。

A「お取りつぶしのパラドックス」
東電の場合は、「とんでもない事故を起こしたので会社を潰せ」という意見もありました。しかし、被害に遭った人に賠償をさせるために、国有化もして存続させました。そして、現在も(今後も)お詫びを続け、社会奉仕を続けるのでしょう。また、2度と事故を起こさない努力をするのでしょう。

他方で、原子力安全・保安院は廃止されました。原子力規制業務は、環境省に原子力規制委員会・原子力規制庁がつくられ、そこに移管されました。原子力安全・保安院が廃止されたことで、事故を起こした責任と償いの主体が不明確になったのではないでしょうか。国としての責任は逃れられないのですが、政府のどの組織が所管するかです。
新しく作られた原子力規制庁は、今後起こる事故を防ぐための組織であり、福島原発事故の後始末は所管ではないようです。もし、原子力安全・保安院が存続していたら、被災地での避難者支援や復興に責任をとり続けたと思います。原子力規制庁に所管が移ってないとすると、原子力・安全保安院を所管していた経済産業省に残っているのでしょう。

日本陸軍と海軍も廃止されたことで、組織として「責任を取る」「償いをする」ことがなくなりました。国家としては、ポツダム宣言の受諾と占領による政治改革、東京裁判とその刑の執行、関係国への賠償などはあります。
個別の組織が存続していたら、戦争を遂行した組織としての「残されたものとしての責任」を果たすことがあったと思います。それは、記録を残すこと、原因の究明、再発防止策、そして「償い」です。陸海軍は廃止されることで、これらが途絶えてしまったのではないでしょうか。

B 戦後の混乱を生きた人たち
極東軍事裁判で、戦犯は死刑などの刑罰に処せられました。「命をもって償った」のです。
しかし、戦災に遭った国民もまた、つらい目に遭いました。一家の大黒柱をなくした人、家を焼け出され無一文になった家族、両親や家族を失った戦災孤児・・・。この人たちは、戦後の混乱を生き延びるために、想像を絶する苦労をしました。命を落とした人も多かったのです。また、日本だけでなく、海外においても同様の被害を与えました。
この人たちに対して、戦争責任者と陸海軍はどのような償いをしたのか。すべきだったのか。きれいに整理できませんが、このようなことを考え続けています。
過去の記事「事故を起こした責任と償い

「箱に人を詰め込む」都市造りからの転換

2020年6月28日   岡本全勝

6月25日の読売新聞文化欄、「箱からの解放へ コロナ後のまちづくり」。建築家の隈研吾さんの発言から。
・・・これまでの都市は、ビルという大きな「箱」の中に人を詰め込んで、効率的に働かせることを目指してきた。18世紀の産業革命などを経て、20世紀のアメリカで完成したモデルで、それは空間だけでなく時間も管理することだった。人々は定時に電車で通い、大きなビルに集まって仕事をする。人を密にすることにより、社会の効率を上げようとしていたのだ。
日本は「大箱スタイル」の優等生と言えるが、今回のコロナ禍でその根本的な見直しが迫られている。「箱からの解放」だ。ルネサンス以降に欧米で発展し、日本も取り入れてきた都市づくりが、折り返し地点にある。
情報通信技術の進歩で箱から抜け出す環境はすでにある。多くの人がテレワークを経験し、いちいち会社に集まらなくても仕事ができることを実感したと思う。私もその一人だ・・・

・・・ホテルのロビーや公園を仕事の場にすることも「箱からの解放」といえる。
宿泊客以外も利用できる共用スペースを広く設けた「ライフスタイル系」と呼ばれるホテルが、欧米で注目されている。地域の人や通りすがりのビジネスパーソンが、ちょっとしたメールや書き仕事をしたり、くつろいだりすることができるのだ。昨年訪れた隅田川近くの倉庫を改装したゲストハウスが、まさにそれだ。
日本の公園は無味乾燥で、使途が限られていることが多いが、公衆無線LAN「Wi―Fi(ワイファイ)」やカフェを整備すれば、様々な職業の人が仕事場を共有する「コワーキングスペース」になり、町の魅力創出にも寄与できる。昨年末に見学した南池袋公園が好例だ。こういう公園がもっと増えればいい・・・

国民の信頼を得る語り方

2020年6月27日   岡本全勝

NHKニュースウエッブに、「コロナ危機、頼れるリーダーの3つのチカラ」(6月25日)が載っています。
・・・移動の自由や経済活動を大きく制限したコロナ危機。未曽有の危機に、待ったなしの対応を迫られた各国のリーダーたちへの評価はさまざまです。しかし、それぞれの国民から高く評価されたリーダーたちには、ある共通点が見えてきました・・・

・・・夜8時半すぎ、ラフなトレーナー姿で公邸から、フェイスブックを使ったライブ配信を行ったニュージーランドのアーダーン首相。
国家非常事態が宣言され、大幅に外出が制限された3月25日。アーダーン首相は、外出制限について寄せられたさまざまな質問に直接答え、不安の払拭に努めました。
新型コロナウイルスの潜伏期間を考えると、厳しい制限を始めても、しばらくは感染者が増え続けることを丁寧に説明したうえで、「感染者が急増してもがっかりしないでほしい。みんながルールを守れば、努力の成果があらわれるはず」と励ましました。
落ち着いたトーンの声で、笑顔で語りかける様子に、安心した国民も多かったのではないかと思います・・・
・・・キリスト教の復活祭、イースターを控えた4月初旬。イースターに欠かせない存在のうさぎや、子どもの抜け歯を硬貨と交換してくれる「歯の妖精」も、外出制限によって活動できないのではないかと心配する子どもたちに向けて、アーダーン首相はこう答えました。
「歯の妖精も、イースターのうさぎも、(活動が認められる)エッセンシャルワーカーです。でも、この状況では、自分たちの家庭のことで忙しいかもしれません。だから、各地を訪れるのは難しいということを理解してあげないといけませんね」・・・

・・・一方、「科学的な根拠に基づいた対策」で評価を高めたのはドイツのメルケル首相です。
このところ、いくつかの地域で局地的な感染の広がりが見られるものの、欧米の中では犠牲者数を低く抑えているドイツ。自身も物理学の博士号をもつ科学者として、メルケル首相はこれまで、さまざまな客観的なデータをもとに、制限措置の導入や緩和を判断し、その根拠も伝えてきました。
例えば、第1弾の制限緩和を発表した4月の記者会見。「制限緩和にはどんな基準が重要なのか」という質問に対し、メルケル首相は、1人の感染者が何人に感染を広げているのかを示す「実効再生産数」を1つの指標としてあげました。
そのうえで、「この数が1.1となった場合は10月、1.2となった場合は7月、1.3となった場合は6月に、医療システムが限界を迎える」と資料に目を落とすこともなく、整然と答えたのです・・・
・・・隣国との行き来が制限された3月に行ったテレビ演説で、メルケル首相はこう語りかけました。
「旅行や移動の自由が苦労の末に勝ち取られた権利だという経験をしてきた私にとって、このような制限は絶対に必要なときでしか正当化されない」
自由が制限されていた旧東ドイツで育った自身の経験から、制限の判断がいかに難しいものだったかを率直に伝えた演説は胸を打つものがありました。
ベルリンに住む女性からは、「メルケル首相には政治的な存在感を高めたいという野心は一切感じられない。カリスマ性はないが、国民を第一に考え、客観的な事実に基づいて、最も良い解決策を模索している」という声も聞かれました・・・

治療。誰を優先するのか、誰を後回しにするのか

2020年6月27日   岡本全勝

6月24日の朝日新聞夕刊、「医療のルール、事前に議論を ベッド不足、誰を優先するか」。児玉聡・京都大准教授のインタビューから。

――目の前に助けを求める人がいるのに、救える命は限られている。難しい選択です。
「限られた医療資源を緊急時にどう配分するかという問題は倫理学の古典的テーマの一つです。船が沈没した際、救命ボートに誰を優先して乗せるか。脳死患者の臓器移植先をどう選ぶか、などが過去にも議論されてきました」
「マスクが不足した問題も一例です。店で先着順に購入するのが通常ですが、この危機下では開店時などに店頭に並べない人にとっては不公平でした。需要が供給を大幅に上回り、供給をすぐに増やせないときには、何らかの配分ルールがなければ混乱が生じます」

――しかし、どの患者を優先的に治療するかという議論は、本人や家族も含めた社会的な合意を得られるものなのでしょうか。
「『誰を優先させるか』は、『誰を後回しにせざるを得ないか』とセットです。社会全体の利益が最大化できると見込めても、実際に優先順位が低くなる具体的な個人に不利益を強いることになる。人々の不安が高まる中で新たなルールをつくろうとすれば、摩擦や反発が起きるでしょう。ただ、日本にもこうした議論の蓄積はあります」
――どんな議論ですか。
「2009年から翌年にかけて流行した新型インフルエンザのワクチン供給ルールをめぐるものです。まずは医療や社会機能を維持する業務の従事者などの予防接種を優先させる。次に、重症者や死亡者を減らすために基礎疾患がある高リスクな人や高齢者を優先するのか、あるいは国や社会の将来を守ることを重視して子どもを優先するのか、が検討されました」
「国や関連学会が最悪の場合も想定した指針を示し、各病院が現場の実情に応じてアレンジできる態勢を早急に整えるべきです。どの国も合意形成に苦労しており正解は一つではないのですが、海外の事例からは多くを学べます。政治家や専門家らが根拠に基づく透明性が高い議論をすれば、市民の協力も得られるはずです」