授業時間は短縮できるか

6月26日の朝日新聞オピニオン欄「夏休みの短縮、必要?」から。
・・・ 「授業ができなかったからといって、夏休みを短くするのは反対」。5月26日付本紙で、元小学校教員・森田太郎さんの意見を掲載したところ、メールで寄せられた反響は真っ二つに割れました。工夫次第で授業時数は減らせるという森田さんの意見に対し、同じ教員経験者の多くは反対意見でした。ゆっくり学んで理解していく子には、授業で時間をかけることこそ必要だというものです。一方、子どもを持つ親は賛成意見が目立ちました・・・
その背景には、コロナウイルスによる授業の遅れを取り戻すという観点だけでなく、学校教育の在り方についての議論があるようです。

・・・十数年前、教育界で「七五三」という言葉がはやりました。小学生の7割、中学生の5割、高校生の3割しか学習内容を理解していない実態を示した言葉として、多くの教員たちは同意していました。
教師の指導技術が優れていれば、ある程度は時短授業が可能です。しかし、漢字力や計算力など、記憶しなければならない基礎学力を、長い時間をかけることで身に付けていく子も一定数、いるのです・・・

・・・久しぶりの登校日も、学校からの連絡は「友達と遊ぶ約束をしていた子がいるが遊ばせないで」「名札をしっかりつけて」と注意ばかり。そして、夏休みの短縮です。子どもの気持ちを一切考えず、アリバイづくりをしているようにしか思えません。子どもの学習は、授業数だけで決まるものではありません。
もちろん、夏の間も希望する子に補習をするのはいいと思います。一律にやらなくてもいいのではないか、ということです。
もともと、日本の義務教育は、進級の基準がなく、皆勤賞万歳の文化です。これを機にもっと通学の自由度を高くし、どのような状態になれば進級できるのか、基準を明白にすべきだと思います。
もう、子どもは全員黙って学校に行けばいい、という時代は終わったと思います・・・

工藤勇一さん(横浜創英中学・高校校長、前麹町中学校長)
・・・現在、多くの学校がコロナ禍の学習の遅れを取り戻すため、たくさんの宿題を出したり、夏休みを大幅に短縮したりしています。確かに必要な対応の一つかもしれませんが、学習時間を確保することだけに躍起になってしまっては、子どもたちの自ら学ぼうとする力をますます奪ってしまうように思います。
本来、学校は子どもたちが社会を主体的によりよく生きていくためにあるはずで、子どもは自ら主体的になって学んでこそ、最も成長を遂げます。子どもの自律を重視する授業をすれば、たとえ時間が短くても、子どもはきちんと理解できます・・・
・・・長らく日本の教育は、時間をかければ、学力が上がると信じられてきました。決まった時間、授業を受けたら次の項目や学年に進むという「履修主義」が背景にあります。
これからの時代は、身についたら次へ進む「習得主義」へとかじを切るべきです。今回の災厄を、日本の教育のあり方を変えるきっかけにできるのでは、と考えます・・・
この項続く