年別アーカイブ:2020年

7月になりました

2020年7月1日   岡本全勝

今日から7月です。
肝冷斎の表紙が、変わりました。今月はお魚さんです。楽しそうなのですが、絵が小さくて見にくいのが残念です。現物は大きいのでしょう。

令和2年も半分が過ぎ、令和2年度は3か月が過ぎました。この3か月はコロナウイルス対応で、みんなが、これまでにない生活を送ることになりました。いまから振り返ると、早かったというか長かったというか・・・
予定していた仕事ができなかった人は多いでしょう。生業が困難になった人もいます。
進学や就職をした人にとっては、とても困った新年度だったでしょう。

ウイルスの危険度がわかってきて、徐々に社会が新しい生活に適応しています。不自由な生活が続きますが、予防薬や治療薬ができるまで、このような生活が続くのでしょう。

容器包装プラスチック

2020年7月1日   岡本全勝

6月28日の朝日新聞、「環境 転換点2030 脱・プラ社会:2」は「容器包装の再資源化、道半ば」でした。そこに、「廃プラスチック、再資源化の流れ」の図がついてます。詳しくは、原文を読んでいただくとして。

それ(プラスチック循環利用協会)によると、2018年の廃プラスチック総排出量は891万トンです。ちなみに、最近の米の生産量は、800万トンを下回っています。私たちが食べているお米より、たくさんのプラスチックが捨てられています。そう考えると、恐ろしいことです。
再生利用されているのは208万トン、23%でしかありません。後は、燃やしたり埋め立てられています。
工場や企業から出る分が462万トンです。家庭から出る分が429万トン、うち容器包装が336万トンです。
使い捨ての容器や包装が、圧倒的に多いのです。スーパーマーケットやコンビニでものを買ったり、持ち帰り食品を買うときに入れてもらうレジ袋は、便利ですよね。これらは、使い捨てだから便利なのです。しかし、ゴミ回収に出されず、捨てられた容器や袋は、街、野山、そして海を汚しています。

連載「公共を創る」第46回で、レジ袋の便利さと使い捨てゴミになることを指摘しました。そこでは、レジ袋の使用量を40万トンと紹介しました。いろいろ調べたのですが、正確な数字が出てこなかったのです。ひとまずこの数字を信頼すると、家庭から出る廃プラスチックの1割がレジ袋です。
7月1日から、プラスチック製レジ袋が有料になりました。

在宅勤務手当

2020年6月30日   岡本全勝

コロナウイルス対策で、在宅勤務が推奨されました。その長所と欠点がいくつか上げられています。今日は少し変わった視点から。
在宅勤務は通勤が不要で楽なのですが、多くの場合自宅が勤務場所になります。パソコンと通信回線があれば、多くの仕事は片付きます。

問題の一つは、自宅に「執務場所」がないことです。職場と同じくらいの広さの空間と机を持っている人は、少ないのではありませんか。学生時代は勉強部屋を持っていても、社会人になってから書斎や執務部屋を持っている人は、都会では多くはないでしょう。
豊かになった日本の弱点の一つは、住宅の狭さです。もちろん、田舎では広い家にすんでいる人も多いですが。多くの社員は、自宅の食卓や居間でパソコンを広げているのではないでしょうか。そして、そこには家族が入ってきます。

日本には、社宅や住宅手当という制度、通勤手当という制度があります。それを考えれば、在宅勤務をする社員に「執務空間を確保する手当」は考えられませんかね。
会社は、本社や事業所で、社員が執務する空間・机などを提供しています。それが、部分的に不要になります。在宅勤務は、その分を社員が自宅で無償で提供しているのです。
本当は、独立した執務空間を自宅に作れれば良いですが、それは難しいでしょう。すると、喫茶店など執務に使える空間を借りる費用と考えるのです。

授業時間は短縮できるか、2

2020年6月30日   岡本全勝

授業時間は短縮できるか」の続きです。

阿部彩さん(東京都立大学教授)の発言
・・・私は、コロナ禍の前から「夏休みは絶対に短くするべきだ」と主張してきました。
決して「もっと勉強時間を確保すべきだ」という理由ではありません。長期の休みは、家庭間の格差が顕著に表れて、子どもたちの心身に大きな影響を及ぼすという理由からです。

いまは共働き世帯が主流なので、夏休みは一日中、留守番という子どももたくさんいます。親の経済状況によって旅行やスポーツ合宿といった体験ができるか、給食がなくても毎日きちんと栄養が取れるか、なども左右されます。
いまは虐待や貧困など様々な事情を抱える家庭が増えています。国や自治体は自治体ごとの格差や、学校単位で生まれた格差には敏感ですが、なぜか家庭間の格差には関心が低く、取り組みも不十分でした。

そんな行政の無関心さが響いたのが、今回のコロナ禍における一斉休校要請です。
苦しい状況にある家庭の支援に動いてきた居場所事業も軒並みストップしました。ドリルを買えたか、親が隣で学習指導ができたか、昼食を提供できたか……。いろいろな場面での経済格差が、休校の前と後で積み重なり、家庭間格差は確実に広がってしまったように思います。
私は、一斉休校は、家庭の事情に対する行政の無配慮から生じた「人災」だったと思います。被害者は「学校に行かない」という道しかなかった子どもたちです・・・

ここには、知識を学ぶという授業以外の、学校の機能が見えます。

『ランスへの帰郷』

2020年6月29日   岡本全勝

ディディエ・エリボン著『ランスへの帰郷』(2020年、みすず書房)を読みました。本屋で見つけ、読んでみようという気になりました。著者のエリボン氏は全く知らないし、みすず書房の西欧哲学・思想関係の本は難しくて、遠慮しているのですが。この本は、フランスの哲学者の自伝でもあるので、読めるかなと考えたのです。フランスとドイツでベストセラーだそうです。いくつか書評も出ています。

帯に「労働者階級の出身であると明かすのは、ゲイであるということを告白するより難しかった」とあります。この本の内容を、良く表しています。著者の二つの苦悩、それが彼を作ったのですが、その過程が語られています。
下層労働者の家に生まれ、高等教育に進むことは、家族や地域から離脱することでした。恵まれた家庭の学校の友達に劣等感を持ちつつ、彼らに反発したり迎合しつつ、勉強を続けます。そして、家族とは疎遠になります。というより、彼は切り捨てます。既存知識人たちに反発することで、大学教授になることはできず、新聞界で名声を上げていきます。彼はそれについても、やりたくなかったけど、食べるために必要だったと語ります。
ゲイであることについても、社会から差別を受けます。社会との葛藤を乗り越えていきます。
その二つの、社会との葛藤、自己との葛藤が、描かれています。それが個人の独白でなく、フランス社会の課題と重ね合わされて語られます。そこが、哲学者、社会学者としての分析となります。フランスの哲学界、知識人たちが、1970年ごろまでいかにマルクス主義にとりつかれていたかもわかります。ゲイについては、私はわかりませんが。だから、フランスで読まれたのでしょう。

ランスは、パリから東北に100キロあまりの都市です。フジタ画伯の礼拝堂もあります。そんなに田舎と思えないのですが、フランスはパリ一極集中が極端です。パリでなければ、まっとう高等教育を受けることができないと書かれています。著者は早熟、そして頭脳明晰なので、凡庸な教師に飽き足らなかったのです。

私も、奈良の田舎から東京に出て、大学で学び官僚になりました。親やふるさとから離れて別の世界で生きた点では、同様です。著者とは2歳違いで、ほぼ同年代です。このような著名人と一緒にすると叱られそうですが、私の半生と少し重ね合わせて読みました。
フランスの階級差別の厳しさ、社会的上昇の難しさには、厳しいものがあるようです。ブルデューが、生まれた家による「文化資本」の違いを指摘するのがわかります。

日本では明治以来、勉強ができて野心のある若者は、東京や各地の旧制高校、後に大学を目指しました。学資の問題はありましたが、家庭の出自は問題にされませんでした。確かに田舎者は、上流階級の子どものようにはクラッシック音楽を知らず、教養も低く話し言葉も粗野でしたが。だからといって、露骨な差別はないと思います。
また、家族と疎遠になることもなく、田舎の人たちは東京での出世を褒めてくれました。日本には「故郷に錦を飾る」という言葉もあります。
社会的上昇がかなり実現できたのです。「一億総中流意識」は、そのような社会背景もあって実現したものでしょう。

翻訳もこなれています。フランスの哲学に通じていない人のために、丹念に注がついています。フランス哲学の門外漢でも、読みやすいです。