年別アーカイブ:2019年

デフレの原因、経験に基づいて将来を予測する

2019年8月20日   岡本全勝

8月9日の日経新聞経済教室、渡辺努・東京大学教授物の「物価停滞の実相 若年層のデフレ経験が増幅」から。

・・・物価は幾分上昇の兆しがみえるものの、消費者物価が毎年2%上昇する状態を実現するとの日銀の物価目標は未達であり、めども立っていない。日銀の見込み違いはどこにあったのか。
異次元緩和の初期には、日銀がインフレを起こすと宣言しさえすれば、人々は将来物価が上がると予想し始め、そうなれば消費者はある程度の物価上昇を受容し、企業も値上げに踏み切ると考えられていた。筆者も含め学界主流派もその考えを支持していた。だが実際には「言葉」ではデフレ脱却を果たせなかった。
日銀の言葉は市場参加者には確かに伝わった。実際、異次元緩和の開始直後には将来のインフレを織り込む形で市場金利が急上昇した。しかしデフレ脱却に必要なのは企業や消費者が行動を変えることであり、日銀が言葉を届けるべきは企業経営者や消費者だった・・・

・・・どこに勘違いがあるのか。筆者がジェス・ダイヤモンド法政大准教授、渡辺広太キヤノングローバル戦略研究所研究員と立てた仮説は、言葉でも事実でもなく「経験」がインフレ期待を決めるというものだ。
ある人のインフレ期待はその人がこれまで経験してきたインフレに左右されるという仮説だ。例えば50代の人は1970年代の石油危機時のインフレを経験している。さらにその上の世代は戦後まもなくのハイパーインフレを実体験した。前述のアンケート調査によれば、これら世代のインフレ期待は異次元緩和に反応してしっかり上昇した。
一方、80~90年代生まれの世代は、インフレ期待が上がっていない。なぜか。生まれてこの方、デフレしか経験していないからだ・・・

原文をお読みください。

人類進化の理由

2019年8月19日   岡本全勝

人類が、どのようにサルから分かれて進化したか。興味がありますよね。さらには、生物の進化、日本人がどこから来たかも。私も、これまで何冊かの本を読みました。
8月10日の日経新聞夕刊、親子スクール「人類はいつ生まれたの」に、近年の研究成果を踏まえて、簡単に整理されていました。

一番のなぞは、二本足歩行、脳の発達、言語の習得でしょう。一番と言いながら、三つもありますが。
かつては、私たちのご先祖様は、他のサルとの争いに負けて森から追い出され、草原で生きていくようになった。その際、立っていると遠くが見えたとか、逃げるのに速かったから二本足になったと言われました。
その説もそれなりに納得したのですが、二本足で逃げるのと四本足で逃げるのには、そんな差がありませんよね。どちらにしても、すぐに疲れるし。直立したから、脳が大きくなったのではないでしょう。

最近有力な説は、オスがメスにあげる食料を、手に持って運んだからだそうです。チンパンジーは、メスをめぐってオス同士が争います。人類は、オスとメスが一組のペアになりました。そこで、オス同士の争いより、メスの気を引く方が重要になったのだそうです。
取っ組み合いより、貢ぎ物と挨拶です。気に入られるために、知恵も必要になります。

草原が人類を生んだという環境原因説より、オスがメスの気を引くためという社会原因説の方が、面白いですよね。
おかげで、700万年後の子孫である私たちオスも、メスのためにせっせと働いて、気に入られようとしています。男女は同権だと主張しても、生物的社会的に、オスは弱いものですわ。続く。

商店街の変遷

2019年8月19日   岡本全勝

家の蛍光器具を取り替えてもらった電気屋さんは、近くの商店街にあります。私より干支で一回り上の「高齢者」(本人の談)です。
お父さんの代から90年間、店を開いているとのこと。昭和の初めですね。その店も、ゆかりの人の店を引き継いだので、初めは大正時代とのこと。
この近所のことを、いろいろと教えてくれました。

わが家の近く、高円寺駅から新高円寺駅まで、ほぼ1キロの商店街が続いています。そこに、電気屋さんが2軒あります。
おじさんに聞くと、かつては12軒の電気屋があったそうです。「量販店ができて、町の電気屋さんは少なくなりましたね」と言うと、「いえ、後継者いないからです」とのこと。おじさんの家も、跡継ぎはいないようです。

薬屋さんも近くに数軒あるのですが、なじみの薬屋の親父さんに聞くと、「かつてはもっとたくさんあった」とのことです。

盆休みの終わり

2019年8月18日   岡本全勝

今日は8月18日、日曜日。多くの方が、今日でお盆休み、そして夏休みが終わったのではないでしょうか。ゆっくりと、過ごされたでしょうか。お出かけになったでしょうか。暑かったですね。また、大型台風が直撃して、天候も荒れました。
これから休みを取る方は、ゆっくりと楽しんでください。

私は、休みに入る前は、あれもしよう、これもしよう、あの本を読もうと計画していたのですが。思ったようには、いきませんね。いつものことです。
キョーコさんのお供をしたこと、原稿が少し進んだことをもって、良しとしましょう。
お風呂の隅の黒ずみが、カビキラーできれいになったこと。調子が悪かった洗面所の蛍光灯を、電気屋さんに頼んでLEDに代えてもらったことも、よかったです。
本を捨てることは、今回もできず。
アサガオは、ツルが伸び葉が茂るのですが、花は少しずつしか咲きません。

病院での悩みを聞く宗教者

2019年8月17日   岡本全勝

8月15日の日経新聞夕刊、「患者の苦悩、向き合うケア 「生きる意味は」「死ぬのが怖い」 医療・福祉の現場、宗教者ら常駐」から。

・・・欧米の病院や福祉施設では宗教者らが常駐し、患者や家族に寄り添って心の問題をケアする。病院に宗教者が入るのを忌避する傾向があった日本でも多死社会を迎え、こうした「スピリチュアルケア」が広がってきた。スピリチュアルケア師や臨床宗教師の育成が進み患者や家族を支えている・・・

・・・人は重病など危機に直面すると「生きる意味はどこにあるのか」「なぜこんな目にあうのか」というスピリチュアルペインに見舞われる。大嶋健三郎院長は「患者の悩みに医療者だけでは立ち向かえない。死生観や宗教観がしっかりした人材が必要」と話す。
病院には僧侶3人が常駐し、患者の散歩や食事に付き合いながら話をする。通常は僧衣を着用せず、僧侶から宗教の話をすることはない。その一人、花岡尚樹・ビハーラ室長は「患者のそばにいて会話や傾聴を通して支えるのがケア。その中で『死ぬのが怖い』などの言葉が出たときに宗教者として受け止める」と話す。毎夕、院内のホールで僧侶が念仏を唱え法話をする。患者も家族も自由参加で、布教はしない・・・

科学や医学の発達で、病気や死について、科学的知識が増えました。しかし、病気や死の仕組みを理解できても、「なぜ私がそうなるのか」とか「死んだらどうなるのか」など心の悩みは減りません。それは本人だけでなく、家族や親しい人にとっても同じです。
かつては、人生の苦しみを引き受けたのは、宗教でした。科学の発達で、宗教を信仰する人は減りましたが、科学とは別の次元で、科学を超えた人の悩みを引き受ける役割はあると思います。
東日本大震災で犠牲者を仮埋葬する際に、読経を求められたこと、そしてそれが遺族にとって大きな意味をもつことは、拙著『復興が日本を変える』などにも書きました。