オペラ歌手の、佐藤しのぶさんが、お亡くなりになりました。
実は、20年ほど前のことですが、佐藤さんの前で、フルートを吹いたことがあります。
よくまあ、恥ずかしくもなく、吹いたものです。若かったのと、少々お酒が入っていたからでしょう。今なら、やりません。
ご冥福をお祈りします。
今日10月5日は、ふたばワールド2019に、Jヴィレッジまで行ってきました。ふたばワールドは、双葉郡8町村がこの時期に開くお祭りです。避難指示が解除されてから、再開されました。帰還した住民と、まだ帰還できない住民が集う機会です。
今年は、Jヴィレッジで開催しました。関係機関の紹介展示、各町村からの物品販売、売店などなど。たくさんの人で賑わいました。
住民、特に高齢者向けのいろんな健康相談が、賑わっていました。私も誘われたので、一つ受けてきました。福島心のケアセンターも、参加していました。
今回目立ったのは、子供さんです。体操のお兄さんにの周りに、たくさんの子供が集まってくれました。
避難指示が解除された地区では、徐々に住民が戻っているのですが、子育て中のお母さんと子供の戻りが遅いのです。このようなお祭りに参加してもらい、安全であること、そしてお友達も戻っていることを実感してもらって、いずれ戻ってきて欲しいです。
帰りは、JR常磐線のJヴィレッジ駅から、電車で帰ってきました。この駅は、Jヴィレッジに隣接していて、便利です。ただし、催しのある日しか営業しないので、時刻表を確認してから乗る必要があります。
10月5日は、都道府県東京事務所長会に呼ばれて、働き方改革についてお話ししてきました。官民を挙げて、働き方改革に取り組んでいます。少しずつ成果も出て、社会が変わりつつあります。
ところで、働き方改革には、3つの面があります。
1つめは、個人の働き方、生活を変えることです。長時間労働をやめ、健康的な生活を取り戻すことです。
2つめは、職場の生産性の向上です。仕事の仕方を変えずに労働時間を減らすと、仕事量が減るだけです。さらに問題は、これだけ長時間労働をしていながら、日本の労働者の生産性は低いのです。G7では、万年ビリです。このホームページでも書いているように、長時間労働を当たり前としているからこそ、生産性が低いのです。
3つめは、男性が家庭を犠牲にして長時間働く、成果ではなく勤務時間と会社への忠誠で評価される、日本社会の「常識」を変えることです。
私も、若い時は職場で泊まり込んで仕事をしました。家庭のことは、キョーコさんに任せて、仕事に専念しました。かつては、それがよいこととされたのです。途中で反省しましたが・・・。
その経験があるので、「昭和時代の働き方」を織り交ぜながら、若い人に「何を変えなければならないか」をお話ししています。
「24時間働けますか~」という栄養ドリンクの宣伝がはやったのは、昭和の終わりです。ところが、同時に、コメディアンの高田純次さんが「5時から男」(こちらは仕事ではなく遊びに精を出す方です)の宣伝をしていました。
そうなのです。当時は、その両方が同居していたのです。すべて職場が、また年がら年中忙しかったわけではありません。私も、忙しい時期以外は、5時から男でした。
連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第20回「哲学が変わったー成長から成熟へ 非正規雇用があぶり出したこと」が、発行されました。
前回まで、4回にわたり「主体と手法の拡大」を解説しました。今回からは、「変貌した社会への対応」として、日本社会の新しい課題について解説します。
被災地復興で見たように、従来とは違う支援が求められました。それだけでなく、日本社会が大きく変わりました。
経済成長を達成し、世界一豊かで平等で安全な国であると自信を持ちました。ところが、平成時代に入って、経済の停滞ととともに、様々な社会の課題が噴きだしてきました。
今回は、まず、再チャレンジ政策について説明します。これは、安倍第一次政権で取り組まれた政策で、私は担当室長でした。
非正規雇用の問題が大きくなりました。ところが、非正規社員に責任はなく、会社や社会の側に課題があったのです。
このホームページにも、「再チャレンジ」という分類を作って、気になるニュースなどを載せています(大分類「行政」の下に、ぶら下がっています)。
今回の視察は、新しくできた追悼記念施設も見てきました。
陸前高田市には、国と県がつくった追悼記念施設が、先月できたばかりです。奇跡の一本松の近くにあります。それぞれのホームページをご覧ください。
高田松原津波復興祈念公園、東日本大震災津波伝承館
祈念公園は、高さを抑え、海に向かって「祈りの軸」がある、なかなか良くできた意匠です。展示施設のほか、道の駅も併設されています。たくさんの人で賑わっていました。
釜石市では、鵜住居地区に市がつくった追悼記念施設ができています。
「うのすまい・トモス」
こちらも、祈りの場と展示施設と売店があります。鵜住居駅前なので、駅前広場とにぎわいの場を兼ねています。ラグビーワールドカップ試合場となった、鵜住居スタジアムの近くです。
宮古市では、災害遺構となった田老観光ホテルを見てきました。ガイド付きで、壊れた防潮堤とホテルを案内してもらえます。ホテルは2階までが津波にぶち抜かれて、鉄骨だけになっています。ホテル6階の元客室で、そこから撮影された津波の様子を見ることができます。毎日、たくさんの観光客が勉強に来ています。
津波被災地では、インフラや住宅の復旧が進み、被害の痕がわからなくなっています。このような施設を巡ってもらうと、あの怖さを知ってもらうことができます。
広島の原爆ドームと同様に、学生の教育旅行や観光の場所になるとよいですね。皆さんも、機会があれば行ってください。